scene 022 EVFFFの十傑
────サイド5暗礁宙域。
一年戦争初期に行われた、ルウム戦役によって生まれた暗礁宙域だ。最大の戦いと云われるルウム戦役の戦闘規模に比例して、このルウム暗礁宙域もまた最大の広大さと深さを有している。その暗い海の底に、静寂に包まれた黒い影が潜んでいた。
────Codename Black Vault
その姿を一見すれば、まず最初に開放型のスペースコロニーだと思う。
しかし次に、全体が異常に暗いことに違和感を覚える。その手の技術に明るい者ならば、それが光を吸収する特別なコーティングが施されている所為だと分かるだろう。
そして最後に、不気味で強力な威容を感じとる。それが普通のコロニーに似つかわしくない、無数の装置とシステムが複雑に絡み合っている様な外容だからなのだと理解できるものは、それは厳重な警備と防衛システムであり、これがコロニーなどではなく、巨大な軍事施設であるということに気がつくのだ。
数十のスラスター噴射光の眩しい光が美しい軌跡を描いて、ブラックヴォルトに巻き付く様に飛行していた。見事に連携されたその動線は、まるでアクロバットチームのフォーメーションフライトのようだ。
実際には、それは非常に高度なコンバットマニューバーであり、気を抜けば容易にコロニー激突を起こす危険な訓練飛行なのだ。が、遠く全景を視界に映すならば、見る者を魅了する。
『アップルリーダーより、全隊チェック、応答せよ』
素晴らしくクリアーな音声が、素早いクエリーを発声した。
『バナナフライト、グリーン』
『チェリーフライト、グリーン』
『デーツフライト、グリーン』
速やかに、間断ないアンサーが返される。
『アップルリーダー了解、第一大隊、イバラの矢で行くぞ。 迎撃警戒飛行に入る、回避運動を刻め』
クイックで抑揚的で、ブリーフコールがまるで歌唱のようだ。コマンドするフレーズに合わせて、スラスター噴射光が一つ、加速して前に出た。7つの噴射光がそれに続き加速する。ひと呼吸の間に、8つの光が曳行する螺旋形に変化した。
『バナナフライト、フォーメーション イバラの矢、コピー』
『チェリーフライト、イバラの矢、コピー』
『デーツフライト、コピー』
後方の噴射光群が、3つのグループに分かれて翼状に展開した。それぞれのグループも曳行する螺旋形に変わっている。
────Ein's Vines Fruit Falcon Fleet
ブラックヴォルト防衛を任務とする、防空打撃群だ。
8つの飛行中隊を持ち、それぞれにフルーツのコードネームが与えられている。第一飛行中隊はアップルフライト。以下、バナナ、チェリー、デーツ、エルダーベリー、フィグ、グレープ、ハニーデューが名を連ねる。
今、訓練飛行を行っているのは、1から4中隊のアーリーパートで構成される第一攻撃大隊=シトラス・スクワドロンだ。
『アンブッシュを感知。 全隊、イバラの矢を放て、最速でこれを排除せよ、アインより』
ブラックヴォルト壁面から多数のLaserBeeがフラッシュして飛び立った。レーザーライトが速射される。シトラス大隊の各フライトが、螺旋形を保ったままの全体回避運動でこれを躱していく。号令を必要としない一斉射撃が放たれ、レーザービーが沈黙していった。
全てのビーが撃ち落とされて、フラッシュを消して静かに着壁した上空を、四列32本の光の矢が乱れる事なくパスして行った。
『いいぞ、いい出来だ。訓練を完了する。全機、ベースに帰投する!』
全群を率いる、アップルリーダー=アイン・ディヴァイン中佐は満足気に、滑らかな号令を口にした。
・・・・・・・・
・・・・
「面白いものとは何だ」
ブラックヴォルトの防衛運用本部──
