scene 024 小さな諜報戦 part 1
「第四デッキ管制よりG4、 オートパイロットで着艦せよ」
『了解した。オートで着艦する』
「G4、目視確認、問題なし、機体外部に異常は確認できない」
管制タワーと外宇宙を隔てるクリアービューポートに投影されるG4を見つめる管制官が報告した。
「……G4、アプローチ、問題なし。フォローを継続する」
タワーのベクターディスプレイに表示される線画のG4の数学的軌道パスをチェックしながら、もう一人の管制官も報告をした。
「了解。でも、今回は本気でヤバかったね。まだ、結構ドキドキしているよ」
「ああ、俺もだ。最後の言葉をRECしちまったよ。これ、どうしよう? 消すかな」
「とっとくべきよ。無事帰還できたら、私なら然るべき人と一緒に聞くわ。きっと、すごい思い出になる」
「そうだな、そうするか」
「今回は、G4、MVPね。潜航突入からの奇襲で敵艦隊を排除──P004に転属してG型に移行。そのまま初陣だって言うじゃない? すごいMSPだわ。ジェイスはもう、顔、見た?」
「訳ないだろう。ミノフスキー粒子戦闘濃度散布だぞ? 映像通信なんて、できる訳ない」
「やっぱりまだ艦長と担当メカニック・オフィサーだけなんだね。これだけ特例的な活躍をするっていうからは……きっと、イケメンよ」
「笑わせるな──お前幻像の見過ぎだよ?」
「あははっ、でもさ────」
話し声が小さく消えていく。彼は、その場を静かに離れたからだ。
「「SPY-2より、グレートパパ。第四デッキ管制、完了、オクレ」」
「「SPY-2、承認。任務を続けよ」」
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「スパイ、ですか?」
アームオンの執務室で、チッペンデールスタイルの執務机を挟んで着席している男が、部屋の主人へ問いを発した。
「恐らく、入り込まれたのはフォン・ブラウン・シティだろう」
アームオンは慎重な様子で言葉を紡いでいる。
「では、嫌疑対象からクラウザー・ラウザー中尉は外して良いと?」
男の口調は冷徹で感情を感じさせない。
「いや、我々以外は全て対象だ。ただ、彼がそうである可能性は少ないと考えて良いだろう。捜査の優先順位は低いな」
「了解しました。大佐の判断を疑うことは、我々にはありませんが──モチベーションを頂きたい」
「……根拠が必要だと?」
アームオンは珍しそうに男を見つめた。
「P004に乗り込んでの諜報活動とは、すなわち、特攻です。友軍に、自分の乗る船を沈めさせる為に活動するというのは、並大抵の者では務まりません。
敵は鋼鉄の忠誠を持つ、得難き猛者を送り込み、そして、それを損失する為に使うのです。
無論、敵にとってのブラックヴォルトの重要性を考えれば、如何なる手段をも行使し得るのは理解致しますが──」
アームオンが手を挙げたのを見て、男は話を止めた。
「先の敵追撃艦隊は、当初、我々がサイド5に向かったと考えていた。ポッド・アイの映像からそれは明らかだ。しかし、サイド1へ向かっていたP004を、彼等は捉えて追って来た。
これは、追撃の途中から、突然に、実は我々が彼等を撒こうとして直接の目的地へ向かわずサイド1へ迂回したのだと気がつき、確信して、進路を変えたとしか判断出来ない。
何故、彼等は突然に途中から確信出来る程に気がついたのか? ──可能性は2つしかない。
一つは、それを認知する超常のパワーが彼等に存在して、それが唐突に発動したというケース。もう一つは、スパイだ」
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「ラウザー中尉?」
「そうです。あなたは?」
「シュアル・オファー中尉です。……そう、貴方に特務を命じた、キレたコマンダーです。思い出してもらえると思うけど?」
「え……」
「改めて、よろしく。あなたにはお礼を言いたかった。いろいろと聞きたいとも思っていたわ。でも────」
もう少し、この会話を聴いていたいと思ったが、彼は移動した。彼の仕事の都合上、このままじっとしているのは変だからだ。
