りんご娘「桜ダイヤモンド」と「Ringo star」~ ♪ 輝きたいの私 ♪ を考察 #2 ~
相変わらず、「桜ダイヤモンド」の勢いがすごいですね。
前りんご娘(以下「FOURs」)が「Ringo star」で新たな展開を迎えたように、現りんご娘は「桜ダイヤモンド」で全国に舞い上がってほしい、と多くのfarmerが期待していると思います。
楽曲提供者である多田慎也さんも「そうなってほしい」という趣旨のことを発言されています(2023.3.18「Apple Pop(FM青森)」)。
さて、
♪ 輝きたいの私 ♪ の意味については、前に一度考察しています。
歌詞を読みこんでいくうちに、もっと深い意味があるんじゃないかと考えるようになったので、改めて考察したいと思います。
♪ 輝きたいの私 ♪ が使われている「桜ダイヤモンド」と「Ringo star」、この2つの曲の一番の大きな違いは、歌詞を書いている視点だと思います。
「Ringo star」は、歌い出しの ♪ 特急列車に乗り 夢探しに来ました ♪ でわかるように、もっぱらFOURsの視点から歌詞が書かれています。当然、♪ 輝きたいの私 ♪もFOURsの思いということになります。
歌詞全体としては、
FOURsの道のりや思いが描かれ、最後に多田さん(あるいはfarmer)の願い・エール(♪ 時に傷つくことさえ恐れず進め Ringo star ♪)で締める形です。
それとは逆に、「桜ダイヤモンド」は、「私たち」が「桜ダイヤモンド」に呼びかける形になっていて、「私(りんご娘)」視点の歌詞は♪ 輝きたいの私 ♪ だけになっています。
「Ringo star」は多田さんがFOURsに出会って間もない頃の作品なのに対して、「桜ダイヤモンド」は多田さんが弘前市に移住し、りんご娘やリンゴミュージックの歴史を深く知った後の作品であることが、この違いを生んだと思われます。
ちなみに、
当初、多田さんは、「桜ダイヤモンド」を美しい桜の情景と別れの季節を描く曲にする構想でした。
しかし、
「りんご娘に曲を書くときは、歌詞が重くなってしまう」
「青森の人のキャラクターに迫りたくなる」
ということで、結果的に深い意味を持つ歌詞になったようです。(2023.3.18「Apple Pop(FM青森)
(注)重くなるというのは、暗くなるということではなく、思いを詰め込んでしまうという趣旨だと思います。それだけ、多田さんの中に弘前魂(soul)が浸透しているということなのでしょう。
さて、
「私たち」とは、次のような人たちのことです。
・長い長い冬を超えた人たち
・桜切る馬鹿 ※常識を超える改革者
・荒れ果てた地に木を植えた人たち
・まつろわぬ民 ※権力にあらがう自主自立の民
文字どおりでは、「私たち」は弘前の人々(あるいは広く東北人)を指し、「桜ダイヤモンド」は地元を離れる若者(地域の宝)を指すと考えられます。
また、
「桜ダイヤモンド」がりんご娘を指すとすると、「私たち」は樋川社長や歴代りんご娘を始めとするリンゴミュージック関係者、そしてファンの人たちになると思います。
歌詞に当てはめるとこんな感じです。↓
若者が離れていく荒れ果てた地で、桜切る馬鹿と揶揄されながら、まつろわぬ民として独自の活動を続け、長い冬の時代を超えて20年かけて大きく花開いた。
このように考えると、♪ 夢はるか ♪ は、りんご娘の目標である「はるか夢球場1万人ライブ」を表すと同時に、脈々と受け継がれてきた「私たちの夢」でもある、ということになります。
改めて歌詞全体を眺めてみると、♪ 輝きたいの私 ♪ の前までは、「私たち」の道のり、思い、夢、そして現りんご娘へのエールであり、♪ 輝きたいの私 ♪ は、そうした「私たち」の思い、エールに対するりんご娘の返歌(アンサーフレーズ)になっていることがわかります。
つまり、♪ 輝きたいの私 ♪ は、
「自分たちが輝くアイドルになる」というだけでなく、リンゴミュージックの歴史や思いを輝かせるように頑張る
というさらに大きな意味になります。
多田さんは
「りんご娘に♪ 輝きたいの私 ♪ は使うかどうかわからないよと言っていたのに、メンバーはそこを中心に練習してきたように感じた」
と言っています(2023.3.18「Apple Pop(FM青森)」)。
このフレーズに対するメンバーの思いがよくわかるエピソードです。
♪ 輝きたいの私 ♪ を聴いて、思わず涙してしまうのは、FOURsのことを思い出すからというだけではなく、長い間積み重なってきた多くの人たちの夢や思いを受け止めて、もっともっと輝きたい、輝かせたいというメンバーの決意を込めた、魂の歌声に心が揺さぶられるせいなのだと思いました。
おわり