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機動戦士ガンダム 一年戦争異伝 【ゴーストクロニクル】 第3話 BREAK THROUGH 《series000》
────P004の4番デッキ。
そこは、巨大な機械の講堂とでも言うべきだろうか。
高層ビルの10階分を、全て吹き抜けにしたような高い天井。プールがすっぽり納まる幅で、数百メートルを伸びる空間。
その先一方の壁は、今は開いている。城の巻き上げ橋が下ろされたように、ぼっかりとトンネルの出口を覗かせている。
ただ、その向こうに見えるのは明るい地上の風景ではなく、星辰瞬く宇宙空間だ。
数十人からのノーマルスーツ姿が、デッキのあちこちに天地無く浮かんでいた。
何本もの巨大な機械アームが動き回り、眩しい火花を散らしている。低く重い音が、振動と共に床から伝わってくる。ここが真空でなかったら、どれ程の騒音なのだろう。
クラウザーは、この遮音空間の床に立ち、最後尾ハンガーに静かに佇むMSを見上げていた。
何条かのサーチライトの光が照らし上げてはいるが、その巨体の全貌を明らかにするには足りていない。
デッキに立つクラウザーからは、機体の顔も見ることは出来ない。それでも彼は一目で、それが何であるかを知ることが出来た。
クラウザーのよく知るGm型と酷似している。その存在理由も使い方も同じだ。しかしクラウザーにとって、それはあたかも、チェリストがヴァイオリンを見るが如く、全く異なるマシンだった。
「これは……」
自らの呟きだけがはっきりと耳に聞こえた。
クラウザーはしばらく、首を仰け反らせたまま突っ立っていた。
不意に背後からヘルメットを掴まれた。コツン……と、ヘルメット同士が触れた感触が伝わってくる。
「扱われたことはありますか? 中尉」
糸電話で会話しているような、音色の褪せた声が伝わってきた。声の主は、この機体を担当しているというメカマンだ。彼はウィルドと名乗った。
頭をウィルドの抱えるに任せたまま、クラウザーは答えた。
「いや……無い」
「そうですか? 珍しいなあ、使ったことないパイロットにG型を預けるなんて……いや、失礼、中尉」
笑いながらしゃあしゃあと言う。
「じゃあ、早速乗ってください。基本セッティング終わったら言ってください。シミュレーション起動しますから。
……撃てる、といいですね」
基本的に失礼な言動が癖らしい。しかし、彼の言う意味はよく解っていた。
「ああ……やってみるよ」
ウィルドが手を離した。
再び真空がクラウザーを包み、世界は無声映画となった。
クラウザーはマシンの胸あたりをめがけ、デッキを蹴った。
開いたハッチに取り付いて、コックピットを覗き込む。『G4』そう描かれていた。
「G型か……」
クラウザーは体を切り返して、コックピットに滑り込んだ。
・・・・・・・・
・・・・
「まいったな」
G4のコックピットで、クラウザーは眉間を寄せた。
────撃てる、といいですね────
あのメカマンの軽い声が、頭に浮かぶ。
G型火器管制のシビアさは知っていた。内心自信はあったし、ビーム射撃シミュレーションも、実は初めてではなかったのだが。
メカマンの用意したシミュレーションは、障害物の漂う空間で、機体の運動制御も行いながら、飛び回る敵MSを補足射撃するというものだった。
御丁寧に、敵の反撃付である。
……実戦用なんだから、あたりまえか。
わずか10分程のシミュレーションの間に、彼はザクに4回も撃墜されていた。
このままじゃ、あと30分もやれば被撃墜記録が撃墜記録を抜いちまう──ゾンビーエースだな……
軽くため息をついて、シートに深く身を預けた。
……それにしても、なんて難度なんだ。こんなんじゃ実戦でつかえないだろう……本当にG型操縦士ってこんなことやってんのか?
コックピットの酸素ゲージにちらりと目を遣って、クラウザーはヘルメットのバイザーを上げた。手袋のまま、親指の先で軽く目頭をこする。
再び、今度は少し深く溜息をついた。
…………撃つだけでも、いや、撃つだけなら落ち着いてやれば何とかなるだろうが、でも、100%は自信ないな……
『休憩、あと3分です。データ集計、出ましたよ。
ビーム発射成功率8%! でも、回避運動せず撃ってるときは63%ですよ! 凄いじゃないですか!? 後ちょっとで3回に2回は、止まってりゃ撃てる! ですよ。
でも、ぜんぜん当たってないし、その後撃墜されちゃってますけどね。そりゃ、止まってんだから仕方ないか。あははは』
なんともタイミングよく、クラウザー自身の手応えを打ち砕く、メカマンの通信が入ってきた。
笑い声がヘルメットの中に響きわたる。
……こいつ……わざと言ってんじゃないか?
