たい焼き4つで。

「たい焼き作ってるから来てや!」
何通かのやり取りをしてた先輩からの一言。
先輩からの押しは強くて、メールと電話での会話は途切れることなく朝から晩まで。
正直言ってきつい。
自分はメールは一日後に返すし、電話だって用件のないうだうだした、くたくたな電話は嫌いだ。
断ろう。そう思った。
昨日は帰りが遅くなって、メイクだってしてない。
何も塗装されてない顔は、ペンキが剥がれた家みたいに汚くて見苦しい。
なのに、好意をこれだけ表面に、目の前に表されたら。

先輩の言っていたイオンモールに着いた。
本当に本当に広くて迷子になってしまう。
二階建て、広くて、平べったい。
田舎は土地の使い方が羨ましい。
イートインスペースも広かった。
緊張でそんな事しか覚えていなかった。
目の前に先輩がいるたい焼き屋さん。
いい匂い。
甘くて、くどくない味。
このまま行けばいいのか?
何か差し入れを持っていった方がいいのか?
こんなお洒落とはかけ離れている服装で大丈夫か?
なんで好きなわけでもないのにここにいるんだ?
ジュースを買った。
二本。
差し入れに。
新しい服を買った。
4000円の。
私にとっては普通に高め。
その服をトイレで着替えて鏡を見る。
素朴な顔に派手な服。
あまりにも不恰好で。
元々着てた服に変身を解いた。
もう一度鏡を見て、リップを塗った。
髪を整えた。
服も着崩していい感じにした。
よし。よし。人間には見えるだろう。
タイプは人それぞれなのだ。
いざたい焼き屋さんに出陣。
心臓が動く。
とても早く。
死ぬ。
早く終わって。
先輩はいた。
目の前に。
たい焼きを作りながら、喋りながら、汗をかきながら。
目が合った。
あ、でも、どうしよう。言えない。
私来ました。なんて。
もう。むりむり。
かえりたい。
「えーーと。たい焼き四つください。あ、普通のやつを。」
なんで家族分のたい焼きを買ったのだろう。
先輩に気づいて欲しかったから?
たい焼きも今は値上がりしているんだなぁ。1つ320円のたい焼きの出費は1280円。
痛い。痛い出費だ。
四つたい焼き。
暖かかった。先輩が作ったたい焼きは何故か今までの中でとても特別な気がした。
金の鯛みたいだ。
お釣りを受け取ってる時先輩の顔は見れなかった。
怖かった。
先輩気づいてる?私来たよ。来ちゃったよ。

先輩に声を掛けて貰えると期待していた。
そのまま何事もなく、ただの一客として、その場は終わってしまった。
だよね。一回しか会った事ないしね。
悲しい気持ち。
でも、どこかほっとした。
もし私に気づいたなら、声を掛けてくれたのなら、多分告白を受けいてれしまうだろう。
あぁ、良かった。これで良かった。

「菜々子ちゃーん!!待って!!」
男の人の声。
後ろから近づいいてくる足音がどんどん近くなってくる。
待って。やめて。お願い。
「やっぱり!菜々子ちゃんじゃん!来てたなら言ってよ〜。たい焼きタダにしたのに!!」
「いや、いいよ。払うつもりだったから。あ、あとこれ、一応差し入れ。大したものじゃないけど。」
「あざーす!優しいね。次は絶対言ってね!めっちゃ美味しいの作ってあげる!」
顔をクシャっとして、マスク越しでも口の開き具合が伝わってくる笑顔は嬉しかった。
「うん。じゃあまた今度ね。」
それ以降あまり覚えていない。
その場を逃げるようにして、イオンモールを出ていった。
うまく笑顔を作れなかった。
明るく振る舞えなかった。
駅まで歩く途中あの数分の反省会が開かれた。
考えて考えて考えて、たい焼きが斜めになって袋から逃げてしまった。
でも、こんな事どうでもいい。
なんだろう。
今、ものすごく死にたい。
会って改めて思った。
あー、やっぱり好きにはなれない。
そもそも顔が好きじゃない。
身長もとびきり高いわけじゃない。
目だって一重でパッと見怖い。
こんな事思ってしまう私が嫌い。
嫌い嫌い。大っ嫌い。
こんな数分の為に5280円も無駄にした。
5時間分の労働をこんなにも容易くドブに捨てた。
それくらい無駄な時間だと思ってしまった。
スマホのバイブレーション。
メールだ。
きっと先輩だろう。
今は見たくない。
考えたくない。
考えすぎて、頭から血が引いてくる。
真っ白で、でもぐるぐる。
またこの感覚。
死にたくなると現実逃避を始める癖。
夢に入ったかのように、体が、頭がフラフラする。
死にたい。死にたい。
もう生きたくない。
死ね死ね死ね。
これは私を解放させてくれる魔法の言葉だ。
ずっとずっと溜め込んできた。
思うだけだ。
それだけはそれだけは神様も許してください。
苦しい。この感情はなに?
もう、地図を出すのも面倒くさい。
たい焼きを平行に持つのも面倒くさい。
雨が降ってきた。
あぁ、良かった。
これなら泣いていても勘違いされない。
化粧もしてないから、化粧崩れも心配ご無用。
死ぬほど声を、命を枯らして泣いた。
死ぬほど泣いた。
雨の音で自分の声も聞こえない。
人も来ない。
田舎の好きなところだ。

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