ドキュメンタリー映画「小学校~それは小さな社会~」を観て考えたこと
先週、気になっていたドキュメンタリー映画「小学校:それは小さな社会 (英語タイトル The making of a Japanese)」を観た。本当は伊勢佐木町のミニシアター横浜シネマリンに行きたかったのだけれど、時間が合わず、他を探したら、なんと近くの109シネマズ二子玉川でもやっていた。この手のドキュメンタリー映画を大手のシネコンでやっているのは珍しい。日本での上映前に世界各国でかなりヒットして賞を受賞したりしているのと、舞台となる小学校がこの映画館がある世田谷区立だからだと思われる。ちょうど仕事休みの夫(アフリカのセネガル共和国出身、在日歴20年以上)にも感想を聞きたかったので、ペアチケットを購入して一緒に出掛けた。
監督はイギリスと日本にルーツを持つ、山崎エマ監督。公式ウェブサイトのインタビューによると、彼女は日本の公立小学校に通った後、インターナショナルスクール、その後アメリカの大学に進んだという経歴を持ち、「礼儀正しい」「協調性がある」「時間を守る」などの海外で語られる所謂「日本人らしさ」というものの基礎は小学校の6年間で形成されるのではないかと感じ、コロナ禍がちょうど始まった2020年春からの1年間、約150日間にわたり世田谷区の公立小学校で密着取材を行い、主に1年生と6年生の子供たちと先生たちの日々を追ったドキュメントになっている。
この映画を観たいと思ったのは、娘もちょうどコロナ禍に小学校3年生で、休校やオンライン学習、マスクをつけての学校生活や給食、行事の取りやめなど、大人が決めたルールに従わせなければならない状況が続く中で、子どもの自主性や能動性といった、生きていくのに大切な何かが失われたのではないか?と感じていたからだ。つまり、日本式の学校教育というものをどちらかというとネガティヴに捉えてしまっていて、それがなぜ、世界で称賛されているのか自分としては納得いかなかった。(特にうちの場合は、5年生ごろから学校に行くのを渋るようになっていたので、他の家庭よりも余計にそう感じているのかもしれない。実際、コロナ禍を経て、学校にいけない小学生は急増したようだ。)日本の教育の良い点があるというのなら見つけてやろうじゃないの、という聊か挑戦的な気持ちで映画鑑賞に臨んだ。
詳細はネタバレになるので書かないが、見終わって印象に残ったのは、良くも悪くも学校生活に常に漂う「一生懸命に目標達成しようと頑張っていることが求められる緊張感」だった。先生は常に導く存在であり、こどもはそれに必死についていくことが求められている。「コロナ禍」というあの「異常事態」を乗り切ろうと必死に頑張っていたことが、更に緊張感を高めていたのかもしれない。海外の学校が1年半に渡って休校となったのに対し、様々な感染対策を講じてでも学校を開け続けた日本の取り組みが海外では評価されたようで、確かに先生やこどもたち自身の努力、親の理解があったからできたことだとこの映画を観て改めて思った。印象に残ったシーンは、下駄箱に入っている下足のそろえ方を子供たち自身がチェックして、◎、〇、△と評価するところ。海外の観客のみならず、40年前に公立小学校に通っていた日本人の私も驚愕した。私の記憶では自分が小学生の時はここまで面倒は見てもらえなかった気がするが、共働きが増えて大人が忙しくなった昨今ではそういう細かいところの指導まで学校に求められているのだろうか?もちろん、これを観て、感心するか、ここまでやらなくても・・・と感じるかは観客の感性次第だ。
こうした緊張感の中で、無邪気だった1年生は、掃除や給食の配膳、新入生歓迎の合奏など様々な活動を通じ、規律を守ること、集団の中で役割を果たすこと、みんなと協力してひとつものものを作り上げることを学んでいく。6年生は、放送委員などの委員会活動を淡々とこなしつつ、運動会での最後の演目の練習に余念がない。どちらも、1年後の春には大人の求める「成長」を遂げている姿が映し出される。一方で、生徒指導に熱心で厳しい先生が、早朝に一番乗りで出勤して教室の掃除をしたりしながら物思いにふけりつつ、「あるべき先生像」を模索しながら苦悩や葛藤する姿も映し出されている。
監督同様に、私自身も横浜の公立小学校に通ったので、自分自身の基盤にある行動様式や考え方もこのころに形成された部分が大きいと感じるし、そういった意味では自分自身の核となっているものを改めて振り返る時間でもあった。テレビのニュースなどの断片を切り取った報道ではなく、長期間定点観察されているので、子どもたちの変化や先生たちの葛藤も伝わってきて、にやにやしたり、もやもやしたり、がんばれ!と心の中で声援を送ったり、時には涙ぐんだりと感情が色々揺さぶられた2時間だった。無言で前を向いてアクリル板に囲まれて、ストップウォッチを前に食べる給食はある種いような光景かもしれないが、子どもたちは時々友達とアイコンタクトを取りつつも、黙々と食べて「役割を果たして」いた。コロナ禍の小学校生活の記録映画としても、後世に残るドキュメンタリーだと思う。
映画を観て、私の中のモヤモヤは更に深まった。それでいいのだと思う。日本の小学校教育がいいとか悪いとかいった単純な話ではなく、良いところもあるし、悪いところもあり、更にはそれが一人一人のこどもにとって、合う・合わないがあるのだから。観る人によって、感想がこれほど変わる映画もないのかもしれない。今の学校教育のありのままの姿を伝え、考えるための材料を提供してくれていて、これをきっかけに気づきや対話が生まれていけばいいし、残すべきところは残し、変えるべきところは変わっていけばいいのだと思う。ちなみに私から見ると「昭和な価値観」を持ち合わせているセネガル出身の夫に感想を聞いたところ、「日本の会社と同じだと思った」とのこと。彼は20年以上、色々な日本の会社で日本人や様々な国籍の人たちと働いてきた中で、日本式の働き方を学んできたわけで、そのルーツがこの映画にあると感じたらしい。観る人の受けてきた教育環境によっても感想が異なるので、ぜひ、色々な人に観てもらい、語り合いたい。
参考:
映画『小学校 〜それは小さな 社会 〜 』公式サイト
予告編 https://youtu.be/hCLrZHsy9D4
公立小学校の記録映画が海外で大反響 日本人を作る「特別活動」に世界が注目 | JAPAN Forward
‘The Making of a Japanese’: A warm and engaging portrait of Japanese schoolchildren - The Japan Times
The Making of a Japanese | Asia Society