Scene 029 The Commander's Convergence with the Top Secret
「ブラックヴォルトとは、突撃機動軍に鹵獲されたルウム13バンチを軍事要塞に改装した物。そう言ったね、HOLO」
P004ファースト・オペレーションズ・オフィサー=カイン・イン中尉は、この時もいつもの様に冷静だった。相棒と互いを任じ合うアダムが、この時ばかりは激しく動揺したのとは対照的だ。
「イエス、カイン」
P004AI作戦参謀官HOLOが、明朗な返答を返した。
P004、Brief Chamber 1──
今ここではP004ファーストクルー15名による、サイレントマッパー作戦フェーズ2の作戦詳細相互理解が行われている。
「何故、ジオン公国軍と言わない? 突撃機動軍だけによる作戦だったように聞こえるんだが」
「その通りです、カイン。素晴らしい聡明さです。あなたの賢察の通り、ルウム13バンチ鹵獲作戦はジオン突撃機動軍単体で遂行された秘密作戦でした」
「なら、やっぱり最重要極秘事項って言うのは……」
「イエス、カイン。突撃機動軍にとって、最重要極秘事項だと言う事です。この要塞は軍事基地ですが、そのウェイトは防衛拠点より生産施設に大きく傾いています。また、資源資材の保管施設でもあります。その資産価値は膨大な数値が予測されています。
現在、ブラックヴォルトは突撃機動軍内で完全に隠蔽され、その存在はギレン・ザビ総帥にすら知らされていません」
「それは……大変な……火薬樽だな。ジオンが吹き飛びかねない」
「あなたの考える通りです、カイン。ブラックヴォルトの存在が知れたなら、突撃機動軍は大きな再編を余儀なくされるでしょう。その混乱は、ジオン敗戦による戦争終結、公国の解体、そして、ザビ家の崩壊にも繋がるものです」
「キシリア・ザビは、そのケツに火がついているわけだ。それは文字通りの命懸けの絶対阻止案件。
なるほど……あの追撃艦隊の小粒な強大さ──艦隊規模的に大して違いの無い第128パトロール艦隊を100対0で一方的に全滅した程の──あれはそういう背景で選出された部隊だったわけだ。
ソロモンを攻められている時に、大きな部隊を差し向ければ目立つ。見咎められてそれは何故か、と言う話になる。可能な限り小規模で、しかし絶対的に強力な精鋭部隊である必要があった…………スッキリしたよ。納得だ」
自らの言葉を傾聴する様に、カインは整理を口にした。
「すると……そんな凄い秘密を、我々が、連邦軍が知っているっていうのは──これは、いろいろありそうだが……やめておこう。それより、サイレントマッパー作戦の最終目的は、ブラックヴォルトの存在を明かす事か?
鳩……エレンの力で、現実にブラックヴォルトを発見し、四艦隊空母による攻勢を仕掛ければ、よしんば攻略に失敗したとしても、ブラックヴォルトの存在はもう否定できない。突撃機動軍と違って、こちら連邦軍は必死に隠す必要はない。必ずジオンの、ギレン・ザビの耳にも入ることになるだろうからな。
それならリスクの高い要塞攻略戦も、より安全に行うことができる。本当に敵要塞への攻勢、そして反撃があり、徹底抗戦が行われた事実が発生すれば、それで目的を達成できる」
「実効性の高い優秀なプランです、カイン。しかし、それは本作戦の最終目的ではありません。そして現在はフェーズ2の実行に必要な作戦詳細相互理解が行われていると理解してください。
フェーズ2の目的はあくまで、ブラックヴォルト制圧であると認識してください。この事項に関しては、以後、作戦終了まで覆される事はありません」
カインはとてもゆっくりと静かに頷き、同意と了解を示した。
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・・・・
「え!!!」
チャンバーにこだまする大きな叫び声が聞こえた。P004ファースト・コマンド・オフィサー=シュアル・オファー中尉は、厳しい表情で交わしていたホロとのチャットを止めて、声の方に少し視線を泳がすと、クスリと小さく笑いをこぼした。
「アダムですね、シュアル。彼は今、先程あなたにお伝えした、エレンの話を聞いたところです」
「その様ね。彼の気持ちはよく理解できるわ」
視線を泳がせたまま、シュアルは憂げに言った。
