無事1日を終えた。

今日は朝早く起きて試験の復習する予定だったのに、妙に夢見は悪いわ、謎に真夜中に洗濯機が動き出すわで全然朝起きれなくて結局10時ぐらいにフトを出ました。
洗濯機は多分洗浄モードにしてたのを忘れてたっぽい。洗濯槽つけおきしてくれんのはいいんだけど突然夜中2時に動き出すのやめてくれ普通にビビるから。

試験に関してはまぁ無理矢理にでも空欄全部埋められたからよかったかな、って・・・今年は身体的に無理できないし記念受験のつもりで受けたから手応えはなくても構わないんだけど、まぁ普通に落ちただろうな〜という感じ。けどちゃんと勉強すれば独学でもいけそうな感じだったから来年はちゃんと頑張ろうね〜という気持ちでした。むしろ今年受かったら試験の難易度を疑ってしまう。
資格試験関係は私の精神の核をなす部分だから休職中とはいえ落ちる前提で受けるのはちょっと抵抗があったけどまぁ全く受けないよりマシでしょの気持ち。ここらへんで自分の認知の成長を感じられたらな〜という淡い期待。
けどやっぱり普通に自己嫌悪は絶賛来てますね。とりあえず昼飲むの忘れてた薬を飲んで経過を見ます。最近こなくなってた頭痛もきてるしなんだかな〜一進一退だなぁ。よくなってきてる感じはするんだけどね。

そういや夜と霧読み終えました。
正直心理学に関する部分は難しくてわからん!日本語訳してあるはずなのに全然日本語と認識できん!難しい!作者の経験した部分の事象については読みやすいんだけどそれを心理学的に分析している部分に関しては一切理解ができん!
と思いつつも一旦一度読み下すことが大事だと思って最後まで読みました。とりあえず追い詰められた人間や、その大きすぎる苦悩から一気に解放された人間がどういう行動に出るかという具体的な例を知ることができたので面白かったなという感じです。
作者の目線はなんだか私が管理者養成学校に入れられていた時と似ているな〜という印象。管理者養成学校と強制収容所では天と地ほどの差があるけれども、どちらも否応なしに閉じ込められて無意味な労働や習慣を課せられた上で、ただその場に順応している者や自分を客観的な目線で少し上から分析している・・・みたいな。私が管理者養成学校にいた時もそんな感じだった気がするから。管理者養成学校での、理不尽で無意味としか思えない命令ばかりを突きつけられ、それらをこなさないと解放できないという状況はどちらかというと宗教的な洗脳の方が近いと思うから完全に一緒だとは思わないけど。たった5日ほどではあるけれどそこで様子のおかしくなっていく人々を見ながら、指導員に従順なふりをし無理矢理自分も狂ったふりをする自分が、”ふり”ではなく本当に来るっていっているようになる感覚をどこか上から見下ろしている感覚があったから、文章構成の仕方がちょっと面白かったです。私もちゃんとあの時の自分を振り返って書き出してみようかな。あんな理知的な文章は書けないけど。
あーそれにはやっぱり知識も語彙力も足りない。そういうものは生まれ持った天性だけでは培えるものではないからやっぱり努力していかないとだね。頭良くなりてぇなぁ。


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