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初夢のはなし

大晦日は終わり、新年の午前三時。静かに降っている雪が音を消している。世間も家族もほぼ寝静まり、起きているのはダラダラと酒を飲んでいる赤鬼と親戚のおじさんだけだ。身体の赤さは酒でより強くなっている。角の付け根もかゆい。独特の目つきと感性でスルスルと生きているおじさんは、おれはファミコンのプロだ等と言いながら柿の種をかじる。フエ無しで姫を助けるべく、奮闘しながら兄弟を操っている。

古い実家はかなり寒いが、石油ストーブのおかげで部屋では薄着でも快適だ。加湿用に金ダライで沸かしている湯で、熱燗を無限に作っている。

天然パーマのおじさんと、やや人間味が薄いおばさんには一人娘がいる。歳は知らないし、10年以上は会っていない。おじさん譲りの天然パーマで、ものすごく動き回り、笑いかたが少し変だった。最後に別れたときは、元気に握手をしてくれた。今日は初詣で友達と遊んでいるらしい。若者よ。甘酒にしておくのだ。

「赤鬼っていうのはさぁ、儲かるの?」

唐突におじさんが言う。

「えー…食えてはいますけどね。」

嘘だ。

「ふぅん…赤鬼なぁ…おれはやらないかなぁ。」

そうでしょうとも。煮立つタライからは湯気が上がっている。おじさんはストーブのつまみを回し、火を弱くした。赤鬼はクリムトの接吻カバーを付けている携帯でツイッターを見る。尖った爪で操作するのも慣れた。しかし、新年からやいのやいのうるさくしている人もいる。少し角が伸びる。

「携帯ばっか見てるなぁ赤鬼よ。たまには忘れろ。」

はい、そのとおりです。



パックンフラワーの国も終盤に差し掛かった頃、背後から

「あれ、〇〇さんか。あけましておめでとう。」

と赤鬼の本名を呼ばれ驚く。最近は赤鬼としか呼ばれていない。ワールド攻略に集中していたおじさんと同時に振り向くと、緑色の手術着を着た女性…女の子が立っていた。何?誰?スターの無敵時間切れになった赤色の兄が、ブラックパックンの足場で死亡する。

「!?…お、おめでとうごジマス…。」

「帰ったのか。おめでとう…風呂上がりか?」

あ、おじさんの娘さんか。顔つきにはあの頃の面影はあるが、天然パーマではない。高校生くらいだろうか。おじさんと同じ目をしているが、より強くまっすぐである。そして…確かに何その格好。手術着はところどころ肌に貼り付いてうっすら透けており、華奢な身体のラインが浮かぶ。目のやり場に困る。汗ばんでいるらしい。

なんでも初詣のあと、みんなで「甘酒を!!」飲んでいると意識が混濁し、気がつけば2個上の先輩であるところの医者のバカ息子にホテルへ連れ込またらしく、勝手に手術着に着替えさせられている最中だった。清く正しい変態だ。しかし密室PARTYオペが始まる直前、彼の胸部へマッパハンチ(↓↘→ + P)と、鼠径部とジョイスティックへのストンピング(掴み → 弱K連打)を行い、逃げ出してきたらしい。すげぇなおい。鬼かよ。

「なんだよ、迎えに行ったのに。」
「おとうさん絶対飲んでるだろうし、急いでたから。」

どうも財布と携帯だけを持ち、手術着のままで走って帰ってきたらしい。ホテルからの距離もそれなりだ。総合判定でなくともどえらい話だと思うが、二人は事も無げに会話している。そういう軽さの出来事なんだろうか。地元もマッドシティになってしまったのか?

風呂に入るという彼女と、タライに水を足すおじさん。
遠く聞こえるシャワーの音を聞きつつ、パックンフラワーの国の王を救出する。



桃色の姫を助けた直後に、両親とおばさんが起きてきて、これから赤鬼を駅へ送るという。あぁ、明日は仕事だったな。

彼女も同じ時間帯の、赤鬼とは別の汽車に乗って帰るということで、皆で実家を出る。新年特有のワクワク感からか、彼女は薄ら笑いで雪を蹴っている。外はまだ暗く冷え込んでいる。心もとない街灯が道路沿いに点在しており、その足元を照らしている。雪はすでに止んでいるみたいだ。



赤鬼の身体には狭い軽自動車で揺られ、一時間ほどで駅に着いた。まだまだ暗い。優しいオレンジ色のライトに照らされた構内には、まばらに人がいる。食堂併設で駄菓子屋のような広い売店は夜通し開いているみたいだ。正月だからかな。売店を切り盛りしている優しげなおばちゃんが、店内にいる人々に甘酒を振る舞っている。ここにはそれなりに人がいて、皆それぞれ食事やお酒を楽しみながら、にこやかに談笑しているが、赤鬼を視界に入れると目をそらす。そうでしょうとも。

両親とおじさんおばさんは「ほいじゃ、今年もよろしく。」と言い残し、さっさと帰っていった。無言で見送る。なんだか薄情だけど、そのくらいの距離感はちょうど良く、ありがたい。ただ彼女と二人、少し時間を持て余しそうだ。何を話したらいいのか。

