scene 020 仕舞い
ヴィーー!! ヴィーー!!
本能的に危機を直感させる様に造られたデンジャーベルが、けたたましく鳴り響いた。
同時に、造られた訳でなくとも生存本能を刺激する破壊の振動が、船体を伝わってくる。
「対ショック防御解除! 損害を報告しろ!!」
追撃艦隊2番艦。艦長にして現艦隊指揮官=オルドー・ゼスト大尉の命令が飛んだ。
「核融合炉動力伝達主経路損傷! 直ちに誘爆回避されたし──」
バァン!! オルドーの烈しい掌打が響く。
「メインエンジン停止! MCバイパス接続カット!」
コミュニケーターが、まず最優先すべき損害報告から口走った。
その一声目で即、打たれる『実行』の意味を持ったオルドーのパームストライクを受けて、操舵手がエンジンをカットした。稼働中の核融合炉に誘爆したら、巨大な爆発を起こして一巻の終わりだからだ。
「艦隊後方! 高熱源体発生! 敵機G型! 1機! その攻撃により、本艦並びに3番艦、被弾! 4番艦は大破!」
艦外戦況を報告するオペレーターの声が、
「──右舷メインロケット基部損傷! 推力60%に低下!」
損害報告を続けるコミュニケーターの声に被さる。
「対空砲! 後方弾幕形成! 気休めで良い! 全力射撃!! 主砲! 稼働停止! 回復は無い! メインキャナーはフォローへ回れ!」
それらによって発令すべき指示を行うコマンダーの声も遠慮されない。今、情報伝達の精度より、一瞬でも早い情報速度の方が優先される状況だからだ。
「艦隊前方! 展開光体はビーム撹乱膜で間違いありません! ビームを消滅させる有効時間はおよそ15分! 突入したゲルググ3機撃墜されました! いや、4機目! 被撃墜!」
こちらの勝利を決定付けるであろう、敵母艦に突入したゲルググ隊の被撃墜が、連鎖的に発生している様子をオペレーターが告げ出した時、
「全艦隊撤退!! 脱出ルートを計算せよ! オールリリーフ出動! ランチ全艇発艦準備!」
オルドーの撤退命令が下った。作戦の失敗、艦隊突破戦闘の敗北が決定した瞬間だった。
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「……ビーム撹乱膜!! ……だと……」
前方に広く展開した光体の壁を細めた瞳で見つめながら、ギュオスは驚愕と落胆を吐露した。
コックピットに二重のアラームが轟いた。どちらも嫌な警報だ。
一つは新しい敵機の出現を告げるデンジャーアラーム。そして、もう一つは、最も聞きたくない、母艦或いは友軍艦艇が損傷を受けた時に発せられる、デンジャーベルだった。
「二頭立ての任務は機密輸送だろう? 何故、拠点攻略用特殊兵装を持っている!?」
ギュオスは機体を180度ターンさせた。艦隊より遥かに後方にライフルを向けて、視界の隅でコンソールに発生した新たな光点を確認する。まるで、G4の奇襲を分かっているかのような行動だ。しかし、ギュオスは、自分の行動の不可思議さに思い馳せることは無かった。敵母艦、コードネーム『二頭立て』が持っている筈のない、あり得ない一手への失望に心奪われていた。
「……豪華な、部隊だな!!!」
コンソールに点滅する光点は、やはり、艦隊より遥かに後方に位置している。おそらくG型だ。そう、奴に違いない。消えたはぐれG型。彼奴に、違いない。
「くびり殺してやる」
蒼白な面持ちで、しかし鬼気に満ちた殺し文句を漏らしながら、ギュオスは出現した敵機をスコープウィンドウに捉えようとした。しかし、大破した様子の4番艦の陰に隠れて狙うことができない。更に眉間に皺を寄せ、口元を釣り上げながら、ギュオスはチャンスを待った。
一瞬でもいい、艦の陰から姿を見せれば、即座に制圧射撃を撃ち込む事ができる。二度と陰に入れない様に射圧しながら、退路も絶って、文字通り縊るように射殺してくれる。
数秒程の時間が過ぎた時、ギュオスは強く舌打ちをして狙撃姿勢を解除した。
「ゲルググ2番機! 艦隊後方、新手の敵機を処理しろ! 4番艦は大破している。撃ち抜いて威力射撃をくれてやれ! 乗員はもう居ないと決めつけて構わん…… 任せるぞ! これ以上の艦隊への攻撃をさせるな!」
『ヤ、了解!』
