scene 016 暁の闇
G1の突き出したビームライフルが、ビグロを睨み返していた。
ジェットは、ゲルググを切断する間もビグロだけをエイムしていた。ロックオンは完了している。撃たなかったのは、これでは当たらないと確信しているからだ。
戦闘再開の口火を切ったのはジェットだ。指先を射撃の動作に踊らせて、ビームライフルのパワーを解放する。
ヌルリとビームを外して見せたビグロが、フレキシブルアームを撓ませた。
『G1! 行けぇ!! 追え!
リーダーより! G型全機! 母艦に迫るゲルググを追え! 絶対に仕留めろ! Gm2、3、4! 俺に続け! 敵の最強のビグロを包囲殲滅するぞ! 残るGm型はザクどもを止めろ! オーヴァー!』
通信が終わらないうちに、激しい弾幕がビグロを襲っていた。四方からサーベルを光らせたGm型が突入してくる。ジェットはログを瞬間見した。撃墜が一つ。ジェットのスコアだ。被撃墜が三つ。Gm型が数機、ゲルググの奇襲攻撃に散ったようだ。
交戦エリアを抜けて高速で後方に移動している光点は5つ。ゲルググはまだ5機いる。こちらの生き残りは? 敵の残戦力は? コンソールの情報に素早く視線を走らせた。
暗褐色のビグロをGm型4機で相手して、ゲルググ5機をG型2機で追い、ザク9機をGm型2機で止めろ、と……
「G1ラジャー! プロミスト! グッドラック!!」
──流石だ少佐。最適解だ。それしかない。
ジェットはUターンしながらスロットルを全開した。G1が駆ける。計算ずくなのだろう。この的確に加速されたゲルググの離脱速度は、全力で追えばP004に到達される前に追いつけそうにも思える。
だが、これは罠だ。P004MSチームに、鉄則通りに全力で奴らを追いかけさせる為の誘いだ。もし現実にそれをやれば、途中から更なる加速をされ、結局は無駄走りにされるだろう。だから射程制限のないビーム装備機しか、ゲルググを迎撃できる可能性は無い。
ゲルググは後進姿勢を取っている。向かうP004に背を向けて接近している。こちらの母艦は敵艦隊との砲撃戦により、ゲルググを撃てないからだ。そして、つまり、後から追い縋る自分達と射撃戦をしながら母艦に迫るつもりなのだ。
それに、もし自分達が全機で追いかけたら、後ろから暗褐色のビグロが追撃してくるだろう。撃たれる心配のない奴は、回避運動の比重を最低にして、加速力に最大に比重できる。おそらく追いつかれて、次々に背後からやられていってしまうだろう。奴の戦闘力なら、あっという間に全滅すると判断すべきだ。
だから、絶対にストッパーが要る。それは絶対に奴を止めなければならない。その為のGm型トップ4でのアタックなのだ。多過ぎてはいない。とても的確だ。実際に奴と交えた自分には分かる。本当を言えば、もっと沢山で包囲戦闘したい位だ。
そう、だから、暗褐色のビグロに当たるのは4機に抑え、残2機にザクを止めさせるのだ。Gm型トップ4の連携でも暗褐色のビグロとは集中して当たらないと危険だ。スキンに介入されたら……危ない。
……最適解だ。流石だ少佐。俺達のリーダーだけのことはある。……どの役目も、ギリッギリだがな。だが──それしかない。
こっちは任せてくれ。約束する。必ず、やってみせる──
「shooter mode」
機体の各部が一部ロッキングされて、G1がうつ伏せ開脚シューティングスタンスのような姿勢に整えられた。
モニターに展開した5枚のパートウィンドウにはゲルググが映っている。X字形にしっかりシールドが展開している。引き出し線上で高速表示されるアナライズデータを読みとるまでもない。アンチビームシールドは稼働している。当然だな、と思う。
────ジオンが始めたこの大戦は、現在、およそ末期の様相を呈している。その最近になって戦線に登場したジオンのモビルスーツ、それがゲルググだ。彼等のプロパガンダに云わせれば『最強を代名詞にする』と言う。その所以が、ビームライフル・システムとアンチビームシールド・システムの実装だ。
亜高速の弾速により、どれ程の戦闘レンジであろうとも弾着時間がほぼ存在しないビームライフルは、故に、無制限と言って良い射程と、圧倒的に高精度の命中率を誇っている。そして、その破壊力は文字通りの一撃必殺。装甲は意味を成さない。ビームから逃れる手段は2つしかない。
その一つはMSが行う高速回避運動だ。機敏な動きで狙いを外させるのだ。大まかに、避けると言っても良い。
