ミュージックビデオ、group_inou、そしてAC部
1981年、24時間ミュージックビデオを流す異色のケーブルテレビ・MTVが開局。そして2009年のvevo設立以降、2010年代からは多くのミュージックビデオがYouTube上に溢れるようになり、まさに音楽は「聴く」ものから「観る」ものへと変化していきました。
2016年リリース、岡崎体育「MUSIC VIDEO」なんて、まさにその時代を象徴するような楽曲でしょう。
(監督は「寿司くん」こと、ヤバイTシャツ屋さんギターボーカルのこやまたくやさん。そして地味にCreepy Nutsも出演しています。)
もはやミュージックビデオは、以前のような「プロモーション用のおまけ映像」ではなく、楽曲やアーティストに興味を持ってもらうための重要なツールになっています。
わたしもあるミュージックビデオに出会ったことが、未知の音楽だけでなく、その後の忘れられないコンテンツへの出会いのきっかけになったという経験があります。
そのミュージックビデオが、group_inou「THERAPY」です。
今回はgroup_inouだけでなく、このMVを制作したクリエイターユニット・AC部も話の軸に据えながら、わたしが彼らと関連する他の楽曲や作品へと出会っていくまでについて、お話していこうと思います。
イルカセラピー
わたしがスマートフォンを持たせてもらったのは、高校1年生のときです。またそのとき軽音楽部に所属していたことから、その頃からYouTubeでMVを見ることが当たり前になりました。そしてそれをきっかけに、MVに興味を持つようになります。その後の文理選択、志望校選択にはほんとうに紆余曲折があって思い返すと涙が出るほどなのですが、最終的に大学では映像を学ぶことに決めました。
専攻なこともあって、大学に入るとよりたくさんの映像作品に(自主的にも)触れるようになります。YouTubeを見る時間も増えました。音楽も自分で演奏することはやめてしまったので、もっぱらリスナーとして、これまでよりもジャンルにとらわれずに楽しむようになりました。
その日も、いつものようにYouTubeを観ていました。どういうMVや動画を観ていたかは忘れてしまったのですが(たぶんキュウソネコカミ…)、ある日突然このサムネイルが「おすすめ動画」に登場するようになります。
「イルカ」と「安全」の圧がすごい。
観ていいのか不安に思う気持ちもありましたが、こうも何度もサムネイルを見かけると気になってしかたないので、ついにタップしてしまいました。
なんだか不気味なシンセの音に、意味がわかるようなわからないような(でもやっぱりわからない)ラップ詞。そして何より、ほぼ歌詞に忠実に浮かび上がってくる、異様にクセのある一度見たら忘れられないアニメーション。作中でもめっちゃ絵柄が変わるのに、その全てが変。
めっちゃ不気味、ポップだけどなんだか怖い。でも観てしまう。
見入っていたら、次の動画が自動再生されてしまいました。
同じくgroup_inou「HEART」のMVです。
みんな同じ顔や…(怖…)
今度はポップで穏やかなメロディ、MVの絵柄もイルカのあれと同じでアクが強めだけど比較的毒々しさは落ち着いてきていて、歌詞は相変わらず一貫した意味がないしよくわからない。
けど… なんだろう、この観終わった後の切なさ……
なんでこのよくわからないMVと曲で、わたし、いまちょっと感動しているんだろう……
この瞬間、わたしはもう一度「THERAPY」から動画をリピートしていました。
アニメも不気味だし歌詞はあまり意味もわからないけれど、何度も聴いていると癖になってくるし、気づくと頭の中で「自宅で簡単イルカセラピー…」と歌ってしまっている自分がいました。ニコの境遇に感情移入してしまって、後半の橋のシーンなんて、観ながら泣きそうになっている自分がいました。
もう、この変な音楽と変なアニメが頭のほとんどを占めるようになっていました。
ちなみに、MV「HEART」のなかのドラマ「二子玉川メトロノーム」は、そのストーリーの秀逸さ(?)から、のちに単体で作品にもなっています。ストーリーはMVの前日譚となるので、合わせて観るとより世界観を楽しめます。
…とは?