これから汽車と新幹線(やまびこ)に長時間揺られるので、お茶とくるみパン、お漬物、ワイフへの土産でくるみゆべしを買う。おばちゃんは「あぁ、忙しい忙しい。忙しいからね、ちょっとあなた、お会計をお願いねぇ。」と上品に、かつ有無を言わさぬ動きで、彼女へ勘定を丸投げする。それはどうなんだ。彼女は釈然としない顔でウェーと言いながら、大きく古く、艶のある木の机で、乾電池式の古い電卓を操る。机の端の小さな鏡餅が電卓の振動で揺れる。

財布から小銭を出すが、見たことのない大小の古銭がたくさん出てきた。今年から古銭も普通のお金と同じように使えるからねぇ、いいよねぇ、とおばちゃんが言う。どれがいくらかわからないので、釣りはいらねぇぜ、と500円玉2枚を渡す。ウェー…と受け取る彼女は高校の制服を着ている。…大きくなったなぁ。こういうとき、おがったなぁ、と言うんだろうな。

「ウェー…と…あと80円足りないですね。」

と言われ、慌ててまた小銭を探した。



ストーブが暖かい待合室で2人並んで座り、漬物を食べる。思ったより美味しくないが、会話が減るのでよし。いたたまれず、頻繁にツイッターを見る。大暴れしている人らがいて、角が少し伸びる。彼女は角が伸びたのに気付いたようだ。独特な目で、じっと見ている。視線には気付かないふりをした。

外はまだ暗い。地元からこの駅へは一車線だが、ここからは大きい駅とは別方向に、もっと内陸へ向かうローカル線が出ている。もうすぐそちらへ向かう汽車が来て彼女はこれに乗り、ここから4駅離れた最寄り駅からさらにかなり歩いて自分のアパートへ帰るのだという。寒くないはずがない。

お年玉だよ、とタクシー代を渡す。

「ありがとうございます。お米とハムを買います。」

タクシーに乗って欲しいんだけどな…。



窓から見えるほの暗い雪原の向こうに、ライトが見えた。汽車がやってきたようだ。木造のホームに出、気を付けて帰るのよ、タクシー乗るのよ、と声をかける。また走って帰りますよ、と彼女。決められた予定なのか。緑のラインが入った汽車が蒸気を吐き停車すると同時に、彼女は赤鬼に振り返り、手を差し出した。別れの握手か。爪で傷つけないように、差し出された手を握る。

その瞬間、太陽光が射した。初日の出だ。

黄金色の光は雪原、遠くの木々と山々、駅のホーム、そして彼女の右半身を照らした。あぁ、これはクリムトの色だ。

あの頃より大きくなった、それでも赤鬼よりもかなり小さな手は、滑らかで冷たい。黄金色も相まった美しい笑顔で赤鬼を見ている。独特な目で強くまっすぐなこの目を知っている。絶対に楽しく人生を生きていく、その覚悟がある生き物の目。そこにはなんの問題も存在しない。そうしていくと決めているのだ。だから緑色の手術着を着せられたとしても、事も無げでいられる。赤鬼にもならない。なる必要がないのだ。

それにひきかえ。

思わず目をそらす。彼女は赤鬼の心の内を見透かしたようにヒヒヒ!と笑い、そして、

「今度はお酒を飲みましょう。『〇〇さん』、お元気で。」

また本名を呼ばれた赤鬼は驚いて顔を上げ、彼女の顔を見る。屈託のない笑顔に変わっていた。角が爪が、身体が戻っていくのがわかる。

「あーうん、あの…また…元気で。あの、ありがとう。」

そう応えることしかできなかった。
ヒヒヒ!笑い声だけは、昔と変わらない。
彼女は小さな手を軽く振り、汽車のトビラ開閉ボタンを操作し、乗り込んで、操作し、扉を閉めた。再び手を振る姿は、まだ黄金色だった。

残された赤鬼は、腹の出た、ただの中年の姿に戻った。



風景からは黄金色が失われていき、一帯はすでに白くなっている。空は高く青い。もう米粒くらいに見える汽車に揺られる彼女は、きっと今日や明日、今年と来年、さらに先の予定を立てているのだろう。赤鬼から元に戻れなくなっていた中年の事などはすでに忘れて。

いや…「今度は」か。そうか。

ホームには、まばらに人が出てきている。爪の引っ込んだ手で、クリムトの携帯を見る。ツイッターは、眠っているように穏やかだ。時間を見る。もうすぐ来る汽車に乗らなければならない。

雪原と空の拡がりに目をやる。あぁ、自分でなんとかしないとだなぁ。そうでないとまた彼女の厄介になってしまう。黄金色の彼女は、こんなことを厄介だとは微塵も思わないのだろうけど。

数年後、十数年後、「腹の出ているただの中年と再会する予定がある」彼女と飲むお酒は、一体何にすべきか、と考えたが、すぐに止めた。まず人でいなければならない。酒の銘柄は二の次だ。…浜千鳥かな…いやいや。

はるか遠くから、4両だての汽車がやってくるのが見えてきた。

あれ、人の乗車料金っていくらだったっけな。

あけましておめでとうございました。
今年もよろしくおねがいします。

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