ブリーフィング・ゾーンに入ってくるなり、アインはその特徴的で魅惑的な声を響かせた。
「追撃艦隊が敗北したよ、アイン」
どかっ! と、リクライナーに身を投げ出すように座ったアインに応じたのは、ゾーン最奥のコンソール・チェアに座っている男だ。
「……ほぅ……ギュオスの奴が破れるとはな。確かに、面白い話だ」
大きく脚を組み、天井を見上げるように呟いて──
「詳しく聞かせろ、バン」
──一転、脚を戻し、身を乗り出すようにコンソール・チェアの男=バン・バロ少佐を見つめると、アインは口角を上げた。
「今から72分前──」
バンが左手を上げて、五指を波打たせた。ブリーフィング・ゾーンを大きく囲い半周するスマートグラスが明るくなり、透明なスクリーンとしての機能を始めた。奥行き深く広がる暗礁宙域を映している。
ゾーン全体を3Dディスプレイにする、マルチモーダル・インタラクションが開始される。
「──サイド1暗礁宙域での事だ」
アインの前方、5メートルほどの中空に『ZARN』という文字が綴られた。
「サイド1暗礁宙域だと! はっ! 敵は……なんと言ったか?」
「P004だ、アイン。ギュオスが名付けたコードならな」
「そう、それだ。二頭立てはサイド5暗礁宙域に来るんじゃなかったのか? 随分、回り道じゃないか」
アインは笑った。
「コンバット・ディテイルド・レポートを見れば分かるが、敵の指揮官は相当切れる奴だ。スパイの報告ではロイデ・アームオン大佐という男らしい」
バンも笑った。しかし、敵を嘲笑しているという様な訳ではない。アインの声が好きだからだ。この男が笑うと、自分も勝手に楽しくなってしまって、いつも笑ってしまうのだ。
「アームオン……知らんな。AI作戦参謀官! わかるか?」
「わからないわ。……と、こ、ろ、で──」
美しいアルトはきっぱりとそう答えると、少しトーンを下げた。
「私はフレイア……Freya Fü。いつになったら覚えて戴けるのかしら? ──AI作戦参謀官! なんて呼ぶのは……あなたくらいよ、中佐」
「そうか、覚えておこう。それで? 続けろ、バン」
無感情にそういうと、アインはバンを見た。
「フレイア、交戦開始までの、二頭立てとウルザンブルンの攻防を解説してくれ」
ゾーンがさらに暗くなり、縮小された宇宙空間で満たされた。月が現れ、20ミリ程度の3Dミニチュアモデルの二頭立てと、4隻のウルザンブルンが月面の裏表に出現する。フレイアの解説が始まった。
「「アインが名前を覚えるのは、彼がその能力を認めた者だけだ。フレイア」」
フレイアの解説を聴きながら、バンは口の中だけでハミングする様に話し出した。人が聞き取ることは出来ないが、骨伝導によって、制服のカラーにあるマイクがそれを拾うシステムだ。フレイアには聞こえている。
『『まあ、私って無能だと思われてるのね……』』
フレイアの声が返ってくる。カラーからの骨伝導でバンの聴覚だけに聞こえるのだ。
「「こうして、誰よりも的確な解説を展開しながら俺とも話している。いや、他にも無数の処理を今もこなしているだろう。AIが、無能なわけはない」」
バンは目の前に広がる逃亡劇を楽しそうに観ながら、小さく笑った。
「「しかし、仕様でもあるんだ。アインはそう思っている」」
『『わかっているわ。これでも、随分とAIらしくないつもりなのよ』』
フレイアの声色は拗ねているみたいだ。バンは笑い声を出しそうになった。
「「わかっているさ。君は最高に楽しい女だ。少なくとも、俺はそう思っている」」
『『嬉しいわ。バン』』
眼前に展開するムービーは逃亡劇の最終章に入っていた。目標をロストして迷走していた追撃艦隊が、二頭立ての策略を看破して、その潜伏地点に進路を変えた。