この2つのMVに衝撃を受けたわたしは、YouTubeのキャプションからgroup_inouという音楽ユニット、そしてアニメーション担当のAC部というクリエイターユニットを知ります。
「THERAPY」「HEART」と聴いて、YouTubeのトップページに出てくる動画もほとんどgroup_inouのMVばかり、また頭のなかもイルカのことばかりになっていたので、彼らのことを調べてみることにしました。
imai[TRACK]とcp[MC]からなるユニット。
2003年結成。2006年自主レーベル"GAL"を設立。これまでに4枚のアルバムを発表。その音楽性はエレクトロ・ミュージックやヒップホップ、ハードコア、ポップス等の要素やアティテュードを内包しながら、どこにも属さないサウンドとグルーヴを確立している。活動初期から国内外の様々なアーティストとの共演を重ね、日本全国の大型フェスにも多数の出演歴を誇る。(FUJI ROCK FESTIVAL/BAYCAMP/RISING SUN ROCK FESTIVAL/COUNTDOWN JAPAN等)
以下の公式サイトから引用しています。
情報が少ない。
Wikipediaはこちら。
…情報が少ない!!!!
これまではメジャーや、インディーズでも情報発信にかなり積極的なアーティストばかりを好んで聴いていたため、(imaiさんは結構頻繁にTwitterを更新されてはいますが)ここまであっさりしたサイトやWikipediaは見慣れておらず、当時のわたしは戸惑ってしまいました。
そんなわたしでも知ったくらいに、当時すでに知名度はあったユニットのはずなのですが、自主レーベル所属というせいなのかインタビュー記事などもほぼ見かけません。
人となりがわからないならとりあえず楽曲を知っていこう、インディーズのためか近くではレンタル在庫がないから、ちょっとずつCDを購入していこうと思うようになりました。インディーズでたまにある「CD販売はライブ会場限定」ではなく、普通にタワーレコードで買えたのも購入を決める理由になりました。
そこで手に入れたのが「 _ (アンダーバー)」です。
MVで衝撃を受けた2曲が収録されていたので購入しましたが、「HALF」「ELEPHANT」とかも聴きやすくて好きです。
ちなみに、このアルバム発売を記念して、インフォメーションサイトではミュージシャンからのコメントを掲載しています。そのなかには後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、星野源さんの名前もあります。
このページのなか、同じくコメントを寄せているDE DE MOUSEさんのコメントから引用します。
しかしimaiのトラックは益々ポップで計算された不可解なメランコリックさに溢れているし、CPのリリックは今まで以上に余裕でユーモアで分かりやすい言葉を選びながら余計リスナーを混乱させる悪意に溢れている。
リスナーを突き放しながら自分達を全力でぶつけていくポップミュージック。
group_inouをこんなにわかりやすく形容してくれる表現があったなんて…
クセのあるサウンドに、理解できるかできないかギリギリのエキセントリックな歌詞、というざっくりとした面では、NUMBER GIRLも同じ系譜にあるのではないでしょうか(関係あるかはわかりませんが、後藤さん星野さん両名はライブで「透明少女」をカバーするほどのナンバガの大ファンです)。
でも、group_inouが彼らと違うのは、あくまでサウンドは耳にすんなり入りやすい「ポップミュージック」という点だとわたしは思っています。曲のAメロ・サビなどの構成も、1回聴くだけでも比較的よくわかりますし。歌もラップという手法は用いられていますが、ヒップホップというよりロックバンドの楽曲に近い聴こえ方をしてきます。自主企画でペトロールズとも対バンしていたと知って妙に納得してしまった…
とにかく聴きやすいのにクセになる楽曲にすっかりハマってしまい、このアルバムはわたしの普段のヘビーローテーションに加わりました。
AC部との関わりはないため余談にはなりますが、映像的なユニークさという視点では「EYE」のMVもすばらしいです。Google ストリートビューを利用した斬新な制作方法で、まるで乗り物の中から景色を見ているような気分にさせる、楽曲のさわやかな疾走感にマッチした作品です。
このユニークさから、2015年の文化庁メディア芸術祭では新人賞を受賞しています。
SUSHI
group_inouを知ったとき、そういえばTwitterで謎のコピペを目にすることが多くなっていました。たしか初めて見たのは大学の友人のRTだったと思います。2015年当時にTwitterを使っていた方なら、一度はご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
