scene 021 OPERATION SILENT MAPPER
『第四デッキ管制よりG4、 オートパイロットで着艦せよ』
「了解した。オートで着艦する」
クラウザーは自動操縦にバトンを渡した。そのまま、コンソールに流れる文字列が全てグリーンである事を確認している。未だ母艦はミノフスキー粒子の戦闘濃度散布を続けているからだ。着艦操作をしているローカライザーに通信障害が発生したら、マニュアルに戻さなければならない。
P004の左舷端、第四デッキの先端、発艦口の下部に吊り下がる様に、アレスティングネットが迫り降りているのが見える。デッキにMSを安置するハンガーが艦下に露出して、フレーム内に着艦用のワイヤーネットが展開しているのだ。
第四デッキ下方の宇宙空間に、デッキと並走するドットライトの立体映像が2本伸びている。アレスティングネットの両横を走り、アプローチパスを示しているのだ。
G4のモニターには、オートパイロットが侵入角の誤差を修正していく様子が表示されている。着艦はスムーズに進行していた。
至近に迫ったアレスティングネットが、急激に視界に広がった。G4が最終姿勢制御の180度ターンを行い、背部からネットにタッチダウンする。減速の強烈なGがクラウザーをシートに押し付けた。数百メートル長のデッキの底面を、G4をキャッチしたハンガーが高速スライドしながら急ブレーキをかけていく。
デッキの後端、着艦口の手前で相対速度0に処理し終わったハンガーが、上部に覗いている開口部からデッキ内に登った。クラウザーの視界が明るいデッキ内の風景に変わり、G4がハンガーロッキングされて行く振動が機体から伝わってくる。
底部開口が閉じて定位置である最後部にハンガーが収まると、メインモニターに『LANDED』の文字が点灯した。
『お帰りなさい! 中尉! 見てましたよ!! 大活躍だったじゃないですか!!! やっぱり中尉、天才じゃないですか!? G型の初陣で、あんな──』
「ただいま、ウィルド。このまま出てもいいかな? メカニック、整備だろ? エンジン落とさないけど」
G4担当らしい、メカニック・オフィサー=ウィルド・ルイドの通信を遮って、クラウザーは希望を口にした。褒めてくれるのは嬉しいが、放っておけば、彼はいつまで捲し立てているか分からない。今は何よりも、一刻も早く、コックピットから出たかった。
『──ああ! OKです!! 出ちゃってください! そりゃ疲れ切ってますよね! すみません。あんまり中尉が凄いもんだから、興奮しちゃって! だって、今まで自分もG型の──』
「サンクス、ウィルド。あとは頼む」
シートベルトを外して、G4のコントロールをアイドリングに落とし、ハッチを解放しながらそう言うと、そのまま通信を切った。コンソールのハンドリングバーを掴み、外に視線を向ける。
すぐ手前には、コックピットまで届いている搭乗橋が見える。それを見送って、その先のデッキ壁面のキャットウォークに視線を定めてバーを引いた。
真っ直ぐにショートカットしてキャットウォークに取り着くと、手摺を軸にくるりと方向修正をする。エアロックの扉の前で床に落ち着いて、クラウザーは中に入った。扉を閉めしっかりと気密を確認し、壁のレバーを引き出して空気注入の方へ倒した。
エアロック内の照明がブルーに変わり、空気注入音とともに軽い圧迫感が身体を昇って来る。上昇する気圧ゲージがライブラインを越えて『OXYGEN』の文字がブルーに光った。バイザーを上げるより先にヘルメットを取ると、待ちかねたかのように吐息が漏れた。
室内の照明が白色に戻り、気圧調整が終了した。パイロットスーツのファスナーを緩めながら、入って来た時とは反対側のドアーを開けて待機ルームに入る。と、目の前に何とも嬉しそうな笑顔が現れウィンクをしたかと思うやいなや、ぶつかるようなハグを受けた。
