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vägnar とゲルマン語における "WAY" の文法化

最終更新:2021/6/9 (アイスランド語の例 alveg, hversu 追記)

 今日はスウェーデン語の vägnar という単語について調べた結果と、 väg と同根の「道」を表わす単語がゲルマン語でどのような機能を持つことがあるかについてまとめました。

vägnar とは?

 å/på [所有格] vägnar <~の名/負担で、~を代表して>の形で固定的に使われます。Svensk Ordbokの例文を挙げておきます。

han fram­förde gratulationer å systerns vägnar (私訳:彼は姉/妹に代わって祝辞を述べた)

 大学書林の単語帳『スウェーデン語基礎1500語』には入っていませんが、ニュースなどにも時折登場する印象です。コーパスPAROLEで調べてみるとヒット数93でした。

vägnarの由来

 古スウェーデン語では väghna です。これは名詞 vägher <道, sv. väg>の複数属格です。 vägher は a-幹名詞で複数属格は通常 vägha が期待されますが、n-幹名詞からの類推なのでしょうか、語幹と曲用語尾の間に -n- が挿入されることがあります。aldra väghna <全てにわたって>など、前置詞を伴わない副詞的用法が見られます。

Vi hafuom vmgangit alla väghna ok finnom ey ihesum. (私訳:我々は至る所を歩き回ったがイエス・キリストを見つけられない)
[Nicodemi evangelium A]

 一方、現在の用法は中低ドイツ語 van ênes wegene の(現在の標準ドイツ語 von G. wegen = wegen G. <~のために>に対応)による影響(この場合名詞は複数与格; von は与格支配の前置詞)も大きいでしょう。

 語尾の -r については複数形 -ar からの類推とするのが妥当そうです。

"WAY" の文法化

 日本語に「どのみち」という副詞がありますが、この「みち」は本来の物理的な事物「道路」ではなく、英語でいう case <場合> などの意味ですね。これは原義の強度が弱まる意味の漂白化 semantisk blekning の一種です。意味の漂白化は文法化 grammatikalisering (内容語が機能語に変わる言語変化)の一つの特徴で、他には脱範疇化(元々の語のパラダイムに従って屈折していたのが消失する)や音韻縮約(発音が弱くなる)などがその特徴として挙げられることが多いようです。

 話を vägnar に戻すと、å/på [所有格] vägnar  väg の原義 <道>はこれに影響を与えたドイツ語の wegen と同様に失われていますね。また、 vägnar 以外の屈折形になることもありません。 wegen と同じく文法化の一例と言えるのではないでしょうか。

 ちなみにスウェーデン語以外のノルド諸語にも同様の単語が存在します。例:デンマーク語 vegne, ノルウェー語 vegne, アイスランド語 vegna, フェロー語 vegna. 
 ※デンマーク/ノルウェー語の vegne はスウェーデン語の用法 å/på [所有格] vägnar に対応する用法以外に alle/ingen vegne などの前置詞を伴わない形でも使用します。アイスランド語とフェロー語の vegna は <~のため> という意味の前置詞として用いられます。

 さて、以下では、一部のゲルマン語における "WAY"(英語の way の各言語における対応物という意味でこの表現をしています)に絞って上記以外の文法化の具体例を見ていきたいと思います。(※文法化かどうか微妙なものも語形変化や転義自体が興味深いものを含めました)

例) ドイツ語 Weg

wegen <~のために> :文法化が進んで与格支配が増えています

weg <離れて> :分離動詞の前綴りとしても使用されます
 ※スウェーデン語の väck <なくなって、消え失せて> はこの借用です

例) 英語 way

always <いつも> (ME alles weis, alle wais):属格に由来します

away <離れて> (OE on veg):前置詞 on + 対格に由来します
 ※スウェーデン語の iväg <離れて> に対応します

the way <~のように>:分かち書きはしていますがほぼ接続詞と化しています

例) オランダ語 weg

vanwege <~のために、~に代わって> 前置詞 + 単数与格に由来します

wegens <~のために> ドイツ語の wegen と同じく与格複数に由来しますが、さらに副詞を示すのによく用いられる接尾辞 -s (これも本来は名詞の属格語尾に由来します)が付加されています

-weg <[方法を示す副詞接尾辞]>:例として verreweg <はるかに>, gaandeweg <徐々に>などがあります

例) アイスランド語 vegur

alveg <いつも>:英語の allways に似ていますね
 ※スウェーデン語でも allväg/allvägs という副詞が廃用ですがSAOBに載っています。最後の使用例は17世紀のようです。

hvernig <どのように> (etym. hvern veg):-ig に残っています

þannig <そのように> (etym. þann veg)

einnig <同様に> (etym. einn veg)

þangað <そちらへ> (etym. *þann veg at):-g- に残っています
 ※スウェーデン語でも tingat という副詞が廃用ですがSAOBに載っています。最後の使用例は18世紀のようです。

hingað <ここへ> (etym. *hinn veg at)

hversu <どれぐらい> (etym. *hvers veg, *hvers vagar)
 ※Nynorskのkorsoと対応します

þegar <~するとき> (etym. *þar vegar)

hinum megin <反対側で> (etym. *hinum vegum)

まとめ

 スウェーデン語の vägnar は決まった形でしか使われない特殊な単語で、väg <道> の複数属格/与格に由来しています。『』という単語はその語義の基礎性からか、多くの言語で原義を弱めて『場合』や『方法』や『理由』や『離脱』などを示す文法的機能を獲得することがあります(文法化)。その具体例を一部のゲルマン語内で調べてみました。

参考

スウェーデン語

Svenska Akademiens Ordbok

Svensk Ordbok

古スウェーデン語

Altschwedische Grammatik (Noreen)

Ordbok Öfver svenska medeltids-språket (Söderwall)

オランダ語

Etymologisch Woordenboek van het Nederlands

英語

Oxford English Dictionary

アイスランド語

Íslensk orðsifjabók

デンマーク語

Den Danske Ordbog

Ordbog over det danske Sprog

ノルウェー語

Det Norske Akademiens Ordbok

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