\ヘイラッシャイ/SUSHI🍣食べたい🙏 この世🌏の終わり👋の日は SUSHI🍣食べたい🙏 最後💥💣の晩餐🍴に😇SUSHI🍣食べたい🙏 特別🎂🎉🏆💏なあの日📆には SUSHI🍣食べたい🙏🙏 トロ🐟タコ🐙ウニ✳︎いくら💰 🔊テーレーレー↑(セ〜〜〜ル)(都会のオアスシ)
これです。文字化けしまくっているかもしれない…
絵文字が多く入るコピペは(「いっけな〜い!」のアレなど)Twitterをやっているとたびたび見かけるし、このときもまたなんか新しいコピペが流行ってきたんだなと思うくらいで、特に元ネタは気にしていませんでした。
group_inouを聴きすすめるのと同時に、AC部の他の作品も探して観ていたわたしはあるとき、「HEART」のおすすめ動画欄に、あのサムネイルを見つけます。
コピペの元ネタ、ORANGE RANGE「SUSHI食べたい」のMVです。
ひたすら寿司が食べたいことを歌い続けるこの歌詞と、AC部の異常すぎる映像(ネット界隈では「電子ドラッグ」とまで形容されていました)で、ORANGE RANGEは一躍再注目をあびました。
ORANGE RANGEは小学生のころ、「ロコローション」〜「おしゃれ番長」あたりまではよく聴いていたので、AC部がきっかけのまさかの再会にも驚きました。
当たり前のように毎日聴きまくったし、ぜひ生でSUSHIコール(?)がしたくて、リリースと同じ2015年のRADIO CRAZYで観れるのを楽しみにしていたのですが、入場規制がかかって観られませんでした… 広場のモニターで、同じくSUSHIを食べ損ねた人たち大勢で一緒に観たのを覚えています。
ヤ○イ
「SUSHI食べたい」も「THERAPY」と同じ危険な中毒性がありましたが、それよりもハマってしまったAC部作品があります。2015年に公開していたスーパー・西友のCMシリーズ、「未来は、ヤ○イ。」です。
YouTube公式チャンネルでの全編公開も終わってしまったのですが、どれもAC部ならではの独創的すぎるストーリー展開でほんとうに面白かった… 縄文式買い物かごから弥生式買い物かごへのリノベーションで、買い物疲れ30%軽減(「ヤヨイ」編)とか、どんな発想をしたら思いつくんでしょうか。
個人的には「ヤセイ」編が好きです。オブジェの野生化(ドウブティーン)… 絶妙な語感…!
このシリーズが好きすぎて、あとこれまでのAC部の作品を観て彼らの異様さにはすっかり慣れてしまっていたので、当時は大学の友人みんなにこれを観せまわっていました。みんな専攻のおかげか、この異様さにも理解があった… 突然の布教も受け入れてくれた友人たちに感謝です。
イルカくん
group_inouのグッズでも、いちばん人気はやはり「THERAPY」のあのイルカ、イルカのイルカくんモチーフです。タオルやラバスト、セラピーボール(ストレス解消用の柔らかいボール)など… かなり多くのグッズが出ていました。
人気はこれだけではおさまらず、「イルカのイルカくん」として、group_inouからも独立した個人活動をおこなっています。
LINEスタンプまで出ています。もちろん愛用しています。
Twitterの個人アカウントまで持っています。フォローするとフォロバしてくれます。やさしい…
たまに本業のセラピスト活動として、悩み相談などもしてくれていることがあります。生活にちょっと疲れてきた人、ぜひフォローしてみてください。
ついにはソフビになって、ガチャガチャにもなりました。サムネイル画像に使っているのは手元にある[シャチブラック]カラーです。もはやシャチって言ってしまってるやん…
また、今年に入ってからではありますが、山手線などJR東日本主要各線での車内広告として、警視庁コラボで忘れ物啓発キャラクターにも抜擢されています。
YouTube公開の際についているBGMは、group_inouのimaiさん担当です。
ここまで幅広い活躍をしているので、友達のなかにも「group_inouはわからないけれど、このイルカは見たことがある」という子もいました。
その友達の1人とキュウソネコカミのライブに行ったとき、開演前SEに「THERAPY」がかかっていて(この2組はツーマンライブ「イルカくんとネズミくん」を開催するなど親交がありました)、それとイルカくんをきっかけにgroup_inouを布教。見事にハマってくれて、活動休止前最後のワンマンツアーに一緒に行ったことがあります。イルカくんグッズももちろんたくさん手に入れました。ほんとうに行けてよかった!
