【人形】『薔薇色の脚』中川多理人形作品集 出版記念展 白堊のPassage(パッサージュ)に迷い込んで
"Passage”
フランス語で「通過」「小径」を意味するそう。
人しか通れない細い通路、もしくは回廊の天井はガラス張りで、路を挟むようにみっしりと賑やかなショーウィンドウが立ち並んでいる。
………本来ならば。
「白堊」と冠するそこは、きっと全体が灰白色の陶器のような白い白い通路。
壁面の所々に設けられたアルコーブに、箱入りの少女の肖像が静かに並んでいる……。
……もっともらしく始めてみましたが、あくまで私の中で浮かんだイメージという事で。。
白堊の世界にほんの一時迷い込んで、時間の前後感覚を失くすような少女たちの肖像に心を奪われてしまった、1鑑賞者の感想が今回のnoteです。
というわけで、2月23日(木・祝)に、中川多理さんの人形作品集『薔薇色の脚』出版記念展 白堊のPassage(パッサージュ)過去と未来――[時の肖像]の初日に行って参りました^^
3月26日(日)までと結構会期は長めですが、開場しているのは金土日祝のみ。
唯一の平日である金曜日は17:00~20:00までと短めのオープンです。
何と言っても年度末。
土日はもともと身動きしにくいのと、平日の時間帯の都合により、展示に行けるかどうか……もだもだ日程を迷っていましたが、次々とTwitterに上がってくる新作のお写真の数々に居ても立っても居られず、え~い★と初日の予約と休暇をもぎ取りました。
東京の滞在時間は約6時間、移動時間は往復7時間強……なんか前もこんなんやったな……と思いつつ、「見たい」の欲求には抗えなかったのです。。
それに、今回はとても特別な展示でもありました。
何故なら中川多理さん初のビスク作品の展示だったからです……!
粘土の素晴らしいお人形作品を沢山制作されている中川多理さん。
ファンはやはり無責任にも考えてしまいます、「もしも多理さんがビスクのお人形を作られたら、一体どんな姿になるのだろう……」と。
なので「ビスク作品を制作中」という突然の一報には、驚きと同時に期待がいっぱいに膨らみました。
そして、いつもの如く、期待や想像を遥に上回る量・スピード・クオリティ・美学の高火力で鑑賞者の心を奪っていくのです……。
浅草橋から鳥越に移転したパラボリカ・ビスさん。
鳥越倉庫の会場に行くのは二度目でした。
前回は山尾悠子先生の『新編 夢の棲む街』出版記念で開催された「夢の棲む街」人形展で、沢山の薔薇色の脚たちがお目見えした薔薇色の展示^^
土地勘が全く無かったもので、なかなか鳥越倉庫を見つけられなかったのですが、少し開いた扉から鮮やかな薔薇色の空間が見えて「ここだ~!」と辿り着いたのを覚えています。
今回は季節柄扉を締め切っていたので、一回通り過ぎましたが()無事に展示の看板を発見。
扉を開けると、前回とはほんの少し配置が替わった間取りと薔薇のウェルカムティーが迎えてくれました^^
扉を入って正面(左の壁)には、前回は恐らく無かった本棚、真ん中には所謂アイランド形式の展示ブース、右側に壁面の棚形の展示ブース。
正にパッサージュのように細い、本棚横とアイランド型ブースの間の通路に身体を滑り込ませると、本棚には書籍と共に『薔薇色の脚の肖像』が、本と本の間にそっと置かれていました。
丸枠の窓のある箱から顔を覗かせていた彼女達は、肖像であると同時にどことなく標本めいてもいて……本棚に置かれている姿に、「驚異の部屋」の博物陳列を思い起こしたのでしょう。
【薔薇色の脚】はむしろ脚の方が主たる部分ですが、あえて上半身の「肖像」とした所も何かこう意味的なものを想像してしまってドキドキします。
そして体調約15cm、上半身のオールビスクという事で……めちゃくちゃ繊細……!