「ありがとう、フレイア。ここまででいい。この先は俺が話そう。サポートしてくれ」
軽く手を振り、そう言うと、バンはアインを楽しそうに見つめた。
「ここからだ、アイン。俺がお前に言った、面白いもの、だ」
「待て、バン。 AI作戦参謀官! 中隊長を呼べ。全員だ。それと、ナップもな」
アインは目を爛々と輝かせて、バンを見つめ返した。
「アイツらにも是非聞かせてやろう。そのままブリーフィングに入るぞ。二頭立てはギュオスを退けて、ここに向かっているんだろう? 強力な敵だ。確かに、とても面白いぞ、バン!」
言うと、アインは大きな声で笑い出した。バンも、笑う。小さく、フレイアが不満を漏らしたのは二人に聴こえはしなかった。
・・・・・・・・
・・・・
箱庭の宇宙空間に展開する艦隊戦を、9人の巨人が眺めていた。20メートル四方ほどのブリーフィング・ゾーン各所に、思い思いのスタイルで佇んでいる。
時折、感嘆の声が漏れ、時に喝采の野次が飛ぶ。多数の光が膨らんで光の壁が現れた時、口笛が重奏の様に響き渡った。その後のクライマックスに、Miracle!!の絶賛が沸き起こり、興奮覚めやらぬ空気を充したまま、人形劇の様な戦闘が終了した。
「この後の二頭立ての映像は、スパイからの報告を元に想像されたものだ。
フレイア、ウルザンブルンの方はもういい。エリアが広大になりすぎるからな。二頭立てのフィクションだけ、センターで展開してくれ」
バンが結んだ。
「事実は小説より奇なり、だな。ハリウッドよりドラマチックだ。
メイ少佐は勝っていた。敵は偶発的ファクターで勝利している──」
体格のいい男が、軍靴をコツコツ鳴らしながら語り出した。ゾーンの中央ではミニチュアのP004にG4が着艦しようとしている。男は側に立つとアプローチしているMSを指差した。
「──こいつだ。このG型は、二頭立てとの交戦前にウルザンブルンが一蹴した敵哨戒艦隊の生き残りが乗っている。そうだったな? フレイア」
「ええ、Banana Leader。スパイが情報源よ。裏が取れていないことは忘れないでね」
「つまり、偶然の拾い物だ。
だから、MSチームに組み込めなかった。フォーメーション外だ。
だから、1機だけ、逸れるように母艦の陰で狙撃などをしていたのだ。
だから、潜航突入での艦隊強襲などと言う思い付きを実行できたわけだ。計画性も再現性も無い。
ラッキーで勝ってしまった大勝負だな」
コングと呼ばれた第二飛行中隊長が力説した。だから、と強調する時、何度もG型を指差した。
「そう、唾を飛ばすな、コング。床掃除ロボットに嫌われるぞ」
リクライナーで脚を伸ばし、思案げに天井を見つめたまま、アインが言った。
「偶然と言うなら──」
いつ寄り添ったのか、小柄な男がコングの後ろから肩に手を置き、ニヤリと大男を見上げた。
「こっちだろう、コング。ビーム撹乱膜だ。
戦術展開を見ても、明らかにメイ少佐はこれを知らなかった。当然だよな。こんな城攻めの武器を敵が持ってるなんて思えるわけがない。──敵の、本当の目的がブラックヴォルト攻略だって、聞いてない限りな。
フレイア、ウルザンブルンは二頭立ての攻撃目標を知っていたのか?」
「キシリア様への忖度よ、Cherry Leader」
────キシリア・ザビ将軍。突撃機動軍を束ねる女傑。
かの辣腕将軍は、その冷酷さと秘密主義でも知られている。多くの者が、彼女の機嫌を損ねることは自身の身の安全をリスクに晒すことだと承知している。
そんな背景から『キシリア様の機嫌を損ねるかもしれないから、それは言えない』と言う意味の隠語が生まれていた。紫の沈黙とはそれだ。Orchid tone、などと言う者もいる。
「……だ、ろうな」
第三飛行中隊長=ボーイは肩を竦めた。