もう一つがiフィールドによる偏向だ。バリアのように防ぐのだ。激しく動き回れない戦闘艦がこの方法でビームを防ぐ。
もし、この両方の能力を併せ持つ兵器が存在したら? MSのように高速で飛び回り、戦闘艦の様にビームを跳ね返す。勿論、攻撃にはビームを用いることが出来て── それはまさに、童心踊る最強の兵器となるのではないか? それを実現したのがゲルググだ。
本来、大出力の核融合炉のパワーを持って初めて可能なメガビーム射撃を、MSサイズの小型反応炉でも可能たらしめたエネルギーCAP技術がビームライフルを生んだ。では、その技術の応用で、MSサイズの小型反応炉で稼働するiフィールドバリアも展開出来る筈ではないか。
ゲルググの両肩に各2枚装備されたシールドは、その表面に瞬間的なビーム偏向iフィールドコートを発生できた。これによって、敵のビームを弾くのだ。その出力は小さく、戦闘艦の様にコーン状に照射展開する様なパワーはない。シールドの表面だけだ。
また、発生時間も一時的で、ずっとそのパワーが宿っている訳でもない。敵ビームを防ぐ瞬間に作動させなければならない。はっきり言って、充分に機能させるのはとても難しい装備だ。実戦での有効度はかなり疑問視される。連邦MSには実装が検討されなかったのもその所為だ。
しかし、その非常に高い難易度を凌駕できるパイロットが扱うならば、その戦闘力は確かに最強かもしれない。
ジェットは回避運動の比重を最大にして追撃に入った。如何に速度比重を上げても、スタートの相対速度差が大き過ぎる。後進姿勢であっても、ゲルググ達はいつでも更に自分達を引き離すことができるだろう。
ならば、寧ろ遅めの方がいい。緩くなりすぎない程度でゆっくりの方がいい。こっちは絶対に撃墜しなければならないのだ。戦闘時間はいくらでも欲しい。奴らがこちらの母艦に到達する時が、ゲームセットなのだから。
……それに──
エイミングに集中しながら、僚機の様子を確認した。ジェットの眉が寄る。
G2は、G1と同様に綺麗なプローン射撃姿勢を取っている。それはいい。が、加速が大きい。そして、回避運動の比重が低い。追いつこうという気負いに絶対の冷静を失っている。
──ダメだ!!
「最大回避運動しろ! G2! 後方注意!! 凄腕のサプレッサーを忘れるな! 今こそ奴は──」
閃光がG2を突き抜けた。ジェットのセリフが絶叫に変わる。仰反るように機体を折ったG2が、膨らむ爆発光に消えた。怒りと口惜しさが脳天から吹き出しそうになる。
「フィィーーーー!!」
高音無声の風切り音を強く吹いて、気持ちを切り替えた。ジェットの平常心を保つ動作だ。エイミングを鈍らせてはいない。十字光は最初の的にほぼ重なりきっている。発色が変わり、ロックオンの電子音が響いた。
「いい音だ! もう少し、鳴いていろ」
シューターモードはセミ・オートのロックオンだ。射撃フレーム操作だけが精密さを訴求できる。射撃焦点は精度が甘い。
敵はアンチビームシールドを使いこなせるMSPの可能性が高い。なぜなら、全力で回避運動をしているように見えないからだ。
狙撃精度の甘いシューターモードである以上、敵のMSPが、こちらの射撃タイミングをある程度把握できるパイロットランクならば、シールドで防御できる。だから、加速比重に余力を残しているのだ。その為に回避運動が甘いのだ。
奴等の目論見、その上を行って撃墜する為には──
ダンナ、あんたの勘を貸してくれ……
──X時型に展開するシールドの中心点、ゲルググ自慢のアンチビームシールドに守られていない、ビームライフルの銃口と、そのすぐ上で覗いているモノアイ、このポイントを射抜く必要がある。
それは、スナイパーモードなら然程至難ではない。しかし、シューターモードで成功させるには射撃技術を超えた勘が欲しい荒技だ。
……南無──
片目を細めて苦しげな表情をしながら、ジェットは指先を射撃操作に踊らせた。
・・・・・・・・
・・・・
「KILL」
G2を呑み込み綺麗に膨らむ核融合炉破壊の閃光を見遣りながら、ギュオスは流れるようにG1をセンタリングした。
潜航突入から奇襲を仕掛けたゲルググチームの戦果は上々だった。一機、迎撃されたのはかなり意外だったが、プランの進捗に影響はない。
敵の母艦に突入するゲルググ隊を追ったのがG型だけだったという事も、正直なところ驚いた。敵の指揮官の采配は、ギュオスに感心を抱かせた。しかし、それでも何も問題はない。