「よく戻った! G4! いや、ラウザー中尉。ガット・バトラー少佐だ。チームを預かっている」
ハグとは別の男が横から声を掛けてきた。見ると、他にも何人かいる。皆、クラウザーと同じパイロットスーツを着用していた。
「クラウザー・ラウザー中尉です! ただいま帰還しました! バトラー隊長!」
クラウザーは申告しながら敬礼をした。笑顔の男に抱きつかれたままだ。
「うん。無事で何よりだ。シャワーを浴びたいだろう。こっちだ。行くぞ。そこで皆を紹介しよう」
一瞬だけ敬礼の仕草をしてそう言うと、バトラーはくるりと背を向け、スタスタと歩き出した。居並ぶ男達も、皆それぞれに笑顔やアイコンタクトをクラウザーに寄越してから向きを変え、バトラーについて歩き出す。
「一番、シャワーしたがってんのは少佐さ。お前を待ってたんだぜ」
ハグの男は抱擁を解いてそう言うと、再び嬉しげなウィンクをして先導する男たちの方へ首を振った。歩み出す男と並んで、クラウザーは自然に歩き出していた。
G1のジェット・イェット中尉だと、そう男は名乗った。クラウザーはごく当たり前に、頷いた。
「どうだ? 俺の顔は? イケてたか?」
「ああ、思った通りだったよ」
クラウザーは微笑んだ。ジェットが快活に笑う。
生還した8名のパイロット達が、シャワールームに姿を消した。
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・・・・
「G4回収、終了しました」
コマンド・コンソールに上がってきたデッキ情報を見て、シュアルが報告した。
「索敵可能圏内に反応ありません」
カインのオペレーションはいつもの通り、抑揚を感じさせずによく聴こえる。
「全艦、異常、ありません」
アダムの声だ。いつもより少々歯切れが悪い。先の交戦の最後にP004が喰らったセンターブローの激震で、胸部に中軽傷を受けたからだ。まだ終わっていないのに勝ったと安堵した油断が与えた手痛い教訓だと、アダムは受け止めている。
「戦闘配置解除。ミノフスキー粒子通常濃度散布。中尉、出航」
アームオンが静かに号令した。先に、既に第二戦闘配置にシフトダウンされていたスタンスの解除をアナウンスするシュアルの声が聞こえる。艦内各所で旋回発光していたレッドランプが消えた。
「イエッサー。微速、発進します」
エレンがゆっくりとスロットルを開く。声に元気がない。彼女もまた怪我をしたからだ。大きく油断してしまっていた割には、アダムより軽い。打撲で済んでいる。彼女の、そうは見えないが強靭でしなやかな肢体の故だろう。だが、怪我の場所が悪かった。顔面に痣が出来ている。テンションが低いのはその所為だった。
アームオンがキャプテンシートの受話器を上げた。
「艦長だ。
第二ブリッジ、交替だ。うん、ファーストクルーは休ませてもらう。ああ、そうだ。いや、12時間でいい。うん、勿論だ。そうだ。よろしく頼む」
受話器を置いてアダムの方を見た。
「コミュニケーター、半舷上陸。ファーストクルーからな。12時間だ」
半舷上陸──
このアームオンの台詞に、ブリッジに無音の歓声が響いたように感じられた。艦を離れられるわけでもないのだから上陸とは可笑しいが、慣用句だ。
これにより思い切り休むことが出来る。酒も飲めるし、遊ぶ事も許される。厳しい戦闘の後の半舷上陸は、狂おしい程の高揚を齎してくれる。その期待感は、黙っていても押し隠せない歓喜のオーラの様に場に満ちた。
「了解。各員に伝えます」
アダムの声に生気が感じられた。コミュニケーション・コンソールを操作して、艦内各員に指示を送信する。艦内アナウンスは使わない。終わるとシートベルトを外して立ち上がった。隣ではカインが伸びをしている。
「お疲れさん、アダム。さあ、遊びに行こうぜ」