それらしく展望エリアを巡回しながら、彼は少しだけスピードを上げ、少しだけ周回の半径を小さくした。これで2割程早く戻って来れる計算だ。
しかし、口惜しい事に、彼が1周を終えてそこに戻った時、二人の士官は揃って歩き出した。どうやら個室に移動する様だ。そこに同伴する訳にはいかない。怪しすぎる。彼は仕方なく、追跡を諦めた。
「「SPY-4より、グレートパパ。展望エリア、完了、オクレ」」
「「SPY-4、承認。任務を続けよ」」
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「実のところ、私は超常の力とスパイ、なのだろうと思っている」
アームオンの発言に、男の頭が微動した。どうやら驚いているらしい。
「サイド1暗礁宙域まで追って来た彼等に友軍パトロール艦隊をぶつけることで、奴等にP004を見失わせる事には成功した。そのまま姿を消して、こちらを探す奴等の時間切れを狙ったんだが……見事に潜伏位置を看破された。私が、どれだけがっかりしたことか」
アームオンは笑った。
「あれはスパイとは考え難い。何故なら、スパイが潜伏位置を知らせる方法がないからだ。
あの時、既に、P004は主動力を落として息を潜めていた。艦からの外部への通信など以ての外だ。スパイもそれは分かっている。
おそらく小型のレーザー通信装置を隠し持っているのだろう、それでも、それを使って外部に連絡するのは、大人しく言っても相当目立つ。スパイにしてみれば大変なリスクを伴う行為だ。
最悪、その危険を冒してでもP004の潜伏位置を知らせる試みをするなら、それは追撃艦隊がいよいよ時間切れしそうなくらいが経過した時か、潜伏位置から離れすぎてロストしそうな程の距離が開いた時だ。
敵はそれよりずっと早く、近く、でP004の位置を特定した──しかも、私の画したアンブッシュ・カウンター・アタックまで確信的に見切って来たのだ。あれは正直、震えたよ。ああ、ビビった。本当に参ったよ 。
おそらく、だが、敵にはマジで超常の認知力が存在したのだ。と、私は考えている。ああ、2度とやり合いたくはないね」
アームオンの笑いが、いかにも苦そうに変化した。
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「──は──のかい?」
SPY-7は一組の男女の会話を傾聴しようと思った。ここはクラブハウスだ。周りの騒音で聞き取りにくい。ビームフォーミングをかけて二人の会話をピックする。
この男女にフォーカスした訳は、男性士官への識別が理由だ。彼はジェット・イェット中尉。この艦のMS隊のエースパイロットとして認知されている。
「──なの? えぇ~全然見えなかったぜ? 初々しいからさ、訓練兵じゃないんだ? 可愛いなあ」
…………女性士官がリアクションを抑え気味に笑っている。本当はかなり昂っている様だ。心拍数が急速に高くなっている。
「ジェット・イェット中尉ですよね!?」
「え? 知ってるの?」
…………男性士官が大きなサプライズリアクションをとっている。しかし心拍数は安定している。実際はまったく平静そのものだ。
「この船のクルーで中尉、知らない人なんていないですよ。G1の騎手、P004攻撃部隊のエースじゃないですか」
「いやあ、そんな風に言われると緊張するなあ」
……この男性士官はブラフを駆使している。目的は今一つ不明だ。
「えー私が緊張してますよー」
……この女性士官は事実を述べている。
「マジ? じゃちょっと移動しようか、落ち着きたいし」
…………男性士官がファーストコンタクトと同様に女性士官の腰をホールドした。移動先は、個室だろう。これ以上の追跡はリスクが高い。仕方がない、今回はこれで終了としよう。まだフォーカスすべきターゲットはここに点在している。
「「SPY-7より、グレートパパ。クラブハウス、中間報告、オク──ガガ」」
突然の衝撃に、SPY-7は通信を途絶えさせた。
「ん? おお、すまない。大丈夫だったかな?」
ジェットは心配そうにSPY-7を伺った。女性士官を歩き出させる切っ掛けにしようと、笑い掛けながら軽く彼女を抱くように踊ってタンゴのステップをかました時に、後ろに居た彼を蹴ってしまったのだ。
