マスクブローカーが暴露「世界的争奪戦に敗れる日本政府」の実情 「供給増」はウソだ!
店頭から「蒸発」し、入手困難なマスク。深刻な品薄はなぜ解消されないのか。その背景に世界各国との争奪戦で歯が立たない日本政府の「お役所仕事」があるとブローカーが打ち明ける。官僚が「増産した」と胸を張るマスク供給量も、実は「例年並み」にすぎないことがわかった。AERA 2020年4月20日号では、マスク不足の裏側に迫った。
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開店前のドラッグストアには、今日もマスクを求める人たちが長い行列を作る。深刻なマスク不足は、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大でマスクの需要も世界中で「爆発」していることが大きな原因だ。
国産マスクの増産など日本政府も対策を講じているが、最優先されるべき医療従事者向けマスクの確保もままならない。マスクは本当にないのか。それとも、どこかに隠れているのか。世界各国からマスクを調達している人物に聞くと、意外な事実がわかってきた。
「最近よく『中国のメーカーに生産を委託していたのに、輸出制限をかけられたから製品が入ってこない』という趣旨のニュースを目にしますが、にわかには信じがたいですね。だって実際に中国からも大量のマスクが連日入荷していますから」
そう首をかしげるのは、「GSB」(大阪市)を経営する大田竜馬さん(54)だ。同社は通常、コンサルタント業務を手掛けているが、人脈の広さなどを生かしてマスクの取引を仲介するようになって約2カ月になる。いわゆるブローカーであり、市価で購入したものに価格を上乗せして売る「転売屋」とは全く異なるという。大田さんはこう続けた。
「我々のようなブローカーが群がって値段を釣り上げているのではありません。世界的に需給バランスが崩れただけでなく、感染者拡大による人手不足で製造コストも上がり卸価格が急騰している。各国の製造業者も必死だから、現金で大量に買い付けてくれるバイヤーが優先的に製品を手にすることになります。我々ブローカーはそれを買い手につなぐだけで、仕入れ価格が高かろうが安かろうがマスク1枚あたり1円程度の利益にしかなりません」
同社が扱うマスクは中国産だけではない。インド、タイ、ベトナム、フィリピン、ロシア、ウズベキスタンなど原産地は様々だ。基本的に欧州や米国の製品規格をクリアした通常の製品だが、店頭販売用のバーコードまで付いているかどうかは、まちまちだという。しかし、このコードは、政府や公共機関が買い上げて配布するような場合には必要なものではない。
マスクをつける習慣のなかった欧米では、状況が一変した。フランス政府は3月上旬、国内の在庫や今後生産するマスクを国が優先して確保する方針を発表し、国内メーカーに増産を指示。さらに同28日には中国などに10億枚のマスクを発注したと発表し、保健相は「マスクは各国で不足している」と世界的な獲得競争になっていることを示唆、中国からの航空貨物便を迅速化することを明らかにした。
同じころ、スペイン政府もマスク5億5千万枚を含む4億3200万ユーロ分の医療品調達の契約を結んだ。
これまで新型コロナ対策でマスクは「不要」という見解を示していた米国疾病対策センター(CDC)も4月に入って着用を勧める指針を発表。トランプ大統領は医療用高性能マスク「N95」を製造している米3M社に、国防生産法に基づいて国内の医療機関への優先的な供給とカナダや中南米などへの「不当な輸出」の停止を命令した。
米国は、中国などで生産されたフランスやドイツなど他国向けのマスクを発送直前に「横取り」したなどと複数の欧州メディアから報じられた。米国は市場価格を大幅に上回る値段を払い、既に契約を結んだ欧州の国々から奪い取るように買い占めており、世界のマスク市場が無法化しつつあるという。トランプ大統領はこの件について「我々にはマスクが必要だ。他国に渡したくない」と追認するような発言をして、混乱に拍車をかけている。
そして日本。菅義偉官房長官が3月のマスク供給量を6億枚にし、4月はさらに1億枚上積みして7億枚にすると発表したが、これらは達成できているのだろうか。経済産業省と合同でマスク調達にあたっている厚生労働省の担当者はこう語る。
