小説:狐017「シンジさん」(621文字)
「マスター、久しぶりー。カルーアちょうだい」
その声を聞いてマニさんが分厚い本から視線を上げる。
「シンジさんじゃないですか」
「やあマニさん、みんな! あとそっちのお嬢さんたちは新顔だねー」
シンジさんはいつも外向的だ。ハンチング帽を被っている。年齢的にはスミさんよりも上だと思う。年金暮らしで旅行が趣味らしい。それ以上のことは知らない。その点では常連客の中ではかなり疎遠な方だと言える。
お嬢さんたち、と呼ばれた二人の“非”常連客は軽く会釈をする。赤いセルフレームメガネ