ウィルドの不躾さに、さすがのクラウザーも少々頭に来るのを感じた。しかし、数字は事実である。
「8の、63か…………話にならない……」
クラウザーは吐息の様に呟くと、なんとも言えぬ苦々しい気分を拭うように顔を押さえた。
……シミュレーションで100%出してたって、実戦で50%を切る奴も珍しくないんだ。眠って、100%出せなきゃ駄目なんだ……
戦場から生きて帰還するのに、ACE100──どんな時でも100%完全に機体をコントロールできる操作能力──を持っている事が最低の条件であると、実戦のエースであるクラウザーは良く知っていた。
でも……本当だよ。この機体はおかしいよ。火器制御に機体制御が加わったときのシビアさは冗談抜きで神技級だぜ?
大体、機体管制だってGmよりずっとデリケートだ。パワーありすぎるんだよ。コンマ2アクセルだけで、1.8秒ターンだもんな……
今はG無いけど……実戦で焦って踏んだら、気絶するんじゃないのか?
それに、本番では僚機がいて、MSセクションのフォーメーションもこなさなきゃならないし……いや絶対無理だよ。Gm乗ったほうが強いよ、間違いない……
…………絶対……無理……
──絶対無理。クラウザーは、その思いにふと昔を思い出した。
MS操縦訓練を終えて、初めて実機のGmのシミュレーションを行ったとき、反応炉の吹き上がりのあまりのデリケートさや、空間戦闘での機体制御の難しさに、これは絶対無理だと真剣に思ったものだ。
あの時も宇宙戦闘機のほうが現実的だとか思ったな……
今では手足の様にGmを操っている。
やってみよう……あの時より、こっちのほうがぜんぜん難しい気がするけど…………きっと、こういうのって、いつもそうなんだろうな。
「メカニック! メカニック・オフィサー! ええと、ウィルドだっけ?」
『なんですか? 中尉』
直ぐにメカマンが答えた。
「休憩いいよ。再開してくれ」
『いいんですか? 判りました。じゃあいきますよ?』
「ああ、頼む」
言うと同時にモニタが点いた。
ターゲットサイトのレーザー光が、かすかにバイザーの奥を透かした。
薄っすらと浮かぶ真剣な表情、細めたクラウザーの双眸が鋭く流れた。
右方接近アラームが点滅し、警戒音が鳴るより速く、クラウザーはスロットルを捻り込んでいた。
・・・・・・・・
・・・・
「すごい! 凄いですよ! 中尉!」
コックピットから降りてきたクラウザーを受け止めるや、頭突きの如くヘルメットをぶつけて来たウィルドが叫んだ。
「ラスト・トライのビーム発射率は72%!! 機動停止なら100%でしょう! 今回、中尉が止まらなかったから判りませんが……しかも、ザク2機撃墜! ゲルググ2機撃墜!! 天才じゃないですか? 中尉!」
接触通信を途切れさせないために、腕だけで後ろのデッキ・コンソールのモニターを指して、ウィルドが喚いた。
真正面、クラウザーの視界いっぱいに、興奮したウィルドの顔が広がっている。
「嬉しいな……お前に言われると余計にな」
疲れきった声で、しかし笑って、クラウザーは答えた。
「でも、俺は何回死んだ?」
問いながら、顔を捻ってヘルメットの中心線をウィルドからずらす。視界の右方が開けた。
「トータル5回です! でも、連続25分ですからね! それにセッティン…… ……るわけですし! 今日初めてでしょう? 中尉。天才ですよ!!」
途中、ウィルドは思わずコンソールを振り向こうとして声を途切れさせ、すぐにくっつき直した。
再び、クラウザーの視界は十数センチの距離で、ウィルドの顔に閉ざされた。
「嬉しいね、ほんとに。でも、ビグロも墜としたかったな……」
あきらめたように、クラウザーは目線を落として言った。
「そんな落ち込む必要、全くありませんよ! 何人も見てきましたが、中尉はダントツです! 2週間ぐらいでACE100なっちゃうんじゃないですか?」
ウィルドは捲し立てた。
見れば、バイザーを2枚通していても、その表情からは心よりの賞賛が放たれているのが判る。先程のクラウザーの皮肉も、全く通じていないようだ。
素直な奴なんだな……
そう思うと、覚えず笑いが漏れた。
「ありがとう……今日は上がらせてもらうよ。本当に疲れたんだ」
「ええ、充分です! 艦長には報告しておきますから!」
クラウザーは頷いて、ウィルドを剥がした。数歩離れてキャット・ウォークを見上げる。
ウィルドが、敬礼をしてきた。
クラウザーは、笑って敬礼を返した。敬礼を切ってエア・ロックを見定める。
デッキを蹴った。
ウィルドが、敬礼をしたまま見送っている。
クラウザーは軽く手を振った。
ふう……
クラウザーは目を閉じ、安堵の息をついた。
scene 003 BREAK THROUGH
Fin
and... to be continued