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生き方と同じくらい死に方も大事

はじめに

 医局を離れて市中病院に来て驚いたことはいろいろあります。その中の一つが、患者さんがどんどん亡くなっていくことです。これは、入院する患者さんに高齢者がとても多いことが理由です。

大学病院とは、基本的に患者さんを死なせてはいけない病院です。特に私が働いていた腎臓内科は、腎臓が退廃しても透析でしのげる、悪性腫瘍を扱うことがほとんどないこともあり患者さんが亡くなったのは数えるほどでした。


市中病院では、いくら急性期病院といえど、老人の誤嚥性肺炎などのほぼ老衰といえるようなものも受け入れざるを得ません。言うまでもなく、医者も寿命には抗えません。どうしても救えない患者さんが出てきてしまうのです。

多くの人が死のことを深く考えていない

そのような環境ですので、例えば入院の際に状態が改善しない可能性が高い場合は、ご本人 (多くはしゃべることすらできないが。。)やご家族に、最期をどのように迎えたいかを問いかけます。

驚いたのは、多くの方が「今まで全く考えたことがない」と仰るのです。それでは今から考えてくださいね、と言えればいいのですが、あまりにも考えることが多すぎます。病院で心臓マッサージや人工呼吸器の使用などの延命処置について問いますが、それは決めなければならないことのほんの一部なのです。

結局のところ、入院してから最期のことをどうしよう、などと考えるのはほぼ不可能と言えます。そして、なし崩し的に食事が摂取できないので中心静脈栄養を行うとか、胃ろうを造るとか、そういう事だけ決めて終わりになってしまうのです。

日本人の特性?

上記の記事はとても良い記事だと思います。やっぱり日本人って死について考えること自体をタブーととらえている節があるように感じます。自分も偉そうにこんな記事を書いていますが、友人や家族と死について真剣に話し合ったことは殆どありません。

今後、というかもうすでにそうなのかもしれませんが、日本はどんどんと人が亡くなっていく国になります。今のまま、最期について考えない人が多いままだと、医療にとっては物凄い負担となるでしょう。

最期に病院で死ぬことすらできず、病院でないどこかで孤独死する人が大量発生するなんて恐ろしいことが現実になるかもしれません。

アドバンス・ケア・プランニング (ACP)

厚生労働省も、この現状をよく理解しているのでしょう。アドバンス・ケア・プランニングという言葉をご存じでしょうか?「人生会議」という愛称で現在厚生労働省が普及活動を行っています。

アドバンス・ケア・プランニングとは、あなたの大切にしていることや望み、どのような医療やケアを望んでいるかについて、自ら考え、また、あなたの信頼する人たちと話し合うことを言います。

https://www.med.kobe-u.ac.jp/jinsei/about/index.html

このアドバンス・ケア・プランニングという言葉、私は恥ずかしいことです
が結構最近知りました。私が無知なだけ、ということもあるのでしょうが、患者さんに聞いてもほとんど知らないところを見ると、単純に普及していないものと思われます。

さいごに

 医局を離れて何をやりたいのか今でも模索中です。その中の一つに、患者さんに悔いのない最期を迎えていただきたい、というものがあります。アドバンス・ケア・プランニングの普及など、最期をできるだけ苦痛の無いようにに迎えることができるよう、自分の力をささげたいと思うのです。


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