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小説:剣・弓・本010「静かの森2」
【セド】
ライは訳の分からないコトバをぶつぶつつぶやきながら手紙を訳していく。
剣術士さんへ。
剣術士さんはネネの命の恩人です。ネネも剣術士さんのような剣さばきができるようになりたいです。
剣術をネネに教えてください。
「語形変化が複雑で…… 多少憶測はありますが、大意としてはこんなところでしょう。ネネ、とは固有名詞。彼女の名前だと思われます」
ライが片眼鏡を押さえながら言う。
「命の恩人って大袈裟だなあ。この俺が人を助けるか……」頭をかきむしる。どうしても目の前の少女を思い出せない。
「セド、あなたは幾多の戦地をくぐり抜けてきたのでしょう。敵を倒すというのは、その分誰かが救われたのと同義ですよ。あなたの記憶の絵画から消えたとしても、額縁の外で助かっている人もいるのでしょうね」
ナスノは長い髪を手櫛でとかしながら言いたいことを言いたいように言っている。
ふと、そのネネと名乗る少女が左手で前髪を整える。手の甲が見える。
「ん?」
俺はそこに描かれた円を凝視した。二重丸いや、三重丸のタトゥーだ。
「思い出した!!!」と思わず大きな声を出してしまった。
ナスノ、ライ、ネネはびくっとなって首をすくめた。
「セド、急に大声出さないでください。美しくないですよ」とナスノ。
「もう、びっくりしましたよ。
何を思い出したんです?」とライ。
「ああ。あの日だ。あの日だよ!
俺は当時、帝国第2部隊の副隊長だった。訳あって隊長のゲルステルを斬りつけちまったんだ」
「敵ではなく上官に剣を向けるとは! 軍人ならば死罪に近い所業。
セド、それはあなたの中の美しさによるものですか? もう少し詳しく」
ナスノが詮索する。
「身体が勝手に動く…… そんなことってあるよな……」
(つづく)
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