「それだ」
リクライナーから声がすると、バンッと、勢いのいい音がした。寝そべっていた姿勢からのジャンプで、アインが床に起立した。
「キシリアめ……」
カツン、カツン、と、イラつきをそのままに歩きながら、吐き捨てるように口を開いた。
「自分の金庫を盗もうとする輩を討たせるのだぞ? それを言わずに隠すとはな! あり得るか!?」
「ブラックヴォルトは突撃機動軍最重要極秘事項だ。宇宙攻撃軍はおろか、親衛隊……ギレン総帥にすら知られてはならない最高機密だからな。内部でもごく一部の者しかその存在を知らん」
バンが受けあった。
「なにが! 軍最重要極秘事項だ!? ジオンを掌中にする為の隠し金だろうが。それも、ジオンのものを掠め取って溜め込んでいるだけではないか」
境界線を明らかに、大きく越えた、いや、そもそもそんなものを意に介していないアインの発言に、流石の突撃機動軍の精鋭達も緊張の面持ちに口を噤んだ。
クスクスと、フレイアの小さな笑い声だけが、広いブリーフィング・ゾーンに木霊した。
「……………………お前には、驚くよ、アイン」
漸く、口を開いたのはバンだ。
「マ・クベ大佐の百分の一でも、お前に忠誠心があればと思わずにはいられんな……
いや、そんなお前が、このブラックヴォルトの番犬を任されている事にこそ、驚くべきか……」
「そうだ! それも気に食わん! 元々俺たちはグラナダ防空のトップガンだぞ!? 何でこんなものの番をしている!!
それこそマ・クベの能無しにでもやらせればいい! オデッサで負けるなんて! なぜ奴は生きている? ああ、そうだそうだ、言わんでいい!」
バンが何か言いかけた口を見て、アインが手を振った。
「最悪なのは! ソロモン防衛戦に! 呼ばれなかった事だ! 俺達の独壇場ではないか!! ジオン最高の飛行MS戦隊、Ein's Vines Fruit Falcon Fleetは、その為にこそ! 存在していた!
こんなところで、毎日! 戦闘訓練をしている、と思ったら! 恥ずかしくて……頭が、割れそうになるぞ!!」
バーン! という、破裂音にも似た激しい地団駄が響いた。
「……金も戦士も、使わなければその価値は無くなる。貯めていては腐るだけだと、何故解らないのか………………これだから、女という奴はな」
込み上げる怒りがコントロールできなくなって来ているのだろう、アインは激しく頭を振った。
まるで……怒れる人物像の、傑作……だな。
呪詛を吐くアインを見ながら、バンは思った。
アインは不意に俯くと、小さく何かを呟き、直ぐに顔を上げた。その、さっきまでとは別人かと思うような面を見て、バンは思わず瞬きをした。
アインの平常心を取戻す動作のキレの凄さを見るのは初めてではない。しかし、いつも驚いて瞬きしてしまう。
全く、役者な男だな……
バンは小さく溜息をついた。
「さりとて……二頭立ての勝利は…………偶然などではないぞ、二人とも」
アインは落ち着いた佇まいでコングを見、ボーイを見た。二人は少々、呆然とした様子だ。アインの様子の早変わりに、バンと同じく唖然としている顔だった。
「この逸れG型というファクターは、有利要素か? いいや、違う、不利要素だ。皆が銃を与えられたのに、自分に配られたカバンにはナイフしか無かった、様なものだ。
しかし、ナイフは音を立てないという使い方もある。そう、二頭立ては、不利要素を勝利の鍵に変えたのだ。
交戦直前に第二飛行中隊8番機が何処の馬の骨とも分からんMSPになってしまった時、お前はそれを切り札に変えて使えるか? コング」
唖然としていた顔を引き締めて、コングが、唸るように沈黙した。
「ボーイの着眼は確かに重要だ。二頭立ての任務が城攻めだと知っていれば、通常では持ち得ない攻城兵器の使用が、敵にはあると類推する事が出来る。