ここで、敵MS一機を堕としたところで、腹いせにしかならないことはわかっている。自分のするべき事は、溜飲を下げる事ではない。ギュオスは、交信チャンネルのモードセレクターを弾いた。ALLの文字が光る。
「艦隊司令より全隊! 全力脱出!! 繰り返す! 全力脱出!!」
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「艦隊前方! ビーム撹乱膜壁! ミノフスキーレベル計測不能域!! 連邦仕様のミサイルによる展開と推定した場合、シールドされる時間は900秒です!」
追撃艦隊1番艦のオペレーターが状況解析を報告した。
「操舵手! 逆制動ォ!! 止まれェ!!」
ベルセルク艦長=ワーデン大尉の号令だ。艦隊より離脱して、単艦での最大戦速による突撃をしていたベルセルクは、ビーム撹乱膜壁の目前に迫っていた。
「は!? 逆制動でありますか? 速力を全消失して、敵艦を逃してしまいます!」
「馬鹿者ォォ!! いいから止まれぇぇ!!! 全力逆噴射ァ!!!」
操舵手の進言を蹴飛ばすように怒鳴り潰して、ワーデンは再号令した。怯んだ操舵手が、全力逆噴射による急制動を行なった。艦に強烈な逆Gが掛かり、ブリッジに押し殺した呻きが満ちる。
「これ程の高濃度ミノフスキー粒子に突っ込んでみろ! 電子機器は機能低下では済まん!! 全電装が破壊されて、戦闘不能、いや、我々の生命維持すらままならなくなるわ!! そんんな事もォ! 知らんのか貴様ァ!!」
強烈な逆Gで前に飛ばされそうになる体を、キャプテンシートに留まらせるシートベルトの食い込みにも負けず、ワーデンは罵声を発した。
「本艦所属3号機! 105! 108! 撃墜されました! い、いや、106もやられました!! 突入したゲルググ隊! ぜ、全滅!」
オペレーターが悲鳴を上げた。
「怯むなああ!! 元より! 敵母艦を最後に仕留めるのは我々の役目だ!! ライフル隊の仇討ちも本艦が負ったァ!
操舵手! ビーム撹乱膜を回避、突破ァ! その間に速力を取り戻せ! 絶対に逃さ──」
「エスケープ・ワン!! 艦隊司令発令!! エスケープ・ワン!!」
ワーデンの号令を遮って、コミュニケーターが叫んだ。
「──んよぅ……
全艦全力脱出!! 離脱進路を計算しろ! 全ランチ発艦準備! オペレーター! 敵の追撃を報告しろ! コミュニケーター! 僚艦の離脱と相乗効果、合わせ! コマンダー! 現時点の全戦力を再チェック! 総員、撤退戦闘開始!!」
ベルセルクに撤退のアラームが鳴り響いた。
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敵艦隊はどれくらいダメージを負った?
G4のコックピット──
スコープウィンドウから視線を外し、クラウザーはコンソールの情報を確認した。ターゲットNo4のムサイ級敵艦に大破がスタンプされている。このムサイのブロックにより、G4は旗艦を撃沈できなかったのだ。No4ムサイの先、本来の標的であるNo2ムサイと、縦列に並走していたNo3ムサイには、DAMAGEのスタンプが明滅している。果たして、敵艦隊に戦闘続行不能を決断させる事は出来たのか。
クラウザーは、ブロックしている敵艦越しに更なる射撃を撃ち込んではいない。もはや、盲撃ちに等しく、有効性が無いからだ。それを証明してくれるかのように、敵の、おそらくゲルググの威力射撃がブロック艦を撃ち抜いて飛んできていた。G4には、全く当たりそうな気配すらない。
しかし、クラウザーは、ブロック艦の陰から出て標的をターゲットし直そうともしていない。むしろ、逆に影に身を置くように動いている。もう、奇襲のタイミングは失われているからだ。今、陰から飛び出せば、集中的な狙い撃ちをされる可能性が高い。それでも、自分の予想不能レベルの回避運動ならば、問題なく攻撃を回避しながら標的への攻撃が出来る筈なのだが、何故かその気になっていなかった。
嫌な予感がしている、という程の何かがあるわけではない。だから、もしこのまま、後少しすれば、標的を再狙撃すべく、G4のスラスターを噴射していただろう。
『MSシフト! 全機帰還せよ!! くり返します! 全機帰還せよ! 敵部隊は作戦を放棄! 各個に脱出すると思われます! 各敵の離脱ルート、予想、送ります! 追撃は必要ありません! 帰還を最優先して下さい!
