
小説:剣・弓・本021「蟻と斧」
【ライ】
「あ、ネネちゃんも行ってしまいましたね」とナスノさんはフラットに言います。
「単純な移動速度だけなら、セドさんにひけをとらないでしょうし、あと……」
「あと?」
「あ、いや、いえ……なんでも無いです」
“ネネさんはナスノさんとそりが合わず、セドさんと一緒にいるのが一番だ”という件については言いませんでした。そんなことを言ったら、ナーバスなナスノさんが更に面倒臭いことになって大変ですからね。
「さて、ライ、あなたのアイデアだからこそ私は信じています。信じてはいますが、しかし、その中身についてまだ何も知りません。聴かせてはもらえませんか?」ナスノさんはいつもの穏やかさを取り戻しています。
「もちろんです。
私たちがまず確かめなければならないこと、それはあの『睡りの塔』そのものが移動している可能性です」
「ん? 塔が移動する? そんな酔狂な話がありますか?」
「そう思いますよね。でも可能性はあります。
・その1:オオヨロイシロアリモドキ(大鎧白蟻もどき)の仕業
・その2:アゴトゲナシトゲシロアリ(顎棘無棘城蟻)の仕業
・その3:その他」
「さて、一つひとつ解説頂けませんか?」
「まずオオヨロイシロアリモドキです。彼らは家屋・建造物の基礎の部分を根こそぎ食い千切り、更には建物そのものを移動させる習性を持っています。彼らは第一種凶悪害虫に指定されており、大変攻撃的であるばかりか繁殖力も強い。『睡りの塔』とて、あるいは移動させられる、かも、しれません。
次いで、アゴトゲナシトゲシロアリですね。この場合のシロっていうのはお城の城なんです。彼ら城蟻目は、いわゆる蟻塚を作ることで知られています」
「おお! 蟻塚。私も旅をする中で見ましたよ。2メーターをゆうに超えるものに出会ったこともあります。まるで蟻に知性が、いや、美的感性に彩られた創造性さえもあるのかと感じました!」ナスノさんが興奮気味に語ります。
「彼らアゴトゲナシトゲシロアリは向光性昆虫なんですね。つまり太陽を、天を目指す習性がある。そこで彼は蟻塚の上に蟻塚を作り、またその上に更に蟻塚を作る。それがさながら城のようなので城を作る蟻として、城蟻と呼ばれているんです」
「まさか、『睡りの塔』は蟻塚だった? ちょっとそれは流石におかしいんじゃないでしょうか? それに移動する、しないの話ではないようにも思うけれど」
「ナスノさん、話はまだ続きます。
彼らアゴトゲナシトゲシロアリも繁殖力が高く、集団性があります。それも並の蟻のそれを大きく凌ぎます。彼らの蟻塚も移動式なんです。大勢の蟻がその蟻塚を担いで移動させるのです」
「うーん。今曇っていてうっすらとではありますが、あの塔が蟻塚で、蟻が運んでいるとは…… にわかに信じがたいですね」
「セドさんが突き止めてくれることでしょう。それに虫について、彼はエキスパートでしょうし……」と僕が言いかけたところで、ふいにナスノさんが、
「伏せて!」
と叫ぶので屈みます。僕の髪の毛を何かが掠め、“ドシュッ”と地面に突き刺さったような音がします。
視線を向けるとそれは投げ斧だと分かりました。セドさん、ネネさんを欠いたところでの奇襲! さてどう乗り切りましょうか。
(つづく)
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