オフのカインは雰囲気が変わる。人懐っこい表情を浮かべて、何やら意味ありげなハンドサインを作ってみせる。
「お疲れさん、カイン。今回は医療科で安静にするよ。胸がな、ヤバい」
アダムは肩をすくめて見せた。響くような痛みが走り、顔を少々顰めた。カインは心底残念そうな顔で気の毒そうに頷くと、親指を立ててウィンクをして見せた。アダムもウィンクを返した。
カインは軽やかにシートを蹴ってブリッジ出口に取り付くと、壁のガイドグリップを起こしてバーを握った。軽く手を振ると通路の先へ消えていった。
カインに応え、挙げていた手にタッチを受けた。見るとシュアルが笑っている。
「お疲れさま、アダム。12時間後には支障なく任務に復帰してね。あなたが抜けたらとても困るわ」
シュアルもまたカインと同様、オフには雰囲気が変わる。とても柔らかくて、凛々しい面立ちをギャップさせる。P004クルーには、彼女のファンが多い事をアダムは知っている。特に、MSチームの面々には『お嬢』と呼ばれて愛されている。
「お疲れ様、シュアル。一緒に医療科に来てくれないか? それなら6時間もあればいい。完全復帰を約束するよ」
アダムの軽口に、シュアルはさらに笑顔を増した。釣られて笑うアダムを流し見て、シュアルが出口に去っていった。
「ニヤケ方がいやらしいわよ。お疲れ様、アダム。さあ、行きましょう」
挙げたまま、軽く見送りに振っていた手を握られた。エレンだ。ぐいっと引っ張られると抵抗できない。胸の痛みのせいで力が入らないのもある。が、そもそもエレンは力が強いのだ。ほっそりと華奢に見える体つきにとても似つかわしくないパワーの持ち主なのだ。
「そう強く引かないでください、マイラード中尉。あなたの怪我ほど軽くはないんです」
「軽い!? 私の? はああ? この顔の怪我が軽いですって? ていうか、まずは労いの言葉もないわけ?」
「ああ、お疲れ様です、マイラード中尉。失礼しました。ああ、いろんな意味で。──医療科にご一緒してくれるんですね。嬉しいです」
逆の意味で、この人もオフは随分違うよな……
そう思いながら、アダムは微笑んだ。やや、作り笑いになっているか。感じ取られなければいいな、と思う。
シュアルの流し目とは大分ニュアンスの違いを感じさせる横目で、エレンはアダムを流し見た。それ以上何も言わず、出口に向かって床を蹴る。本当にどういうバランス感覚と身体能力なのだろうと思いたくなる力強さで、アダムを牽引したまま出口に飛んだ。
連れ去られるアダムが最後に見たのは、大きな側倒屈伸からアラビアンフリップでキャプテンシートから離席する、アームオンの姿だった。
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・・・・
ヒートドレッサーが温風を止めた。ドレッサーの3面鏡に視線を左右させて、ヘアスタイルが大丈夫かをチェックする。最後に正面のミラーにカメラ視点を投影させて、クラウザーは小さく、OK、と呟いた。
個室に戻ったクラウザーはもう一度シャワーを浴びていた。シャワールームでP004MSチームメイトの紹介を受けていたクラウザーは、一番最後にルームを出ることになった。士官制服姿になって待機ルームに戻ると、いきなり吹き出すシャンパンシャワーを浴びせられた。
楽しそうに大笑いするジェットはともかく、堅そうな印象を受けたバトラー隊長までもが声を出して笑いながらシャンパンを振ってきた。馴染みのないスタイルにクラウザーは戸惑ったが、結局、終わる頃には一緒になってはしゃいでしまっていた。
全く…… 合理性に欠けるよな。半舷、時間貴重なのに。もう一回シャワーして着替えて…… シャワー室でやりゃあいいのに。まあ……かなり、スッキリはしたけどな。