全機ラジャーコール! よろしい? ファイナル、コマンド、オーヴァー!」
シュアルのコマンドが聴こえた。クラウザーは思わず息を吐いた。まさに、再標的の為に飛び出そうと意思を固め、気合を入れ直した時だった。
『G1! ラジャー!! やったぜ! お嬢! フィィィー!!』
『Gm1! ラジャー! G1! まだ終わっていないぞ!! お前が殿だからな!』
『悪い! 少佐! 俺が一番近い! シャンパン用意しときます!』
『Gm2! ラジャー! G1、黙らんと後が怖いぞ?』
『Gm4! ラジャー!! やった、やったぞ! クソォ!! やってやったぞ!」
『Gm3! ラジャー! お嬢のファイナル、聴けるとは! もうダメかと……』
『Gm12! ラジャー!! 帰還します!』
「Gm11! ラジャー! や、やった…… き、帰還します!!』
歓喜と安堵のラジャーコールが交叉した。
後に語られる、精鋭を集った稀有なる特務部隊P004の各員の戦歴にあって、これ程の辛勝はこれまでの記憶にはなかった。
「G4! ラジャー!」
クラウザーもコールした。パーソナルコード通信での指示は必要ないと、あのコマンダーに伝えたかった。
彼女は、この後も忙しいだろう。P004コマンダー=シュアル・オファー中尉のこの部隊での重要性を、もう、クラウザーは理解していた。
『G1だ! G4! あの時の離脱指示、礼を言う! 借り1だな! で、お前は一体何してたんだ?』
「G4よりG1。戦闘中だ。ミッションチャンネルでお喋りはできない。まずはお前の顔が見たい。艦で話そう」
『Gm2よりG4。皆を代表して礼を言う。特務だったんだろう? ポストしていたよ。ただ俺達はG1と違ってお喋りじゃないんだ。
Gm1、敵にとって厄介なコンビが出来そうだな』
『……全くだ。
G4。お前もG1級のパイロットの様だな。歓迎する。
リーダーより全機! よくやった! 貴様らに撤退指示、援護は要らんな? 各個に後退! 祝杯が待ってる筈だ。ジェットが給仕するそうだからな。遠慮なく飲んでいいぞ!』
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「キャナーシフト! MS帰還を援護せよ!
ミサイルセット! ブロックサイト仕様! ビーム撹乱膜展開中です! 全管、発射は待機! 臨機発射はありえます!
対空砲は警戒を継続! 全砲、ラジャーコールはスルー!」
MSチームに送信する、各敵個別の離脱予想ルートのA、Bプランを計算しながら、シュアルはコマンドを続けていた。
「戦闘指揮より艦の舵取り! 戦線離脱をオーダー!! 敵部隊は離脱行動に入りました! 撤収フェーズへ入ります!」
顔を上げブリッジ前方に向いて、肉声でコマンドを告げた。指先は仕上がったプランのコンシール、そしてサブミットを、ブラインドでタッピングしている。
「敵艦隊、別個に進路を変更! 戦線を離脱していきます!」
カインのオペレーションが、シュアルのコマンドをフォローした。
「中尉! 戦線離脱! MS回収に留意!」
「イエッサー! メインロケット点火! 発進G、かかります!」
アームオンの指示に、エレンが即答を返した。明らかに声が快活だ。
(わかりやすい人だなあ…… でも、気持ちはものすごく分かりますよ。俺だって叫び出したいくらいですからね。……本当に、危なかった……)
艦内に異常、損傷が発生していないか。コミュニケーターとしての撤収フェーズワークをこなしながら、アダムは心底の安堵を独言た。
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『キャナーシフト! MS帰還を援護せよ!
ミサイルセット! ブロックサイト仕様! ビーム撹乱膜展開中です! 全管、発射は待機! 臨機発射はありえます!