「「SPY-7、トラブルを報告せよ。最悪の場合、栄光の終活を開始せよ」」
「問題ありません。お疲れ様です。ジェット・イェット中尉」
SPY-7は明るい声で返事をした。
「おお、良かった。じゃ、ここはよろしくな」
そう言ってウィンクすると、ジェットはこの場を去るように歩き出した。アクシデントを利して、女性士官に自然に歩き出させることに成功している。腰に回していただけの手は、もはやハグに近く彼女の体を引き寄せていた。
「「SPY-7より、グレートパパ。トラブル処理。クラブハウス、中間報告、オクレ」」
「「SPY-7、承認。任務を続けよ」」
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「だけど、だ。スパイも居ると思うんだよ」
アームオンは思案げに視線を泳がせた。
「理由は──最初の転進だ。あれは後の、潜伏とカウンターを見切った力とは別の物に思える。
これはあまり論理的に話す事は難しいが、分かりやすく言って、時間の違い、だな。潜伏を見切った早さに比べて、転進の時、奴等が気がつくのはかなり遅かった。
私の勘だが、超常の力というものは、対象とのその距離が無関係ではないと思うんだよ。転進の時は遠すぎる。何かを感じるなら、もっと早く、月からサイド5に向かい、実は、此方とどんどん離れていく時に、まだ近いうちに、それが消えていくような感じがあったりして、そうだと感じ取るんじゃあないかなと思う。
そして、実際、彼等の転進のタイミングを測ると、私がポッドアイの映像を見て、敵が罠にかかったと思ってP004の警戒体制を緩めた後に、気がついている。
つまりだ、スパイにとっては、やっとまあ安全に通信出来る状態になった後、ということだ」
「了解致しました、大佐。只今より、P004艦内の徹底したスパイ検挙活動に入ります。当該であるという判断は、仰がなくてよろしいでしょうか?」
「ああ、一任する。カムジン大尉」
「猶予は?」
「6時間で片付けて貰いたい」
カイル・カムジン大尉は、小さく頷くと、左手を耳の下に当てるような仕草をした。
「全憲兵、私だ。時計を合わせるぞ」
インカム通信だ。通常は手を添えるような動作はしない。アームオンに伝える為のパフォーマンスだ。
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『全憲兵、私だ。時計を合わせるぞ』
艦長室に通じる通路両脇に向かい合って、直立不動の姿勢をキープしているVIPガードの憲兵2名が互いを見つめた。一見ではわかりにくいが、二人は強く緊張していた。どちらからともなく、小さく頷き合った。
この通信は、そうと聞こえるような何気ないものではない。彼等にだけ通じるシークレットコマンドだ。彼等、憲兵は互いをMarkと呼び合う。P004の通常クルーもよく耳にするコールサインだ。そして時折、全員へ向けてと言う意味でMarksとコールされる。普通にMarkの複数形だ。
今、Markersとコールが入った。これは総動員のシークレットコールだ。全憲兵は一人たりともこれから伝える内容を聞き逃すな。耳に届かぬ者が居たら、必ず相互でフォローして、絶対に指令を共有するようにと命じている。
そして、 Check timeは時計合わせではない。エマージェンシーのシークレットコマンドだ。これから続いて告げられる指令が、最大級の緊急性を有していると告げている。
『6…………3、2、1、0』
2人はリストウォッチを弄るフリをした。ここには2人しかいないが、例外はない。そういう訓練は徹底されている。
実際には最初の6と言う数字以外に意味はない。これからの指令を6時間以内に完了せねばならないと言う指示だ。もし、48などの大きな数字が使われる時も『時計を合わせるぞ。いつぞや48時間まるまる間違えた奴がいたからな。寝ぼけるんじゃないぞ』などの会話にアドリブして伝えられる。
『あぁ、それから、そう言えばの話だが、最近、厨房からシャンパンが盗まれているらしい。もし、犯人を見つけたら直ぐに射殺しろ』
カイルの笑い声まじりの指令が聞こえた。