粘土系の素材で作られた彼女達と大きく印象は違わないものの、明らかに素材は磁器で、透明感が完全にビスクドールのそれです。
サラッと書いたけど、つまり、ビスクの技法で今までの雰囲気を損なわずにアップグレードしているという事で……。
私は人形制作の過程に明るくはないけれど、油彩とビスクの焼成しながら着色していく工程の違いなら解ります。
……物凄い回数のトライ&エラーがあったんだろうなぁ……というのは容易に想像できました……少しずつ詰めていく作業は考えるだけでちょっと気が遠くなりますね。。
アイランド型のブースには前回の展示でもいらっしゃった、シャムの薔薇色の脚プロトタイプ(粘土の子)と、新しくビスクとなった薔薇色の脚プロトタイプが居ります^^
この2体(シャムのコを1と表現するのか否かは見解が分かれそうですが)を見比べるのが一番解りやすかったのですが、やはり作家さん特有の着色の雰囲気に大きな違いは無いのに明らかに肌の質感が違う。
そしてお聞きした所、ビスクでの制作を独学で行っていらっしゃったとの事で……凄すぎる……(そろそろ私の語彙力が限界)
アイランド型のブース及び右側の棚型のブースには、私が今回一番見たかった『白堊の肖像』シリーズが12体、様々な配置で並んでいました。
12体!
作家さんのメールマガジンでその数を知り驚きましたが、実物を拝見し今度は「制作量!」と声に出さずに叫んだと言う……。
(ちなみに薔薇さんたちは8体なので既に20人いらっしゃる……)
体長約30cmの上半身のみの少女たちは、一回り大きな特製の箱にすっぽりと収まり、蓋を閉めた状態になると丸窓から覗くような形で肖像となります。
(この時点で既に美意識が光る素敵なギミック^^)
まず、彼女たちを収める箱そのものがとっても美しい。
ベースは専門の箱屋さんが作っているそうですが、そこからのペイントや装飾、加工が毎度ながら素晴らしいです。
そして少女たちを受け止め守るふっかふかで高級感溢れるクッションも布の処理段階からお手製とのこと……。
Twitterで展示の事前プロモーションで拝見していたイメージ画像ではつるっとした素体の状態でしたが、完成形の彼女達は一人一人個性的なヘアスタイルとヘッドドレスを纏い、非常に色彩豊かにドレスアップしていました^^
もちろん彼女達はお顔の造形も雰囲気も肌の色もそれぞれ違って、素体の状態でもかなり個性的です。
眼を閉じている子も居れば、ぱっちりとしたアイホールにグラスアイが嵌っている子も居るし、ちょっととろんとした目元の子も居ます。
肌の色が抜けるように白い子や、硬質な骨に近づいている子、かと思えば血色の良い肉感的な子も。
どれ一つとっても細部まで趣向が凝らされていて、「め、目が足りない!」状態に……。
五体が揃っていない身体で完成とするタイプのお人形は、正式にはどう呼ぶのが正解なのか……欠損、またはトルソーと表現するのが一般的でしょうか?
ともかく、こういう形のお人形は、心無い人から「手抜き」と言われてしまう事があるというのを耳にしたことがあります。
しかし、中川多理さんのお人形は「手抜き」など微塵も感じさせない、これこそがベストという説得力があります。
説得力というか、必然性ですね。
彼女たちは朽ちて行く過程なのでしょうか?
それとも「未だ生まれていない」から、これから生まれようとしている?
過去作を感じさせるような雰囲気を纏いつつも、全く新しい形(手法)で生まれようとしている、作家さんの過去(今まで)と未来(これから)を感じました^^
それに、これが一番重要なんですが、彼女たちは皆とっっっっても可愛いのです!