士官服はクリーニングシュートに放り込んでしまった。クローゼットに残っているのは戦闘服。あとはトレーニングウェアとガウンだけだ。
心身喪失状態で大破したGm型と共にこの艦に収容され、そのまま特例的に配属になったクラウザーに私物は無かった。この部屋にあるのは全て標準の支給品だ。
唯一、首に掛けていたロザリオだけがクラウザーが持ち込んだ物だ。それは、出撃時に身につけてきた生還のジンクスだ。今はドアサイドに吊るしている。
────クラブで待ってるぜ────
ニヤついたジェットの顔が思い浮かぶ。
クラウザーはため息を吐いて、戦闘服のハンガーとブーツを手に取った。慣れた手つきで着用する。フライトジャケットを羽織りながら、通路に出た。
ブラックホールは、宇宙戦闘艦のクルーがリラクゼーションの為に集まるクラブハウスの通称だ。クラウザーがこれまで乗艦してきた船にも大抵は設置されていた。ダンスホールを中心に、お酒を飲んで騒げるバーエリア、VIPブース、そして、宇宙空間を見ながら静かに過ごせる展望デッキと個室などを備えている。艦内マップを探さなくても、いつもその場所は見当がつく。クラウザーは艦尾に向かった。
まるでP004に以前から乗り合わせている乗組員の様に、クラウザーは展望デッキに辿り着いた。そのままスイっと中に入る。そして言葉を失って辺りを見回した。
そこは、ただ単に外の空間が見えるだけの展望エリアでは無かった。通常、戦闘艦が航行することはない、宇宙の絶景が美しく広がっていた。どういう3D技術なのか、外のリアルな宇宙空間をベースに映像を融合させている。圧倒的な臨場感だ。こんな展望デッキは見たことが無い。
「ラウザー中尉?」
不意に呼ばれて、クラウザーは口を開けたまま、声のした方向を向いた。金髪の凛々しい面持ちの女性士官だ。習性の様に肩章が目に映る。クラウザーと同じ中尉のものだ。
……シュアル・オファー中尉。
それが、心に浮かんだセリフだったが──
「そうです。あなたは?」
と、言った。
「シュアル・オファー中尉です。……そう、貴方に特務を命じた、キレたコマンダーです。思い出してもらえると思うけど?」
そう言って、柔らかく笑った。手を差し出す所作が美しい。
「え……」
クラウザーは間抜けな返答を発して、握手をした。キレたコマンダーという表現が、クラウザーが思ったままだったからだ。あの時、それを口にしたか、と、あるわけないことを思い戸惑ったからだ。
「改めて、よろしく。あなたにはお礼を言いたかった。いろいろと聞きたいとも思っていたわ。でも……」
嬉しそうに笑いながら、少し上目遣いでクラウザーを見た。
「ブラックホールに向かっていたのではないかしら? ジェットあたりに誘われて」
「……流石、中尉。改めて、よろしく。その通りだよ。ここは、違うんですか?」
やっとスマイルを取り戻して、クラウザーは聞いた。シュアルが頷き、楽しそうに笑うと、ゆっくりと口を動かした。どうやら、この艦は展望とホールが分かれているらしい。
コマンドの時と全然違うんだな……
シュアルの語りを聴きながら、クラウザーは唇の動きを見つめていた。
・・・・・・・・
・・・・
「ラウザーの奴はまだ来てないのか?」
P004ファーストクルーの主だった面子が陣取っているエリア、奥側のソファの真ん中にどかっと腰を下ろしながら、バトラーが大きな声を出した。
展望デッキがそうであったように、このクラブ施設も通常の連邦艦艇とは大分違っている。ホールは大型の12角ドラムのような構造体で、その内壁がそれぞれ趣旨の異なるフロアになっている。それがゆっくりと回転して擬似重力を発生させているのだ。まるでスペースコロニーのように、上を見上げれば別のフロアを天地を違えて見ることが出来る。中心に輝くミラーボールの演出と相まって、トランス感がとても高い。擬似重力は適度に弱く、簡単にアクロバットなパフォーマンスに飛ぶことが出来て、着地をしくじっても怪我もない。それでいて、座っても体が浮くこともなく安定していて楽だ。
