あやうい言葉の綱渡り
言葉はあやうい。
僕が今綴っているこの言葉が、そのままあなたに届くことはないだろう。
どんなに筆を尽くそうとも、僕とあなたは同じ言葉を手にすることはない。
それは哀しくて、けれども確かにここにある事実で、それ故に心地いい。
言葉はあやうい。
口から放たれた言葉は、ただの空気の振動として消えていく。
それが誰かの鼓膜を揺らしたとしても、
その鼓膜の振動が意味を持つ信号として脳に送られても、
言葉は意味を持つだけの揺らぎに過ぎない。
言葉はあやうい。
具体的な言葉は、ある程度の形作られたものを語るだろう。
抽象的な言葉は、形がないように思えるものを語るだろう。
形持つ言葉、持たざる言葉。
果たして言葉はどんな形をしているだろうか。
言葉はあやうい。
僕とあなたの、
口と鼓膜の、
具体と抽象の、
様々な物事の狭間を絶えず行きつ戻りつする言葉。
綱渡りはどこから始まりどこへ向かうのか。
綱はそこに確かに張られているのだろうか。
足を滑らせたらどこに落ちるのか。
あやうさを信じるための頼りなくて確かな綱が闇の先に伸びている。