「アダムはあなたの様にはいかないようです。CombatVibeが大きく低下しています。最終的には問題ないと考えられますが、理解を得る過程では追加のプロセスが必要になるでしょう」
「あら、なんだか私が冷血みたいに聞こえるわよ? 私だって動揺したわ」
憂鬱そうだった表情を戻して、シュアルは微笑んだ。
「勿論、理解しています。あの時、あなたのCombatVibeも一時的に変動しました。あなたのとても高い明敏さが、非常な事態にも、その適応に時間を要しないだけだと分かっています。それはP004の戦闘中枢としてのあなたの任務が極めて高いレベルで遂行される事を証明しています、The Commander Shual。
現在、あなたのフェーズ2作戦詳細相互理解は最も進んでいます。ここでのやり取りの経緯、結果が、先行例となっています」
「まあ、最優秀戦闘指揮だなんて。煽なくても怒ってないわ」
シュアルは嬉しそうに笑った。
「では、続けましょう、シュアル。実のところ、どれだけ先行していようと、あなたの作戦詳細相互理解だけは時間が足りない可能性があります」
今、少しだけ交わされたホロとの閑話休題は、この後のノンストップブリーフの為の最後の休憩なのだと、シュアルはすぐに理解した。凛々しい笑顔で頷くと、シュアルは気持ちを切り替えた。
「フェーズ2において、P004はブラックヴォルト制圧を敢行します。繰り返します。フェーズ2において、P004はブラックヴォルト制圧を敢行します。
あなたに諄い解説は必要ないでしょう。もし、これでは理解が不充分であると感じたら質問してください」
「大変な話になりそうね。続けて下さい」
シュアルは、心が冷静に研ぎ澄まされていくのを感じていた。
「本作戦の為にP004に施された特別装備は4つあります」
シュアルの前方空間にP004のマトリックスモデルが投影された。
「4つ……ごめんなさい、続けて」
「イエス、シュアル。一つ目は外見ですぐに判別できるMSデッキ並びに推進ロケットの追加」
モデルの前部、4本の前脚の様に居並ぶデッキの左右外側の2本がハイライトした。続けてくるんと180度回転してモデルの後部を見せると、後ろ脚に当たる4基のロケット推進システムの、やはり左右外側の2つがハイライトした。
「二つ目は要塞攻略用特殊兵装であるビーム撹乱膜弾頭ミサイルの搭載」
モデルが前脚の4本のデッキを中心に拡大され、内部機構が線画された。各デッキの外側に当たる壁の内部空間がハイライトされ、ミサイル格納の様子がフォーカスされる。そして一部のミサイルにMARVELOUSとライティングされた。
「そして三つ目は要塞制圧用特殊兵器、ボールの搭載です」
4本の前脚の右端の一本に1という数字がプリントされ、 1st Deckという表記が浮かんだ。次々と同様の処理が並び、左端の一本が 4th Deckになった。
続いて1~4デッキの上側5分の1程度のエリアが線引き分割され、フラッシュする。 5th Deckから 8th Deckと表記されると、内部が線画され、多数の球体が格納されている様子を見せた。
「ボール──4つしかない筈のP004デッキグリッド配置にロックダウン中表示される謎の第5から第8デッキ──訊ねてもWait for Disclosureと返答された──それがボール搭載デッキだったのね」
「イエス、シュアル。ボールについては、以後、あなたのコードで全データにアクセスできる様になります。あなたが見れば、すぐにボールの全容及び詳細を理解できるでしょう。ブラックヴォルトに着くまでに、その時間は十分にあるでしょう。今は簡潔に概要だけを伝えます。
ボールはつい先日のソロモン攻略戦で初めて実戦投入された対要塞兵器です。戦果は期待に沿うものでした。よって、予定通り、ブラックヴォルト制圧にも使われることになります」
「わかったわ。データを見て不明確であれば囁き通話で訊くわね、HOLO」
「そうして下さい、シュアル。4つ目の特別兵装の開示と説明に入ります。この特別兵装は最高機密です。今からこの機密はファーストクルーに開示されますが、あなたにはそれ以上のアクセス権限が限定された情報が与えられます。同時にそのマニュアルの完熟を要求することになります。この兵装を操作するのがあなただからです」
