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その上で

昨日のライブリハが一応の仕事納めで、終わってからサポートの高清水くんとふらっと回転寿司へ寄って来年やこれからの話をして。今日は自宅作業を終えてから観に行きたかった映画を観に5分前に到着するもチケットはとっくに完売。えーっと思いながら踵を返し最寄駅のひとつ手前で下車、初めて見る賑やかな商店街の中にある精肉店でロースカツやらハムカツやらたらふくに揚げ物を買って帰って来た。届いたLINEは母からで、祖父母の家に住む猫二匹の写真だった。家族は集まれているらしい。
今年はデジタルシングル4枚とフルアルバム1枚のリリース、人と会う頻度も徐々にコロナ渦前と変わらない程になっていった気がする。
昨日の下北沢、今日の新宿と商店街を見ていて一年の終わりを、というのもそうだし、自分の中のひとつの季節の終わりを見ているような気分になった。
元に戻るまで頑張ろうね、という空気がコロナ渦に入ってからずっと自分自身や周辺にずっとあった気がして、この「元に戻るまで」という期限が設けられた事で作詞において選ぶ言葉に優しさだったりエールだったり、そういう暖かさのあるものだけをとにかく織り込もうとする事が明らかに増えた。そういう言葉を自分自身が欲していたし、聞いてくれたらなという人もやっぱり周りに沢山いたし。どうしても溢れてしまう瞬間はあったけど、マイナスなものは出来る限り自分の中でせき止めようと躍起になる事、それもまた期限がもたらしたものだった。
戻らないかもだけどその上で、という空気を少し前から感じている、少なくとも自分の中では。それに伴って「元に戻るまで」という期限がなくなった時に寂しさとか憤りとか、やっぱりそういうせき止めてたものが自分の中で目立つようになって、別にそれももうかつてのようにまた曲に落とし込んでも良いんじゃないかと思うようになって来た。

引き続きマスクをして、手洗いうがいもキチンとして、誰かと会うにも人混みは避けて。そういう当たり前の中に、使っても良い気持ちの幅だけが静かに戻って来たんだと思う。その幅の分だけ沢山作ってはリリース出来たらとも。

セカンドアルバムの制作タイミングから毎週noteを更新して来て、それは何となくリリースまでに時間が掛かる気がした事からせめてものという気持ちで始めた訳ですが、頻繁にリリース出来るならこんなに言葉を尽くす必要はないのかなとも思っていて。
一区切りをつけるタイミングがどこかで来るかもしれませんしどのくらいの方が読んでくださっていたのかは分かりませんが、まずは今年一年、毎週お付き合いいただき有難うございました。
良いお年を。


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