ヴァンパイアの暮らし方
昨年末に頼んだ蟹を解凍した。
思えば、もうかれこれ何年も蟹を食べていなかったので、「焼き蟹とー、蟹鍋とー、あとはどうしようかなー」といった調子で、ワクワクしながらメニューをひとしきり考えた。
久しぶりに蟹と対面して、改めてこの地球外生命体のような見た目にもグッとくる。
蟹かっこいい。
焼いたホクホクの蟹をゆっくりと味わい、蟹鍋と締めに蟹雑炊をして、予定通りの蟹フルコースを美味しく頂いた。
そして、幸せで満たされた30分後、私は見事にお腹を下したのだった。
おそらく何年も食べていなかった成分に、身体がびっくりしてついて来ないのだろう。
「な、なんだこれは!?知らない食べ物が入って来たぞ!危険だ!早く出せー!!」と、体内でサイレンが鳴り響いている。
宿主は大丈夫だと言っているのに、働く内臓が言うことを聞かない。
たぶん自分という存在は、概念ではなく物理的な生命として考えた時、主導権は身体にあるのだろう。
こうしてせっかくの蟹は、私に吸収されず私になることを拒み、瞬時に体外へ旅立った。
サヨナラ蟹。
自分はこうしたいのに身体が拒否反応を示すということが他にもある。
それは生命の源「太陽」だ。
私には"光線過敏症"という太陽光を浴びるとアレルギー反応が出てしまう持病がある。
これによって思うように太陽を浴びることができない。
晴れた日に散歩したいなと思っても、春夏秋冬、外に出る時は日傘を差し、できるだけ日陰を歩いて、夏場も基本長袖だ。
電車に乗る時は、どちらの窓側なら日を浴びないかを確認して乗り、車を運転する時はマスクをして手袋をする。
つまり、ヴァンパイアの暮らし方だ。
おのずとヴァンパイアが好きになって、映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』は何度も観たし、吸血鬼が主人公の漫画『HELLSING』も大好きだ。
どんな作品でも基本的に、ヴァンパイアは太陽を避けて夜に行動するけれど、"ヴァンパイアもどき"の私はそうはいかない。
日中に出かけたり仕事をするのだから、直射日光を避けながら暮らすしかないのだ。
それでも、雨よりもやっぱり晴れてくれた方が嬉しい。けれど、身体としては雨の方が嬉しい。
そうして心と身体が分離したみたいになって、いつからか間を取った曇りの日を「私の日」と呼ぶようになった。
光線過敏症は未だに根治療法はなく、患者数も数万人に一人だと聞いた。
実際、同じ症状の人に会ったことはないし、もし出会えてお茶でもできたなら、「マジわかるー太陽系出たいよねー」というギャルノリの会話がしたい。
鬼滅の刃で鬼となった禰󠄀豆子が太陽を克服するシーンがあった。
正直、うらやましい。
私も太陽を何も考えず浴びたい。
散歩をしたい。
高原でハイキングしたい。
登山とかしてみたい。
雄大な景色を眺めて「ヤッホー」したい。
でも、ヴァンパイアもどきの身体も嫌いではない。
矛盾、曇り。
空を見ると久しぶりに厚曇りだ。
今日は「私の日」である。