乾杯の挨拶に代えて。
終わらなかった仕事を「明日やる」と自分に言い訳して定時で席を立った。
駐車場は既に暗い。
逢魔時、と言葉が浮かび、それにしてはもう十二分に暗いと思い直す。山の端だけが名残のように茜色で綺麗だった。
年代物になりつつある軽自動車を走らせ家に帰る。子供たちは義母の家ですき焼きをすると連絡があった。
気を遣わせているのかしら。
幼なじみからも朝一番に「行こうか?」とLINEが入り、それにはまだ返事をしていない。
みんなして気遣ってくれて。まったく。
冷たい空気を吸い込み、今が12月だと思い出す。
風がないだけマシかもしれない。
冠雪した山から吹き下ろされる風は冗談抜きで強くて寒い。この地方に来た時に、それこそなんの冗談かと思うほどだった。
しんと静まった部屋で、足音を抑えて和室のドアを開ける。
誰もいない部屋で寝そべってみる。
つめたい畳の感触はほどほどに感傷を刺激する。
7年前。夫はこの部屋で死んだ。
苦しかったかどうかすら知らない。
何故、1人で寝かせたんだろうと後悔もした。
本当に。昨日に戻れるなら今日をかなぐり捨てて明日なんて永劫望まない。たった一日で良いから戻してくれ、と信じてもいない神様に願った。
あれから7年。
顔も声も、好きだという感情すら朧になった。
どんどんこうやって忘れていくのだろう。
一生悲しんでいられないと気付いたとき、悲しかった。
息も絶え絶えで、立つのもやっとだったというのに。
今じゃもう、好きだと口から零した瞬間から嘘になる。
でも、わたし。それなら一生嘘つきでいたいわ。
あなたがいないことが寂しいわけじゃないの。
あなたがいないことに慣れちゃったことが、少しだけ寂しいの。
乾杯。
ねえ。今年もまた忘れそこなったよ。
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