世にも好きなもの
「あのねぇママ。どこの世界に3日前に点滴したような人に日曜の渋谷に行っても良いよなんて言う家族がいると思う?」
娘の甲高い声が耳に響く。
溜息まで吐いて、ほんとママは、と呟いている。
「アタシはママの3分の1しか生きてないけど、そんくらい解るよ」
娘の細い腕が背後からぬっと伸びる。まだ粗熱の取れてないマドレーヌを摘んで、あちち、と言いながら口に放り込んだ。
「お行儀悪いよ。お皿に載せて座って食べなさい」
「はぁーい。でもさ、ホントだよ。ママ」
プラスチックのお皿にひょいひょいマドレーヌを載せながら娘が私を見た。
「この間来たつむちゃんもママの作ったロールケーキ美味しいって褒めてたし優しくて羨ましいって言ってたけど、うちのママは大人としては全くなってないって訂正しといた」
大人としては全くなってない。
その言い方が可愛くて笑いながら娘を見る。
生意気盛りの娘は最近ママを説教することにハマっている。
ソファで寝ないの。ご飯は食べたの?髪はすぐ乾かして。本ばっか読んでないで早く寝て。ああもうママってば本当に!
誰に似たのか、心配なほどしっかりしてる。
弟の面倒も率先して見て、たとえば3つクッキーがあれば迷わず2つをあげちゃうような娘。
頼もしくも、もっとワガママで良いんだよと私が甘やかそうとするとそれさえも説教されてしまう。
曰く、ママといるとアタシがバカになる。
「エージもダメって言ってるよ。さっきアタシのスマホにLINEきてた」
「うるせーって返しといて」
「そんなの自分で返して」
マドレーヌをペロリと食べてスマホをいつもの定位置に置くと、娘は2階へと駆け上がっていく。
下の息子は和室でテレビゲームに興じているけれど姉がいないと解ると後を追いかけると思う。
日曜日の山種美術館は諦めよう。
いつかまた面白い展示はあるし、その時は子供たちも誘ってみよう。