「もともと毎月のマスク供給量は3億5千万枚。このうち2億6千万枚を輸入に頼っていて、そのほとんどが中国産でした。これをカバーするために国内メーカーに増産を依頼し、3月中に6億枚を供給できました。4月も目標を達成できそうです。医療機関に対しては1500万枚を買い上げて順次配布し、4月以降も1500万枚以上を確保できる見込みです。介護施設や障害者施設等には何度でも再利用可能な布製のマスク2千万枚を順次配布しています」
では、なぜ足りないのか。実は「毎月3億5千万枚」は年間の平均で、花粉症のため需要がピークになる2月の供給量は例年、5億8千万枚に達する。6億枚はそれをわずかに上回るにすぎない。新型コロナ対策で花粉症以外の人もこぞってマスクを着け、さらに一定量を確保しておきたいという消費者心理を考えると、いわば「例年並み」の供給で品薄が解消されるはずもないのだ。
両省の合同チームでも当初予算の予備費を用いて民間ルートでの調達に乗り出しているというが、成果は芳しくない。その理由について、大田さんは自身の経験を教えてくれた。
大田さんは3月中旬、関西地方の医療機関経営者から「政府が一般用のマスク1億枚を単価50円以下で購入する計画があるので協力してほしい」と求められた。政府側のバイヤーを務める大手総合商社OBを紹介され、このバイヤーに、中国から大量にマスクを買い付けている実業家を紹介した。1枚45円で卸せるということでサンプルを持参すると、バイヤーは二つ返事でOKしたという。
マスク輸入は半分を現金、残りは船荷証券(BL)で確認した後に振り込むのが一般的だが、国側は全て現金決済という条件を譲らなかったといい、実業家が現金を立て替えて通常の手順で進めることになった。最初は3千万枚を船に積み、BLが出たら荷物と一緒に動画を撮り、それを確認して振り込み手続きをする。同様に1億枚に達するまで何回かに分けて船便で発送するという流れだった。
「その見積もりで翌日に政府の調達会議に諮ったところ、ダメだったと連絡があった。財政担当の重要閣僚が首を縦に振らなかったのが理由と聞きました。ある政治家の秘書からは『中国産は使わないという話になっているので、多分決まらないよ』とも言われていた。何が真相かわかりませんが、モノは確実にあるのに届けられないのは誰のせいなんでしょうか」(大田さん)
政府の後手後手ぶりが際立つケースもある。医療機関で深刻に不足している高機能マスクについて、厚労省からの依頼というバイヤーが3月末、1枚300円以内で1千万枚調達したいとの要望で大田さんを訪れた。
大田さんは3M社の「1860」という高性能マスクを用意できるメドが立ったが、その時の単価は300円を少し超えていたためバイヤーに断られたという。大田さんが続ける。
「確かにその直前の単価は270円ほどでしたが、日々値上がりしているんです。1週間後に同じバイヤーが『300円台でもいい』とやってきたけど、その時はもう370円を超えていて、彼はまた買えなかった。以前の価格に固執しすぎて決断できなかったからです。そうするうちにトランプが『他の国に渡さない』なんて言い出して1枚6ドルになってしまった。こんなことをしていて国民の命を守れるんですかね」
安倍晋三首相が決めたガーゼマスクの各戸配布にかかる費用は466億円と言われる。この額があれば、医療用マスクを1億枚前後買える計算だ。
「1億枚ぐらいならすぐに集められる。50億枚集めろというなら集めます。何度も言いますけど、ブローカーが値を釣り上げているのではなく、世界中で奪い合いになって仕入れ値が急騰している。必要な時に決断できないと、後手後手に回って対処しきれなくなりますよ」
こう嘆く大田さんは、医療用高機能マスクを医療機関に安定供給できるよう奔走している。
「3Mの医療用マスクを低価格で買い付けられそうなのですが、そのためには仕入れの数量をかなり大きくしないといけない。病院グループや複数の医療機関が共同出資すれば可能だと思いますが、本来は政府や自治体が一括購入して配布するべきなんです。私を政府調達のバイヤーにしてほしいぐらいです」
AERAより