モデルが引いてP004の全容を映した。左右に大きく伸びる翼状のミノフスキークラフトシステムがハイライトされると、詳細に線画され情報量が追加された。上部に重なっていたかの様に、下部と切り離されて競り上がる翼が展開し、P004を2対の翼をもつ天馬のように見せた。
その上側の翼各所から神経伝達を思わせるラインが走り、合流を繰り返して第一艦橋に繋がった。艦橋内部が拡大投影され、シュアルが座るコマンダー席の前面ディスプレイに繋がり、そこで無数に分岐してディスプレイ一杯に広がった。
「……続けて」
「その兵装は、光学的侵入による知覚支配Li-Fi攻撃システム=OICV-LiFASです」
Optical Illusion Command via Li-Fi Assault Systemと文字が浮かび上がり、イニシャルが集結するアニメーションで OICV LiFAS へと変化した。
「────可視光通信による視覚装置からの干渉で、敵の知覚的情報を制御しようというの! そんな事が可能なの!?」
シュアルは驚きを口にした。思わずよく聴こうと、降りていた金髪を耳の後ろにかけるように掻き上げる。
「イエス、シュアル。これは戦術の激しい流転期において発生した一時的な盲点を突いた兵器です。
高度AIがあらゆる機械装置をコントロールする現在においては、この種のハッキングは不可能という常識の中で長い時が過ぎています」
神話の神々を思わせるような中性的なオブジェクトがホログラムされた。ハッキングをデフォルメしたと一見で分かる、数種類の攻撃がオブジェクトに襲いかかるが、全く微動だにすることもなく、攻撃は無力に消失した。
「ジオンが流布したミノフスキー戦術下では、量子ビットの機能不全から、高度AIはスリープモードになります。なので、高濃度ミノフスキー粒子下でも機能する古典的ビットCPUによって、MSを初めとする有人戦闘兵器は稼働しています。旧世紀のコンピューターの復古です」
オブジェクトの周りに、ギャングのようなマーキングを描かれたデフォルメムサイ艦が多数現れ、透ける霧の様なものを拡散すると、オブジェクトは震えて、そして眠りについた。周辺に量子ビットモデルが浮かび、高速で流れていた光の粒が鈍化し消えていった。
アンティークな外装を施されたG型が多数飛来し、デフォルメムサイと激しい戦闘を始めた。
「しかし、復古したばかりの古典コンピューターは言わば初期状態であり、過去に存在した類のマルウェアやハッキングに対して無防備であるという事が現在の世界に思い出され、その危機に対策が必要だと再認識されるまでには短期的な楽観期が存在します。今がそれです」
ウィルスや悪意を描いた、半透明な絵が背景に浮かびあがり、悪そうな笑いを浮かべて戦っているムサイやG型を眺め回した。ムサイもG型も全く気が付く様子はなく、呑気に戦っている。
「だから、セキュリティは脆弱……確かに、盲点だわ。もはや忘れ去られた脅威。最初に思いついた者だけが得られる強力なアドバンテージ。
実装したというのだから、完成しているのね。どの程度の制御が出来るの? これは圧倒的、いいえ、絶対的な猛威を振るう可能性があるわ」
「イエス、シュアル。有人にて扱われる全ての戦闘兵器がそうであるように、OICV-LiFASも道具にすぎない一面があります。しかし、あなたが操るならば、LiFASは絶対的な兵器として戦果を記録すると思っています、The Commander Shual。これは勿論、リップサービスではありません」
「…………やっぱり、大変な話になりそうね」
「イエス、シュアル。LiFASの全貌を今から詳細に伝えます。そして、その操作を理解して下さい。あなたの作戦詳細相互理解だけは、いくら時間があっても充分ではない可能性があります。そしてこれから行うものが、あなたと私の本当のフェーズ2作戦詳細相互理解です。準備はいいですか?」
全ての映像が一旦消えて、タイプライターで打たれるかのように『Are you ready to fight?』と文字が並んだ。
シュアルは静かに深呼吸をした。
「かかって来なさい」
Scene 029 The Commander's Convergence with the Top Secret
Fin
and... to be continued