実はバトラーが座る時、その分のスペースが空けられていた訳では無かった。無言で乗っかるように被さってきたバトラーに、その後からジェット達が退いて納まったのだ。適度な低重力は、そんな入り方も違和感なく行う事が出来た。
「お疲れ様です、少佐。そうなんですよ。迷ってんのかな? 場所は分かるって言ってたんですけどね」
隣で騒いでいたジェットが答えた。バトラーにグラスを差し出す。
「無礼講でいいぞ。ジェット、ちょっと奴の士官個室を見てこい」
グラスを受け取りながらそう言うと、そのままグイッと一気にあおった。
「……OK、じゃあちょっと行ってきますよ」
反論一つせず、ジェットは立ち上がった。軽く後ろに飛んでソファを離れると、見遣る仲間にウィンクをくれて歩き去った。
出口に向かうと思えたジェットが、別のフロアで踊っている女性下士官の腰を抱いて挨拶するのを、プロシューターは見逃さなかった。
「新入りの事はジェットに任せておきましょう。奴とコンビでしょ? 最速で息を合わせてもらうのがいい。さあ、ファーストクルーで固まっているのは解散にしましょう、少佐」
プロシューターが提案した。
「そうだな、今回の半舷は12時間だ。うんと有意義に過ごしたい」
ジェットの方を見ていたらしい顔をこちらに向けて、Gm2=キャスパー・テラー大尉が同意した。プロシューターに小さく目配せする。
「よし、じゃあ、解散! 12時間後にブリーフィングで会おう」
そう言うと、3杯目のグラスを空にしてバトラーは立ち上がった。他のメンバーも倣うように手にしたグラスを空けると、それぞれに散っていった。
・・・・・・・・
・・・・
「注目」
ガット・バトラー少佐の号令に、P004ファーストクルー全員が敬礼をした。
バインダーを手にした、P004艦長=ロイデ・アームオン大佐が姿を見せた。ピシリとした姿勢で力強い。鋭い眼差しで部下たちを一瞥する。
「よくやった」
短く、強い、一言が放たれた。
「諸君は──」
バインダーを持つ手を後ろに回して、アームオンは真っ直ぐ前を見た。
「──P004に与えられた作戦のフェーズ1を完了した。これより我々はフェーズ2に入る。
楽にしてくれ」
個々のブースシート横に起立していた一様の士官服姿が、一斉に着席した。
「作戦詳細相互理解はHOLOが行う」
そう言って床を蹴り、やや高台にあるブースシートへ遊泳する。アームオンも着席した。
「おはようございます。アームオン大佐。今日のCombatVibeは8ポイントオーバーです。適切なストレスコントロール能力は艦長の素晴らしい資質です。フェーズ2の相互理解にも問題ありません。では、まず大佐の理解を確認しましょう」
ブースシートのヘッドレスト付近から声が聴こえてきた。眼前、数メートル先の空間に立体映像が展開し始めた。
アームオンのシート配置は、整列している各員のブースシート配置を斜め前方から見下ろす事ができた。ホロの要求に応えながら、それぞれのブースでブリーフチャットが始まっていく様子を眺めた。クラウザーのシートに少し視線を止めた。
「初めまして。クラウザー・ラウザー中尉。AI作戦参謀官、HOLOです」
「ああ、よろしくHOLO。いい声だ。イケボだな」
「サンクス、クラウザー。あなたも素晴らしいCombatVibeです。9.21。Near Bestですね」
「サンクス、ホロ。素晴らしいオフだったのさ。Self Bestかもね」
「フェーズ2の相互理解に最適のハイパフォーマンスです。新しい環境への適応力がとても高いですね。前任AI作戦参謀官はHALAですね。彼女もあなたを第一級のMSPだと褒めていました」