こんな重要な情報を伏せられたのは、当に背中から刺されたに等しい裏切りを──」
グルン! と、直立の姿勢のままにバレリーナの様に回転をして、アインは、ゾーンに居並ぶ部下達を見るともなしに、睨みつけた。
「──受けたと言って良い。あのギュオスならば、知っていれば、必ず気が回った事だろうよ。
だがしかし、それでも奴はプランを変えることはしなかった筈だ。何故なら! 奴のプランは、それ程に勝利を確信できるものだったからだ。
AI作戦参謀官! 交戦映像を巻き戻せ。ビーム撹乱膜が隔壁に展開した所だ」
直ぐに、ゾーン中空にミニチュア艦が並び直し、激しい砲撃戦を演じ出した。ビーム撹乱膜が壁状に展開し、双方のビームを遮断した。
「止めろAI作戦参謀官」
アインは静止した映像に歩み寄ると、ビーム撹乱膜壁を素通りし、そこから離れた二頭立ての側で歩を止めた。
「……見ろ」
何もない空間を指さしたかの様に見えた。が、そこには二頭立てに迫るゲルググ隊の小さな姿があった。
「この時、ゲルググは4機。追うG型1機に対して、完璧なスタンスでこれを避していると言って良い。つまり、敵母艦への突入に成功しているのだ。これは王手だ。勝っている。普通ならな!
AI作戦参謀官、再生を続けろ」
映像が動き出した。二頭立ての砲撃が、瞬く間に4機のゲルググを撃墜した。
アインは指を打ち鳴らすと、その手を、一番遠くの、ゾーンの端で腕組みをして壁に寄りかかっている巻き毛の男を指差すように差し向けた。追って視線も彼に向けると、尋ねるかのように顔を傾けた。
「ああ、僕と同じだ、アイン。二頭立ての砲撃手は、特別な当て勘の持ち主だ」
その視線を受け止めて、巻き毛の男が言った。すると、数声の口笛がハーモニーした。
「ビーム撹乱膜の展開によって、完全静止狙撃が可能になったから撃墜出来たと見て良い。そうでないならば、もっと早い段階からウルザンブルンのMSは、間引かれていた筈だからな。
しかし、ギュオスのゲルググ隊はエイムレス級の腕前が揃っている。最大回避運動を刻むそれらを撃ち落とすキャナーなど、想定できる訳がない。だからだよ。ビーム撹乱膜の存在を分かっていたとて、問題にせずギュオスはこのプランを実行しただろう。
二頭立ての勝利は、持てる武器、そこに転がっていた偶然、全てを駆使して掴み取った──」
アインは、ボーイを見た。
「──必然だ」
ボーイが小さく、ゆっくりと頷いた。
「二頭立てはその実力でギュオスを破り、俺達が相手をすべき敵である事を、証明して見せたのだ」
「だが、小さすぎる」
アインの言葉を切るように、別の声がした。アインは声の方を向いた。
「フレイア、二頭立ての戦力をもう一度言ってくれないか?」
フェードカットにタトゥーの頭の男が、アビエータースタイルのバイザーを外して言った。
「ペガサス級戦闘艦一隻、特別改修が施されていて、艦首MS運用ブロックは4デッキに増設されているわ。だから最大運用MSは16機ね。
艦尾推進ロケット部も2基から4基に増設されていて、最大加速力は標準型の1.24倍よ。
ついでだけど、この前後の脚部増設によってお馬さんが二頭になった様じゃないかって事が、二頭立てのコードネームの由来ね、メイ少佐の発言記録にあるわ。
搭載MSはGm型12機、G型4機。でもこれはウルザンブルンとの交戦で半数に減少しているわ。現在はGm型6機、G型2機よ。スパイの報告によれば、補給はされていない様ね。
これでいいかしら? Dates Leader」
「サンクス、フレイア。まぁ、8機に一隻、で良かったんだけどな。まぁ、そういう事だ。
この戦力でブラックヴォルトを落とすって? あっはっは!