BBNM
group_inouの活動休止後から、約1年。
その間に、わたしはあらゆる場でイルカくんスタンプを愛用し、周りの友達に面白がられたり、若干嫌がられたりしていました。イルカくんのおかげで、あの絵柄の知名度は(わたしの周りでは)高まっていましたが、まだ「AC部」としての知名度はまだまだな時期でした。この状況が、あるアニメで一気に変わります。
2018年冬クールで放送された「ポプテピピック」です。
このなかの永遠の"新コーナー"、「ボブネミミッミ」をAC部が担当したことによって、ついに広く世間にも「AC部」の名が轟くようになります。
「感動ドキュメンタリー ヘルシェイク矢野」で高速紙芝居が観れたときには、AC部ファンとして感動しました…!
実際、この放送の反響から「ヘルシェイク矢野」が一躍人気キャラクターとなり、ついにはTwitterの単独アカウントを持つまでになりました。
AC部20周年公演『AC EXPO'85 -映像・音楽と紙芝居技術の進歩-』にて公開された特別版がYouTubeのAC部公式チャンネルにて公開されています。太っ腹!
ポプテピピックは、事前の盛り上がり(「キングレコードの勘違い」でワンクール放送延期など)は知っていたのですが、アニメを観る習慣がないこともあって初回は未見でした。しかし、初回放送後に「ボブネミミッミ」という謎の単語がTwitterでトレンド入りしていることは目にしていました。
ボブネミミッミって何…?
と思っていると、友達からLINEが届きました。
「あの変な作画、イルカくんスタンプの人ちゃうん?」
AC部、ついにオタクに見つかってしまったのか!!!!!!!
(そして友達もすぐ、わたしの好きなものと認知してくれている嬉しさ!!!)
ボブネミミッミももちろん毎回最高で、好きすぎてアニメDVD3巻(全話のボブネミミッミパートだけ集めた「ボブネミミッミ集」が収録)も購入するほどなのですが、何よりこれがきっかけでAC部の知名度が跳ね上がるように上がったのがなにより嬉しかったです。時代がついに、AC部に追いついてきたんだと思いました。
ボブネミミッミ、実際に反響が凄すぎて「BBNM」という公式グッズショップまでできてしまいました。時代、追いついてるわ…
それぞれの今
2016年いっぱいで活動休止宣言をしていたgroup_inouですが、先ほどの高速紙芝居『AC EXPO'85 -映像・音楽と紙芝居技術の進歩-』への出演で、一回限りの復活を果たしました。group_inouとAC部の密な関係がうかがえます。
さらに、2020年9月に開催予定だった『BAYCAMP 2020』の出演も予定されていました。惜しくも開催中止になってしまいましたが…
ほかにも、昨年末には全曲サブスク解禁、イルカくん誕生10周年(すごい)を記念して、きっかけになった代表曲「THERAPY」のリミックスコンテストなど、少しずつ動きが始まっています。また2人のパフォーマンスが観られる日も近いかもしれません。
AC部は、「ボブネミミッミ」以降はその関連の活動のほか、大学での公演やCM制作などあらゆる分野でひっぱりだこです。直近のMV制作だと、クリープハイプ「愛す」が有名でしょうか。
NHK『みんなのうた』にも起用された(やばい)「おばけでいいからはやくきて」も名曲ですが、こちらのほうが情報量が多くて好みです。クリープの切ない楽曲とAC部のアクの強すぎる作風、こんな風にマッチングできるんだ……
「音楽を聴くこと」自体はもう物心ついた以来の趣味ですが、映像、しかもアーティストのパフォーマンスではない「ミュージックビデオ」がきっかけでハマったアーティストや映像作家がいるというのが、なんだかこの2010年代に青春時代を過ごせたからならではの経験のような気がしています。
そういえば、最近はサブスクの登場で新しい音楽を聴くことにYouTubeを使うことがめっきりなくなり、また音楽を「観る」こともあまりなくなってきています。また時間があるうちに、ゆっくりYouTube探検でもしておきたいなあ。