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制作は進んでます

信号待ちをしていると横並びになったタクシーからノックの音が聞こえる。
その音の方へ目をやると酔っているであろう複数人がこっちに向かって満面の笑みで手を振っている。ナメるかナメられるか、どちらかというなら後者寄りの星の下に産まれた為にこういった事は昔から日常にまあまあ巻き起こる、いつもの事だろうとパッと見てパッと元に戻った、その残像の中に何かの引っ掛かりを感じてもう一度だけ目をやる。その中の一人、細い目に七色にパサついた長い髪、七色の服にほぼ白の薄い唇。何かと何かが間を置いて薄く繋がる感覚がした。
10年前何となく観に行ったライブの帰り、ロビーがフライヤーを配る何人ものバンドマンで花道になっていて、そこを潜り抜けながらこれまた何となくその中から気になった人のチケットを買い、後日出向いてみて。
開演ギリギリに到着して、わりかし満員に近い会場の中でなぜか最前の席で観る事に。着くやいなや始まって5〜6人組が前面に繰り出すバンドサウンドは並みのバンド以上に隙間など存在しないほど厚い、だけどその中に常々彼らが出している訳ではなさそうな音が薄く鳴っているような気がした。
曲間に入ったタイミングでぼんやりと、MCに入ったタイミングでハッキリとその正体がまどなりの客の常軌を逸した野次というのが判明し、公演が進むにつれいかにこいつを黙らせるかという思考を中心に会場が一体になってくという何とも言えない体験を今も忘れずに覚えていて。
演奏中もMC中もアンコールもずーーーーーっと野次を飛ばし続けていた奴が、今10年越しにこちらに手を振っている。
向こうは勿論こっちを覚えているとかそういう訳ではなく、明日には記憶をなくすようなアルコールの水平線上からのスキンシップに過ぎない訳だけど、こっちは毎秒ごとに鮮明にそっちを思い出している。地に埋まるか埋まらないかの瀬戸際だった記憶がもの凄い勢いで掘り起こされて謎の飲みくだせなさすら覚えている。
あまりに一方的かつ真逆な気持ちのやり取り、それに対して思う馬鹿でかい気味悪さとちょっとした奇跡、諸々が渦巻いた結果軽く会釈してしまった。
それからすぐに信号は青になって、またゆっくりと自転車を漕ぎはじめる。
「屈してしまったな」と思いながら残りの道を倍で漕いだ。

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