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「冷ややかな職場と再出発へ」

上杉拓哉の物語(続き)

療養生活が終わり、職場に戻る日がやってきた。久しぶりに通勤電車に揺られながら、胸の奥に妙なざわつきを感じていた。「復帰すれば元に戻れる」――そう信じていた自分がいた一方で、どこか不安が拭えなかったのも事実だ。

職場に着いた瞬間、その予感は的中した。

「おかえりなさい」という声があったのは確かだ。でもその声は、どこか表面的でぎこちなかった。以前のような笑顔や熱気に包まれることはなく、周囲の視線が冷ややかに感じられた。特に、同期や後輩たちが僕を見る目が変わっているのがわかった。

復帰後の初会議では、以前担当していた重要なプロジェクトがすでに別の人に引き継がれていた。報告を聞きながら、僕はただ頷くだけだった。誰もその決定について詳しい説明はしない。ただ、「しょうがない」という空気が漂っているのを感じた。無理もない。肺結核で長期間離脱していた人間に、重要な役割を戻すのは難しいのだろう。

自分ではそれを理解しているつもりだった。でも、それでも心にぽっかりと穴が空いたような感覚があった。

「大丈夫、また挽回すればいい。」そう自分に言い聞かせながら仕事を再開したが、ふとした瞬間に自分の居場所がどんどん小さくなっていくように感じた。周囲の忙しさや情熱に比べて、どこか取り残されているような孤独。

何よりも、以前のように仕事に没頭できない自分がいた。「あの時の無理が、また自分を壊してしまうかもしれない」――そんな恐れが頭の片隅を離れなかった。

その違和感は、次第に「本当にここでいいのか?」という問いに変わっていった。療養中に感じた新たな人生の可能性が、再び僕の胸に浮かんできたのだ。あの静かな時間の中で芽生えた「自分の手で未来をつくる」という想いが、次第に大きくなっていった。

「ここを離れてもいいのではないか?」「むしろ、自分がやりたいことはこの先にあるのではないか?」そんな思いが、頭の中をぐるぐると巡り始めた。

ある夜、机に向かって書類を整理していた時、ふと手が止まった。目の前に広がるのは終わらないルーティンワーク。窓の外に目をやると、冷たい夜風が都会のビル街を吹き抜けている。

「次の一歩を踏み出すべき時がきたのかもしれない。」

その瞬間、僕は心の奥底にあった決意が形を成したことをはっきりと感じた。

次の朝、僕は退職願を書いていた。

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