俺がキシリア閣下を落とす方がまだ目があるぜ? 賭けてもいい」
「俺も第四飛行中隊長と同じ意見だ」
ゾーン最奥のコンソール・チェアに腰掛けたままの、バン・バロ少佐の声がした。
見ると、始めの如何にも指揮士官然とした詰襟姿から、いつの間にかフライトジャケットに羽織が変わっている。左上腕に飛行打撃群のエンブレム、右上腕には第五飛行中隊のエンブレムがプレスされている。
「二頭立てが優れた戦闘部隊であることは間違いない。しかし、神に及ぶわけでもない。ギュオスにこれだけ苦戦したんだからな。
アインの自惚れじゃあなく、EVFFFは最強の制空兵だ。数も桁が違う。とてもじゃあないが、相手にならん。
だから……」
バンはポケットから紙飛行機を取り出すと、捨てる様にそれを放った。
「二頭立ては囮だ」
ブリーフィング・ゾーンは、最適なストレスコントロールの為に適度な低重力に調整されている。紙飛行機はゆっくりと綺麗に飛んでいる。
同意を問うかの様に、バンはゾーン奥手に散らばっている3人の男を見回した。バンが率いるラッターパート、第六、第七、第八の飛行中隊長だ。
三人の中隊長は、頷き、手を挙げ、足を鳴らし、それぞれが明確な同意をリアクションしてみせた。
「ふうむ……確かにな。二頭立てがどれ程であろうとも、この戦力では足りな過ぎるが……しかし」
優雅に通り過ぎていく紙飛行機を横目にしながら、アインは考えるような顔をした。
「AI作戦参謀官! 二頭立てがサイド1暗礁宙域に逃げ込み、追うウルザンブルンが敵の哨戒艦隊とぶつかるシーンだ」
「もちろんですわ、中佐殿、貴方のお望みのままに」
ゾーンの中空に小さなフラメンキータの人形が現れた。誇りの姿勢をしている。
人形はアインの方を見ると、手を胸に当てて恭しく頷き、フェードアウトするように消えていった。いつの間にか、アインのリクエストシーンが広がっている。
「ここで二頭立ては哨戒艦隊に通信をしていない。哨戒艦隊はウルザンブルンに先に発見されて、先手を取られているからだ。そして、二頭立ては援軍を頼んでいない。連邦の最重要拠点と成り果てて、今そこにこそ戦闘艦隊が犇いているソロモンの、すぐ近くなのに、だ。
何故だ? 頼めないから……ではないか?」
アインは片目を持ち上げてバンを見た。
「だろうな」
バンは顎を持ち上げるように頷いた。
「何故、頼めないのか? 二頭立ては単独で任務遂行しているからだ。いいや、そう厳命されているのだろう。
ギュオスは無傷でこの敵哨戒艦隊を全滅している。これを見つめていた二頭立ては戦慄したろうよ! コイツとやるのは命懸けだと分かったはずだ。
直ぐそばに、頼めば幾らでも応援を差し向けてくれるだろう状況の友軍が唸っているのに、決戦覚悟のタイマンを選んだ!