対空砲は警戒を継続! 全砲、ラジャーコールはスルー!』
「ラマン! ザクはもういい! 長距離狙撃能力が無いからな。ビグロだけを撃つぞ!』
シュアルのコマンドをしっかり聴き終えて、第一メガ粒子砲手=プロシューターは相棒への指示を口にした。
『おう! 任せとけ! なんかさ、あたし今、絶好調なんだよ! 気が付いてたか?』
鼻歌でも口ずさみそうな機嫌で、第二メガ粒子砲手=ラマンは応えた。
「ターゲットナンバー1のコイツが敵の最強野郎だ。Gm型トップ4の包囲をモノともしていやがらなかった! 実際、コイツさえ止めればいい!
ラマン! 二人でやるぞ! 帰還のMSチームを撃たせるな! もう一機、残ってるビグロは戦闘不能だ。無視しろ」
スコープを覗き込み、暗褐色のビグロを照星に捉えようと懸命にレバー操作しながら、プロシューターは叫んだ。顔が引き攣っているのを感じる。
実際、只もんじゃねえ……
プロシューターの特別な当て勘にとって、捉えられない的では無かった。そう、いつもの通りピンと来る感覚が走る。それに従ってスコープを振れば、そこに的がやってくる。この敵でもそれは変わらない。だが──
トリガーを引く迄に、この的はセンターから居なくなるのだ。照準が合うタイミングに合わせてトリガーを引こうとしている筈なのに、その瞬間にはもうズレている。──まさか。
俺と同じような、避け勘の持ち主か?
「いや……違う」
自分の攻撃を察知して避けている感じでは無かった。ただ、途轍もなく速いのだ。このビグロを追っていると、自分は、トリガーを引く指の動きでさえ、とんでもなく鈍く思えてくる。
と、不意に、超速のビグロがスローになり、そのまま動きを止めた。プロシューターはトリガーを引いた。間違いなく命中だ。しかし──
スコープに映る光景は撃ち抜かれ爆散し、閃光に呑み込まれるビグロの断末魔では無かった。
プロシューターのメガビームを切り裂き弾き四散させ、その光に照らされる無傷のビグロの姿だった。
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・・・・
「gunner mode」
マシンボイスがモードを告げた。
メガ粒子砲を直接稼動できる大型核融合炉を備える機動兵器=ビグロ、には、4つ目の戦闘モードがある。それは戦闘艦の様にiフィールドを展開することができる、まるで艦砲だけが飛んでいるようなモードだ。
機首に覗くメガ粒子砲の形状が変化している。砲口輪郭からは、透けて瞬く極々希薄な粒子がコーン状に広がっている。iフィールドだ。もちろん、強力なメガ粒子砲撃も行うことができる。そのパワーも性能も、戦闘艦のそれに引けを取らない。
難点は、高運動性能がほぼ皆無になることだ。iフィールドは、その有効性を発揮するためには固定照射が必要になる。動き回って照射角が激しく変化していては、意味を成せないからだ。
モードチェンジが完了すると、すぐさま、敵艦のビームが命中してきた。機体の静止前から鋭いエイミングが絡みついていた証拠だ。
「なるほどな」
切り裂かれ、雷光と化した閃光に包まれ、機体を強く揺さ振り弾く衝撃を感じながら、アースティンは呟いた。
スティックを握る両手の指がバイブレーションする。震えた様にしか見えない。しかし実際は、実に十数回を超える複雑なタッピングをしている。
各部のバーニアが繊細な噴射を行い、弾かれた機体を滑らかに安定させた。
「これなら──」
こちらのMSが次々と撃墜されたのも、納得できる。見たこともない狙撃能力だ。こんな砲撃手は……想定できない。
「リーダーより、全機! 俺が殿で盾になる。最速で離脱しろ! 回避運動はしなくていい。満身創痍の黄褐色のビグロも、いるし──うぐ!!」
言い終わらないうちに、再び敵艦のビームの直撃を受けた。今度の衝撃は先程の比ではない。思わず、呻きが漏れた。
浮かぶ砲台とはいえ、少しは回避切ってんだがな! センターブローしてくるのか…… これじゃあ、オルドー達も堪らなかったろうよ。
指先のバイブレーションに加えてフット・バーをスウィングさせる。センターブローによって最大化された衝撃を、大きく機体を後退させる運動に転化しながら収めていく。