盗まれる、は情報の漏洩、スパイの潜入を告げている。直ぐに、はスパイ裁定の判断を現場に委ねること。射殺は即時排除を命じている。緊急総動員する任務の概要だ。そして、冒頭で使われた、今ついでに思い出したかのような言い草は、この後に『閉じられた回線』が用いられる事を伝えている。
閉じられた回線とは、今回ような特に秘匿性の高い任務について交信する為の特別にセキュリティされた専用回線だ。ここで話される内容は絶対に外部に漏れ聞こえてはならない。MP各員に現在の配置で適した対応を取るように言っているのだ。
例えば、もし混雑を極めるサブウェイ車両内の様に、他者と密接すぎる空間に居るなら、そこを離れる必要があるかもしれない。逆に静寂すぎる所にいれば、少しの音も漏れやすいことに配慮が必要になるだろう。その時、彼等はその通常の任務に何の変化もないように、自然とそれを行う必要がある。もちろん表情や振る舞いにも変化があってはならない。
「on Mark」
憲兵の一人が相方を見て、事もなげな風に言った。表面的な流れからは、時計はちゃんと合わされたと言う様な呟きに聞こえるが、もちろん本当の意味は違う。指令を把握したという確認作業だ。
「on Mark」
もう一人も確認を口にした。自分たちの現在配置の環境では、このまま閉じられた回線を受けて良い、準備は出来ているなという確認の意味も混ざっている。
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「クルーの確保、詰問、並びに身体検査、プライベートエリアの捜索を行います。よろしいでしょうか」
カイルは耳の下に左手を添えたまま尋ねた、アームオンに顔を向けてはおらず、取り出したモバイルを見つめて何やら素早く操作している。
「いや、それは駄目だ」
アームオンは、さらりと答えた。
「了か──……は?」
カイルは流れ作業の様に了解を口にしかけ、戸惑うように口と手を止めてアームオンを見た。
「作戦のフェーズ2はフェーズ1以上のコンセントレーションとチームワークが必須となる。その捜索は許可できない」
「し、しかし、それでは6時間以内の確固たる任務完了が困難になります」
アームオンは少し笑って頷くと、口をゆっくりと動かした。
「先の……フェーズ1での交戦はどうだった? カムジン」
「……大変、緊張致しました」
アームオンがこう言う話し方をする時は、話題を逸らしている訳では無い事をカイルはよく了解している。疑念を挟む事なく、素直な見解を返答した。
「うん、屈強の憲兵である君ですらそうだったのだ。戦闘中もそれには関わらずに仕事をするのがMPの鉄則だ。さっきのやつは、それほどに深刻で際どい戦闘だった。
今、この半舷上陸で、その極度のストレスからの開放感はマックスだ。全クルーがだ」
アームオンは問いかける様な含み笑顔をカイルに向けた。
「──確かに、そうでしょう。我々とても。だから気を引き締めているつもりです」
カイルの仏頂面はアームオンと対照的だ。
「そう、今、気を引き締めようとする者は、二者しかないと思うんだよ。君達と──」
「スパイ、──ですか。────確かに。P004全体が安堵している今こそが、スパイにとっては、最大の活動機会だ」
「だから、今なら、君達なら一目でスパイを見つけ出せる。惚けていない面をしている者が居たら、マークを掛ければいい。ほぼ、当たりで間違いないだろう。
6時間でこの難易度の任務を解決することができるチャンスは、今だけなんだよ」
この人はこうなんだよな……転んでもタダでは起きない。自分こそ、最も生還に喚呼し、勝利を謳歌したい一人だろうに……キシリア機関を出し抜いた、最も抜け目のない男……いつもながら見事です、チーフ。
カイルは強く頷いて、一切承知の意図を示した。
アームオンの、目だけが頷いた様に思えた。これはアームオンが身に付けているスキルの一つだとカイルは知っている。それは、アームオンの本来の姿が自分をも凌ぐエリートコマンダーであるという片鱗を、カイルに感じさせる仕草だった。
scene 024 小さな諜報戦 part 1
Fin
and... to be continued