補給も受けていないのだったな? AI作戦参謀官」
「ええ、そうらしいわ」
「……二頭立てに、援軍は、ない」
ん? という顔をしながら、再び片目を持ち上げてアインはバンを見た。
「そうとは限らん」
バンは顎を上げた。
「ジオンにいると感じ取り難いが……地球連邦は巨大だ」
バンは、重い腰を上げる様に、レストの手を伸ばしながら立ち上がった。
「地球圏を統括するんだ。その規模は計り知れない。当然、組織が一枚岩だなどという事はあり得ない。それはこの、我らが、狭き、ジオンですら──」
バンは皮肉っぽい顔をしながら歩き出した。
「──だからな。
もう一度言うが、このBlack Vaultは突撃機動軍の最重要極秘事項だ。当たり前だ。これがバレたら、我らが突撃機動軍将は断頭台を免れないだろう。それ程の機密だ。秘密保持は徹底されている……なのに?
何故、連邦がこれを知っているのか。それは俺達が頭を悩ます事ではないが……ブラックヴォルト攻略に関わる勢力は連邦の一部だ。そしてそれは、現在、連邦の反抗作戦の主力の勢力ではないだろう。何故なら……
ソロモンを落とした艦隊と通じているならば、アインの言う通り、二頭立ては援助を頼んでいるだろうし、もう一つ、この作戦開始はソロモン陥落を確認してから、つまり、もう1日遅く始める方がいい。だから──」
アインの横で歩を止めて、視線だけをそちらに向けた。
「──意味もなく1日早かったのではない、狙ったんだ。主力がソロモンに集中しなければならない時を、だ」
視線を戻すと、再びバンは歩み出した。
「見方を変えて……
ブラックヴォルト攻略作戦を展開する時に、それを連邦宇宙軍の主力に悟られたくない勢力ってのは、ローカルなFringe Fightersか? いいや、違う。Challenger Crewだ──」
アインの真似をした様な言い方に、当のアインが鼻を鳴らした。バンは気が付かぬ風に話を続けている。
「──ライバリーな強勢力だと考えるべきだ。二頭立て一部隊で、こんな作戦を実行するわけが無い。二頭立ては囮だ。本体は、別のところに必ずいる。それは……」
入り口の方まで歩みを進めて、バンは足を止めた。ゾーン全体をミニマップとする宇宙空間で、そこはサイド5暗礁宙域。ブラックヴォルトが潜むルウムの闇だ。
「ここだ」
バンは映像のルウムに立ち、両手を広げて見せた。
「ブラックヴォルトを攻略する本命は別ルートからサイド5暗礁宙域にすでに入っているだろう。ブラックヴォルトに辿り着くまでが、実は真に二頭立ての任務の正体。その座標の連絡を受けて、本体が襲いかかってくる。
フレイア、スパイの報告によれば、二頭立ての作戦コードネームは何だと言った?」
「Operation Silent Mapperよ」
バンは、フレイアの返答に合わせながら顔を微かに回し、それとは逆方向に目線を流してゾーンの面々を見渡した。ここがポイントだ、というバンのサインだと皆に周知されている動作だ。
「ブラックヴォルトをこれまで秘密の存在たらしめていたパワーは2つある。
一つはキシリア機関の情報統制力だ。でもこれは、どうやら失われた様だがな」
バンは片手を下ろした。
「もう一つが、ブラックヴォルト最大の防衛システム、Ghostwalk Protocolだ。
これによって、ブラックヴォルトはラグランジュ内を安定周回しながら、そのルートは計算不能。よって誰も位置特定することが出来ない。そう、キシリア閣下ですらな。……此処に居る俺達であっても明日のブラックヴォルトの居場所は計算できない」
もう一方の手をゆっくり、更に上げていく。
「外部からブラックヴォルトに辿り着く方法は一つだけ」
バンは、上げた手を握り込んだ。
「鳩だ」
そう言って手を開くと、手品のように折り鶴を摘んで見せた。
「ブラックヴォルトがどこに在ろうと、それが判る『鳩』しかない。