的確に操縦をしているアースティン自身も当然、激しい衝撃は受けている。しかし、追撃艦隊のクルーが苦しんだように、天地を失う程に翻弄されてはいない。
────MSPは、耐G投薬を受けている。そうしなければ、MSのメインスラスターを噴射しただけで、その強烈なGでブラックアウトしてしまい、操縦どころではないからだ。
ドージングは、圧倒的な耐衝撃力を得ることが出来るが、MSPだけに限定して施される。活動期間が短いからだ。個人差によって、数週間から1年程度以内がドージングを受けていられる期間である。その後は数年以上をかけて、ゆっくりとデトックスしていかなければならない。その間は穏便な日常生活に努める必要がある。
仮に、砲撃手がドージングを受けたとしても、敵砲火による衝撃で、狙いがままならい揺れが消えるわけではない。身体をリスクに晒す意味は薄い。ドージングはまだ新しい技術で、可能ならばしない方が良い施術の域を出てはいない。
アースティンは両手のスティックをツイストさせて、エイミングを開始した。狙いを敵艦メガ粒子砲の中心に絞っていく。デジタルの命中予想値が高速回転するように変化し、白色に最大値した。メガビームが撃ち放たれ、ビグロが眩しく染まる。
スコープに映る二頭立てが、大きく揺れたのが分かる。センターブローか、それに近い衝撃を与えたのは間違いない。
どうだ! ──うぐお!!
大きく揺らぐ敵艦の左舷メガ粒子砲が、お返しと言わんばかりのビームを放ち、あろうことかビグロのiフィールドのセンターを撃ち殴った。
仰け反って飛びそうになる機体を、後退運動転化によってコントロールする。
この野郎!!
憤りを感じながら、アースティンは再びエイミングを開始した。
艦船である二頭立ては、砲撃による揺れを相殺するような運動性能は持ち合わせていない。MSPの操るガンナーモードのビグロの方が優位だ。ましてや、自分が操っているのだ。圧倒して当然なのだ。
プライドに触れられた怒りに、アースティンは砲撃合戦に挑む気になっていた。
『ビグロ3号機よりアングル1。敵の展開したビーム撹乱膜を超えるぜ? オレがドンケツだ。あんたを除いてはな。もう、いいんじゃねえか? ボス。潮時だろ』
黄褐色のビグロからの通信が聴こえた。アングル3は、満身創痍で離脱の最後尾になっている。攻撃部隊の撤退が完了した。自分がここに居る理由はもうない。
スコープの二頭立てを一睨みして、アースティンは挙動スライダーを瞬打した。
「shooter mode maneuver mode」
マシンボイスが連呼した。
高精度射撃ポジションへ。すぐに、高機動戦闘ポジションへと機体が切り替わる。
メガ粒子砲口が形状を戻していく。機体の固定ポジションが全解放され、最大運動性能を発揮するメカニズムに切り替わっていく。フレキシブルアームが解放され、AMBAC機体制御が開始される。メインスラスターを噴射しながら、前方に向いていたノズルが後ろ向きに戻っていく。
バーニアが機体をローリングさせて、渦を描くように離脱飛行に入っていくビグロの後ろを、太いメガビームが抜けて行った。
…………まさか、俺達が負けることがある、とはなァ…… 臨機即応にして回天の指揮力、獅子奮迅のMS戦闘力、仙才鬼才の砲撃力………… 貴様等の勝ちだ!! 二頭立て!
追撃艦隊は敗北した。任務は失敗、自分達は帰投することになる。
戦闘は一期一会だ。同じ敵とまたどこかで相見える事など無い。
「それでも、だなァ! 忘れるな! 二頭立て!」
最後まで撃って来る敵艦左舷のメガ粒子砲火に、絡む様に軽やかに螺旋飛行して、暗褐色のビグロがフルスロットルの閃光を放った。
鮮やかに噴射光を曳きながら、縋るビームを引き離して行く。
アースティン駆る、追撃艦隊攻撃部隊最後の一機がビーム撹乱膜壁の向こうへ消えた時、ついにP004=二頭立ても、その砲火を仕舞った。
時に、UC0079、12月27日。サイド1暗礁宙域での出来事だった。
scene 020 仕舞い
Fin
and... to be continued