確かに薔薇色の脚たちも肖像の少女たちも異形と言える姿をしているのですが、文句なく可愛い。
実際私は会場で彼女達を前に「かっわ……可愛い……かっわ……」としか呟いてなかったです……IQ3みたいなボキャブラリーになってました。。
ご厚意で展示されていたビスク素体のエラーパーツを触らせて頂けたのですが、ビスクならではの重みやひんやりした質感をサワサワする事が出来て至福でありました♥
実際の彼女達に触れられる(お迎えされる)方はとても強運の持ち主なのだろうなぁ……と思いつつ、私もいそいそとピンときたあの子に票を投じて来たのでした……。
白堊のパッサージュにおいて、本当に1時間というのはあっという間。
予約人数が上限では無かったので次の時間もそのまま鑑賞OKと有難いお言葉を頂いたのですが、帰りの新幹線の時間が迫っておりましたので泣く泣く会場を後にしました。。
本当は、路が閉ざされていない限りは(つまり展示期間中は)何度も何度も鳥越倉庫の扉を開いて、白堊のパッサージュにふらふらと迷い込みたいのですが……現実と言う名の時間&物理的距離に涙を飲む地方民。。
それでも、いち早く展示を観る事が出来て本っっ当に良かったです!
物凄く長々と書いたけれど、百聞は一見に如かず、お人形が好きな全ての皆様に是非迷い込んで欲しい素敵なパッサージュです^^
きっと美しい少女たちの肖像に虜になってしまうはず……。
最後に、展示会場で購入してきた人形作品集『薔薇色の脚』についても少しだけ^^
山尾悠子先生の著作「小鳥たち」の侍女を初めとした登場人物や、「夢の棲む街」に登場する【薔薇色の脚】たちのお人形が一挙に掲載されている豪華な作品集です!
こちらも箱入りのゴージャスな装丁で、姉妹本の「新編 夢の棲む街」共々、すっごく薔薇色!
私もだいぶ書籍をデジタルで賄うようになりましたが、それでも紙の本でしか味わえない物理的なものの良さを完全に手放すことはできません……。
それに豪華な装丁の本は、単純に所有欲を満たしてくれるものだなぁと思います。
つまり、綺麗な本はお家にあるだけでも嬉しい! という事です^^
中身も勿論凄いです。凄く良い。
山尾先生の「小鳥たち」シリーズ新作書下ろし(!)に始まり、作家さんご本人が撮影した沢山の写真達が肖像画風なレイアウトで並んでいます。
そして解説のお三方の文章も素晴らしく、人形の話大好きな私は一生読んでたいモードになりました……モットイッパイヨミタイ……。
やはりプロの書き手はプロの読み手、私なんぞでは辿り着かない視点からの知見を得られるのが本当にありがたく……モットカイテホシイ……()
さらに、多理さんの制作ノートでは、昨今直面されていた問題(このあたりは中川多理さんのnoteに詳しく書かれています)についても触れられており、その想像以上の衝撃度に言葉を失ったりしました……。
かなり精神的にも消耗が激しいであろう問題と正面から向き合いながら、あれだけの作品を新たに作り上げる芸術家魂に畏敬の念を禁じえません。。
何はともあれ、お人形を語った読み物としてもかなり考えさせられる内容でしたので、作品集の枠に収まらない力の入った本だと思います。
山尾先生の新作を読んで、京都の春秋山荘で初めて小鳥の侍女のお人形に会った日の事を思い出しました。
平日の、ちょうど他に誰もお客さんが居なくて、私とお人形だけだったあの部屋、新緑を濡らす雨の音だけがしていたあの部屋の侍女たちのすぐ傍で「小鳥たち」の掌編を読んだ時のことを。
その日持ち帰った薄紅色の老天使の羽根は、初めて手にした中川多理さんの作品でした。
もう何年も前の事ですが、凄くよく覚えています。
あの独特な空気感が好きで、何度でも味わいたくて、私は今後もせっせと働きながら、有給と電車(又は飛行機)のチケットをもぎ取る戦いを繰り広げる所存です……。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
(何か内容に問題がございましたら訂正致しますのでご連絡ください。。)