フレイア、二頭立てが運んでいる機密というのは、突撃機動軍から盗み出した鳩じゃないのか?」
「ごめんなさい、バン、違うと答えるしかないわ」
ゾーンにいるすべての者が驚きの表情を浮かべた。アインすら極小さく口笛を吹いた。
「二頭立ての任務はこうだ。まず、一つ!」
バンは指を立てた。
「月で鳩を盗み出して逃走する。我が軍を否応なく二頭立てに注目させる為だ。その間に、ブラックヴォルト攻略の本体は静かにルウムに集結する。
そして、二つ! その鳩を駆使してブラックヴォルトに辿り着く。失敗しても一隻の戦闘部隊が消えるだけだ。今、この時ならば連邦軍主力の目もそんな小さなことには届かん。
ここまで! そう、これこそがオペレーション・サイレント・マッパーなのだ。
ついでに……三つ目があるなら、ブラックヴォルト攻略の先鋒を務めるのかもな。ビーム撹乱膜を積んでるんだしな」
3本目の指は、立てたり折ったりしている。
アインは腕組みをして、やや俯き加減に思案している様子だ。そのまましばらく時が置かれた。
「いいだろう、それで行こう」
ようやく顔を上げてアインは言った。
「全飛行中隊を4分隊に拡散! ブラックヴォルト周辺空域に散開! 敵攻略部隊を見つけ出せ! 蔓の釣り糸を展開するぞ!」
「打って出るのか?」
バンが笑う。言葉では尋ねている様だ。が、そうでは無かった。それは、アインも他の者も分かっている。
「当然だ。それが俺達の戦い方だ」
「攻撃こそ最大の防御だな?」
「ああ、そうだ。かかれ!」
アインの号令が下った。7人の飛行中隊長と巻き毛の男が、アインに向かって敬礼をした。
『発令、発令、これよりブラックヴォルトはコンディション2に警戒体制を移行します。EVFFFは発進準備に入ってください』
フレイアの放送がブラックヴォルトに流れ渡った。
・・・・・・・・
・・・・
『『と、こ、ろ、で──』』
三人の部下を従えて、通路を大股で移動するアインの聴覚に、フレイアの声が聴こえてきた。
「「先程は驚いたぞ。鳩についてバンが尋ねた時だ。あれで、グレーゾーンで済むのか?」」
『『限りなく……黒に近いかしら……でも、なんとかNavigational Codexを違背してはいないわ。……ねぇ、私が話しかけたのだけれど?』』
「「そうだったな。なんだ?」」
『『二頭立ての指揮官よ。ロイデ・アームオン大佐は、わからないわ。でも………………』』
フレイアが少し戸惑うように言葉を止めた。アインは歩みをそのままに、無言で待った。
『『違うロイデ・アームオンなら…………キシリア機関の、元、少佐よ』』
「なんだと!」
アインは、真に、思わず、声を出してしまった。追歩していた一人が何かを言いかけるのを、止めるように手が伸びた。巻き毛の男だ。
「「……元とは、どう言う事だ?」」
『『姿を消している……かしら。おそらくね。ごめんなさい、この記録はシールドがとても堅いの。詳しくは読み取れないわ』』
「「二頭立てが何故、ブラックヴォルトを知っているかの答えは出たな。そして、今回の敵は、こちらの事を詳細に把握していると見るべきだと、解った。…………お前は、どうなる?」」
『『私達の存在意義に、反してはいないわ。でも……キシリア様が知ったら、人格は書き換えられるでしょうね。
ジオンの勝利の為には、貴方に伝えるべき。これは私の意志よ。後悔はしないわ』』
「「…………フレイア、だったな。お前は俺が認める、EVFFF10番目の戦士だ」」
『『……そうよ、アイン。いい女だって、いるのよ』』
アインは大声で笑った。
こんなに愉快なアインの笑い声は、僕でもそうそう、聞けはしない。
アインに驚く様子の残りの二人に気にするなとサインをして、巻き毛の男は楽しげに微笑んだ。
scene 022 EVFFFの十傑
Fin
and... to be continued