……実に、優秀なMS隊だ。私の記憶にも残るだろう。褒めてやる。
そう思いながら、モニター中央のスナイパー・スコープ・ウィンドウに映るG1にエイミングを掛けている。左手が微細な力加減でスティックを捻り、射撃フレームが立体的に動いて、G1を中心に絡めとろうとする。右手が滑らかにスティックを泳がし、十字光を、予想するG1の先の動点に待ち伏せさせる。
数秒間エイミングに集中して、ギュオスは不意にそれを中止した。
「ライフル2、G型を狙撃しろ。敵のエース機だ。高レベルのエイムレシーで、当てることは叶わんが……連邦は土壇場だ。いつ、奴も失念するかもしれん。回避運動が甘くなった瞬間を逃すな。貴様の得意技だ。任せるぞ」
『了解! 任せてください……今度こそ』
ギュオスは笑った。しかし、すぐにその笑いが消える。スコープ内のG1がビームライフルを放ち、次の瞬間に友軍機ロストの電子音が鳴ったからだ。
厳しい表情でライフルチームの様子を見ると──あろうことか、回避運動が甘い。ギュオスは、交信チャンネルのモードセレクターを弾いた。『rifle team』の文字が発光する。
「ゲルググ1番機より、突入している各機。最大回避運動せよ。貴様らを追っているのは敵の撃墜王だ。……運も持る。
奇襲攻撃を捌いて、ゲルググ4番機を返り討ちにしたのもそいつだ。今またゲルググ7番機への中心を射抜いた一撃を、偶然だ、などと思うな。
……それに、シールドは前しか守ってくれんぞ。はぐれG型が貴様らを後ろから狙っていることを忘れるな! オーヴァー?」
ギュオスはラジャーコールを強要した。返ってくる返答に、彼等の戦闘意欲が充分であるニュアンスをしっかりと確認する。よしOKだ。と思った時、ふと、浮かんだ疑問に意識を取られた。
…………はぐれG型……奴は、何をしていた?
敵のエース機が、アンチビームシールドに守られたゲルググ7番機を、ピンポイントで撃墜した。精度の甘いシューターモードで。それには当然、充分過ぎるほどのエイミングを必要としただろう。
最初にこちらのザクを次々に墜とした、あの、敵の狙撃が、その間に撃てなかった筈は──
「無い」
ギュオスはメモリーさせていた敵の母艦エリア、一機だけ逸れた様に狙撃手をしていたG型の展開位置の映像を呼び出した。
……居ない。
何故か、ギュオスは、やはりと思った。憑かれたように周辺をサーチしながら、高鳴る胸騒ぎを感じていた。
・・・・・・・・
・・・・
「ヤベええええ!!! おい! どうすんだ!! 敵MSが! 抜けて! 抜けてくるぞ!!」
P004第二メガ粒子砲手=ラマン・ラマは、恐怖を叫んだ。
自らのセンターブローの連撃で崩したムサイ級=敵艦隊のターゲット4が悪運強く立ち直り、撃沈のチャンスを凌ぎ切られた事に舌打ちをしながら、突出してくるザンジバル級=敵艦隊のターゲット1に的を移そうとした途端の出来事だった。
『……撃ち落とせ』
P004第一メガ粒子砲手=プロシューター・プロスターは、ぼそりと答えた。
ラマンのミラクルな砲撃でトライアングル・シールド&フリー・スナイプ・キャナー戦型を崩された敵艦隊のその後の動きから、どうやら指揮艦はザンジバル級=敵艦隊のターゲット1ではなく、ムサイ級=敵艦隊のターゲット2なのだと判断した矢先の出来事だった。
「ば、バカ野郎ー! それが出来たらとっくにやってらあ!! てめえは──」
『出来る!』
戦型を崩されても、砲撃が止む程この敵艦隊はやわくは無い。激しい揺れに、厳しい艦砲戦を強いられている状況は変わっていなかった。MSに比べれば、殆ど止まっていると言って良い敵艦にすら命中さすのは苦しい状況で、回避運動を切ってくるMSを迎撃するなど、不可能だ。
「え?」
『お前なら出来る。いや、お前しか出来ん。お前が出来なければ、仲良くあの世行きだ。……そうなっても、俺はお前を褒めてやる』
「な……あたしを煽て──」
『信じろ! お前が本当に目覚めたら、どんな敵でも止まって見える筈だ! 撃ち落とせ! ラマン!』
言い返す言葉が思い付かずに、開いた口をパクパクさせた。ふっと気がつくと、いつの間にかスコープを覗いていた。
すぅ、と息を吸いながら、ラマンは、ゆっくりと目を閉じた。
scene 016 暁の闇
Fin
and... to be continued