結局みんな凄い
自信の持てなかった社会人1年目の話です。
私は、中学時代の友達と久しぶりに飲み会をしました。メンバーは複数いて、自分より偏差値的な頭の良さはかなり違くて、正直ついていけないと思うことも多い友人達でした。
恐らく友達は何も思っていないですけど、こういうのは大抵、下の立場の被害妄想やコンプレックスというもので、どうせ会話に入れない。そんなことを思っていたりして、馴染めないなんて馬鹿な事を言っていました。
それでも、友達は毎回飲み会に誘ってくれて、必要とされている感じがして、ついつい行って楽しんでコンプレックスとも戦う不思議な時間を過ごしていました。
さてさて、本題に移りましょう!
そんな飲み会の最中に1人がこんなことを言った。
皆んなが会ってくれるのが嬉しい
何を言い始めたんだよなんて思いましたね。そりゃ友達なんだし、会うでしょ。まあコンプレックスはまだあるけどね。とか、思っていると詳しく追記がきました。
皆んながこうやって時間を使ってくれるのは嬉しいんだよね
確かに、もう中学時代の人と関わっても何のメリットも無いかもしれない。仕事に繋がりもしない、別にツボが売れる訳でも無い、特別凄い面白い話が聞ける訳でも無い(話がつまらないという意味ではなく)
それでもこうやって集まって話せる空間は凄い事と改めて実感した。話しているとやっぱりコンプレックスは感じるけど、居心地は悪くないと思える場所な気がしました。
もう熱く語るモードになった友達は、続いてこんなことを言いました。
最近、結局皆んな頭良くて凄いと思うんだよね。皆んなそれぞれ専門知識があって、それを一般人は知らなくて、それだけで凄いよね。
この思考は、ちょっとだけコンプレックス解消になった気がした。確かに、私は友達のやっていることが全くわからないけど、私のやっている事も友達はわからない。だから、知らないことを知っているんだから、頭が良いというのだ。その言葉を聞いて、偏差値に固執していたのは自分だけだと怖くなった、恥ずかしくなった。
これからの友達との飲み会は、対等な立場で参加できる。ようやくその領域まで、心が成長したように思えた。
以上です!
今回は結構実話のお話でした。偏差値が10以上違う人たちとの飲み会で、正直ついていけない時もありましたが、今は本当に楽しい飲み会になっております!その中でこうやって学べる事もあるので、文中のようなメリットは無いですが、違うメリットがそこにあると思います。
意気込みだけじゃなく、変わるための一歩を踏み出すことが重要かもしれませんね