「……全滅した前任艦隊の事を忘れたわけじゃない。……だが、記憶凍結は出来ている。テストは合格だろ?」
「イエス、クラウザー。流石です。CombatVibeに変異ありません。忌まわしい記憶を突く為の発言を赦してください」
「いいよ。承知している。始めよう。俺は皆より多くのチャットが必要なんじゃないのかい?」
「イエス、クラウザー。私のLearning Modelにも、あなたは第一級のMSPだと認識されました。始めましょう。あなたに伝えなければならない情報は確かに多いですが、あなたのアビリティとパフォーマンスならば、充分に理解してもらえる時間はあると確信できていますよ。
P004に与えられた作戦名は──」
『SILENT MAPPER』というロゴが眼前に3D表示された。
「──Silent Mapper。コードネームも同じです。この作戦は非公式であり、非公開は絶対条件だからです」
ホロは話を止めた。クラウザーは黙って小さく頷いた。
サイレントマッパーというネームだけでも、実は色々な考えが廻っていたが、全ては憶測だ。その手の質疑は必要のないディスカッションで、黙っていれば解消されるものだとクラウザーは思っている。疑問を口にするのは全てを聞いてからでいい。
「フェーズ1は表側の月面都市からサイド5暗礁宙域までの静謐な機密輸送でした。機密の詳細はアームオン艦長だけが把握しています。
この行動は、ジオンにとって深刻な危機を予感させるものです。よって、必然的に追撃がかかる事が予想されていました。この追手を退けることが事実上のフェーズ1でした」
眼前の立体映像の『SILENT MAPPER』ロゴが小さくなり、ロゴのバックが表側の月面都市の映像になった。全体がズームアウトして、離れた位置にラグランジュワン宙域が現れ、SIDE5と表示される。月面都市からサイド5に矢印が伸び『SILENT MAPPER』がその上を移動し始めた。
同時に月の裏側が透視され、GRANADAと記された施設が見えた。ジオンの裏側の月面基地だ。ベース上に『Pursuit Force』のロゴが現れ、月を周回して『SILENT MAPPER』へ向かう矢印が伸び、その上を『Pursuit Force』が移動しだす。追撃部隊だ。
「アームオン艦長は追撃部隊を撒くという戦術をセレクトしました。P004はサイド5に向けて出航しましたが、フォンブラウンからのコンタクトロスを得た時点で変針、月面を周回してサイド1へ」
サイド5へ伸びていた矢印がぐるっと月を半周して、新しく現れたSIDE1へと変化した。
「P004は最短コースをサイド5に向かい、追手の追撃を許さないという戦術を執っている。当初、追撃部隊はそう判断しました。アームオン艦長の思惑通り、最速でサイド5に移動していく様子が残しておいた監視装置から送られています。
しかし、追撃部隊は途中で進路を変更。サイド1へ向かい、P004の捕捉に成功します」
サイド5に伸びていた追撃部隊の矢印の途中にInexplicableというスタンプが点灯し、そこで90度曲がってサイド1に向かう『SILENT MAPPER』を追う形に変化した。『Pursuit Force』がその上を走りTarget Acquiredの赤文字がフラッシュした。
「アームオン艦長はプランBに移行します。地球連邦軍要塞コンペイトウの哨戒コースを通過、友軍戦力による追撃部隊の排除を期します」
クラウザーはやや険しい顔をしていた。ホロの説明はよく理解できる。つまり、その排除戦力として奴らにぶつかることになったのが、自分の居た第126パトロール艦隊だったわけだ。
「作戦は12月24日に開始されました。この日付には複数の明確な意図があります。同日に決行されたジオン宇宙要塞ソロモン攻略戦の成功を計算し、追撃部隊を撒けなかったケースでの対応力を得るというのがその1つ目の意図です。事実、計算通りにチェンバロ作戦は成功し、ソロモン要塞は連邦軍の最重要拠点コンペイトウに生まれ変わり、プランBは機能します」
