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江戸和竿の経験 シーズン2 その12
少し前、というのもとくにCOVID19が猛威を振るう前まで、という時期だが東京には数多くの「釣りの同好会」が存在したという。複数の会を掛け持ちする人も多くて例会の日程は調整されていたという。釣りを通して季節を感じることができるのは素晴らしい。しかし私は自分のペースで釣りをしたいので、おそらく誘われたとしても会への所属は断るだろう。いちおう横綱とか大関、関脇、小結等々、実績に応じて細かくランク分けされていたので、上位を目指す釣師は必死である。サッカーでいうチャンピオンズリーグのように各会での上位者が合同で大会をするというようなこともあったらしい。最高の中の最高を決めるようなものである。セカセカしていたのか、おおらかな雰囲気だったのかどっちだろう。親方から話を聞いていると、「凄腕釣師がいた」という話よりも、八百長の事件簿の類の話しが多くて面白い。鮒を凍らせて持ち込み、「釣れたかい?」と聞かれ、つい「釣れた」と宣言してしまいそれがカチコチの鮒が溶ける前だったので彼のたくらみが発覚した例など面白い。賞金や賞品、また名誉が絡むと、人はいろんな誘惑に駆られてしまうのだ。これはいまも昔も変わらないと思う。大会というと大抵八百長がある。そういうルール違反を働いたことが発覚した場合は退会を申し渡したという。いまはSNSで瞬時に情報が共有されてしまうが、デジタルツールなんてものはない時代はいわゆる悪事を働いた人に対する制裁はいまほどは大きくなかったのかもしれない。
週末でも一日どこかに座って釣るということはほとんどない。朝とか夕方の1時間とか2時間釣りをして後の時間は別の活動に使う。独りであれば、好きな時間に開始し、また終えることもできる。
独りが好きな私でもこどもとの釣りは別である。自分が釣るよりもこどもが何か釣って喜んでいる姿を見る方が幸福度は高い。しかし時折小さな問題が生じる。息子には振り出しの延べ竿を使わせているが、私が江戸和竿を使っているのをみて、当然の心理として「そっちの竿でやらせてほしい」とせがんでくる。少し悩んで「いいよ」と言って渡す。しかし仕掛けを木の枝に引っかけてブンブン振り回したり、竿を放り投げたりするので、そのたびに私が心配そうな表情をするので、「自由にやらせてほしい」「黙って見ててほしい」と機嫌が悪くなるのだ。
佐藤垢石の随筆を出張の際にバッグに忍ばせて、新幹線や飛行機の中で読むことがある。父と子の関係、それは垢石の父との関係について(「楢の若葉」「父の俤」釣の本1938年改造社)でもあり、子をもつ父の立場でも書かれた(「小倅の釣」釣の本1938年改造社、「瀞」続たぬき汁1946年星書房)。垢石の著作はすべて読んだわけではないがきっとこれら以外にも家族との交流に言及したものはあるだろう。
最近通っているポイントに夕方5時頃到着すると親子が釣りをしていた。土手の上から自転車を降りずに観察する。小学4年生くらいの男の子である。父親は教えるという気持ちもあるがどちらかというと自分が釣りたいという気持ちが勝っているようだ。親子ともおそらくルアーでナマズを狙っている。浅い場所で沈むルアーを使っているので、キャストするたびにルアーが引っかかる。都度父親は息子の根掛かりを外してあげる。期待ほどには釣れないので、子供は飽きてしまい、石を川に投げたり、周りに転がっていた枝を剣にして振り回し、父親から注意されている。まるで自分を見ているようだ。あたりが暗くなる前に親子は釣場を後にした。私は彼らが帰ったあとに、ポイントに入り竿富のヤマベ竿で30分ほど釣りを楽しんだ。細くて軽く華奢でひよわな私の手にしっくりくる。継続して使うことで馴染んできた気もする。蝙蝠が飛び始めたので竿をたたんで帰宅した。