機能はした。しかし、目的は達成されなかったわけだ。パトロール艦隊は全滅したのだから。生き残った自分以外は。クラウザーは黙ってそう考えていた。
「12月24日作戦開始の意図の2つ目は、ソロモン防衛に集中しなければならないジオンに、追撃部隊へ割ける戦力の弱体化を強要するというものでした。
これは機能せず、追撃部隊は想定を遥かに凌駕する戦闘力であるという情報を得たに留まりました。チェンバロ作戦が予想よりずっと安易に成功したという事実と関連する可能性が有ります。
アームオン艦長はこの時もプランBとして、追撃部隊を退けられなくても、友軍との交戦中に敵にP004をロストさせる事を計画していました。このプランBは成功します」
フラッシュしていたTarget Acquiredの赤文字が暗く消灯した。
「P004は動力停止により暗礁宙域に息を潜めて追撃部隊のタイムアウトを狙います。アームオン艦長の徹底したエスケープ戦術に対し、追撃部隊は迷走を強いられます」
『SILENT MAPPER』が暗い色に変わり、Camouflageとスタンプされた。同様に『Pursuit Force』がうろつく動きを始め、Confusedとスタンプされた。
「しかし、敵の洞察力が勝っていました。最終的に追撃部隊との交戦をP004は決断することになります。
追撃部隊は常に要所要所において不可解に正解する洞察力を発揮します。この事実は、敵に超常的なパワーが存在する可能性を警戒するべきものです。
その後の展開は、クラウザー、あなたの実体験の通りです」
ENGAGINGという大きなスタンプが映像で踊る文字達に被さった。それを観ながら本当にギリギリの勝利だったな、と、そう思った。すると突然、今ならばこその大きな疑問がクラウザーに浮かんできた。
何故、これほどリスキーな決戦をした? 追撃部隊の戦闘力は想定出来ていたのではないのか? コンペイトウのすぐそばに居るのに、何故?
「自戦力のみでの決戦を敢行したのには理由があります。交戦エリアは友軍拠点の支配空域ですが、P004は積極的に応援を頼む事を許されていません。本作戦は、友軍にも知られる事なく遂行されるよう厳命されています。
12月24日作戦開始の意図の3つ目は、友軍もまたソロモン攻略戦に全集中する時こそが最もP004の行動の秘匿性が高まり、この作戦を展開するのに適していたからです」
クラウザーの疑問に答えるかのようにホロが解説してくれた。が──
「……待ってくれ」
思わずクラウザーは口を開いた。同時に、この艦に収容されて、そのまま配属命令を受ける時のアームオンとの艦長室でのやりとりがリフレインする。
────我が艦は友軍にも存在及び所在を知られておらず、また知られる必要のない事を理解できるな? 中尉────
「追撃部隊との戦闘で、MSは半数に減った。……補給は、どうなる?」
「ありません」
クラウザーは右手の人差し指を立てて、小さく左右に振った。
「待ってくれ。この先に戦闘は? あるんじゃないのか?」
「イエス、クラウザー。フェーズ2は本作戦で最も激しい戦闘が予想されます。
フェーズ2はサイド5暗礁宙域に隠蔽されているジオン重要施設の奪取です」
顔も、ゆっくりと左右に振った。
「予想される敵防衛部隊はMS一個打撃群、猶予は48時間です。この防衛部隊の排除が実質上のフェーズ2となるでしょう」
クラウザーは、絶句するようにその先の質問を失った。無意識に左手の小指でクロスを切っていた。
scene 021 OPERATION SILENT MAPPER
Fin
and... to be continued