まーでもない、らーでもないエッセー: 星野博美『華南体感』に寄せて
『世界は五反田から始まった』を読んで深い感銘を受け、すぐさま星野博美の他の著作を何冊かネットで購入した。一番早く届いたのは写真集だった。
星野博美との出会い
星野博美を初めて知ったのは、ゲンロンカフェのイベント「星野博美×上田洋子「すべての道は五反田に通ず──町工場から見た戦争と戦後」【『世界は五反田から始まった』刊行記念】」のシラスの放送を通じてである。厳密に言えばそれ以前にも、ゲンロンβの連載記事の著者として名前は知っていたはずなのだが、電子書籍が苦手な私は読んでいなかった。タイトルだけ見て「ご当地本か」と誤った想像してしまい食指が動かなかったということもある。読了した今では、それ以外のタイトルはありえないと断言したいくらいなのだが。
イベントがいかに素晴らしいものであったかについては、番組に寄せた私のレビューのリンクを貼っておくので、そちらをお読みいただければ幸いである。
前置きはこれくらいにしよう。早く写真集の話がしたい。といっても、私は単に感想文を書きたいわけではない。私は、星野博美が写真に収めた中国に私の知っている中国を重ね合わせて、一つのエッセーを書いてみたい。あーでもないこーでもないとぐだぐだ書き連ねた、辛くもなく痺れもしないセンテンスの集積を、仮にエッセーと呼ぶとして。
もちろん、このエッセーを通じて写真集の素晴らしさを、そして星野博美という作家の面白さを伝えることができたなら、私にとってそれに勝る喜びはない。
『華南体感』
タイトルは文字の通りに受け取るのが良いのだろう。華南(中国南部)を「体」で「感じる」こと。頭ではなく、体で。
横長の本に収められた紙面いっぱいの写真のなかには、ときおり短い文章が挿入されている。星野博美自身の言葉もあるし、旅先で聞いた言葉も含まれているようだ。
この本に登場する最初の文章だ。あまりにも唐突で、ぶっきらぼうな問いかけ。おかしなことを訊くものだ。しかし、私はというと、表紙をめくってすぐにこの言葉に出会い、嬉しくなってしまった。なぜなら、それは私が中国を体感するとき、いつでも立ち戻ってくる言葉だったから。
ふつうに生活している分には、このような問いかけに出会うことはまずない。生きているに決まっているのだから。では、どうような状況であれば、このような問いかけがありうるだろうか。猛烈に生きているものを見たとき。溢れるバイタリティに触れたとき。そのようなとき、自分はまだ本当には生きていないのではないかという疑問が起こる。
中国を体感する、とはどういうことか。別に特別なことを言っているのではない。それは中国映画を観ることでも良いし、実際に中国旅行に行くことでも良い。あるいはこの『華南体感』の写真を眺めることでも良い。それで何か揺さぶられるような感じをもったことがあるなら、中国を体感したのだ。
私はこれらすべての意味で中国を体感してきた。友達もいる。だから、私はこの文章のなかで「中国は」とか「中国人は」といった大きな主語を遠慮なく使わせてもらう。そのような言葉を使うとき、私の頭のなかにはいつでもはっきりとした中国や中国人のイメージがある。
中国人は、圧倒的に、生きている。彼らのバイタリティの前では、自分はまだ本当には生きていないのではないかと思ってしまう。自分に欠けているものを彼らのなかに求めているだけだろうか。しかし、そんな反省そのものが陳腐に思えるような圧倒的な何かが、あの国にはある。
とはいえ、もう少し具体的に述べるべきだろう。この生きているという感覚、あるいは生きていないという感覚は、どこからくるのか。写真集のなかから、次のような言葉を引いてみる。
中国人にとって、生きることは食べることだ。食べることに関して中国人は容赦ない。食への貪欲さを彼らは隠そうともしない。
まず、男も女もよく食う。単純に、量を食う。そこに慎ましさという美徳は存在しない。中国料理は基本的に大皿で提供されるので、うかうかしていると私の分はなくなる。そこに譲り合いの精神は存在しない。彼らは食べるために生きている。これは逆説でもなんでもない。
中国映画を観ていると必ず、食べるシーンが現れる。水餃子、麺、その他名前のわからないもの。どれも美味そうに見える。それは記号としての食べ物ではない。「俺たちゃ貧乏だって食っちまう」。そう、中国人はなんでも食う。しかし、記号だけは食わない。
たとえば親が子に水餃子を茹でてあげるシーンがあるとする。そのときに描かれているのは、親子の温かい絆とかそんなものではない。水餃子を映画に撮ること、それが大事なのである。
あるいは、麺をすするシーン。中国人がそれをすると、もうそれだけで絵になる。たぶん中国においては、食べるシーンを撮るために俳優は必要ない。誰もが俳優のように完璧に食うだろうから。そういうシーンを見たとき、人間が「生きている」と感じる。まず食うこと。とにもかくにも食うこと。大量にがっつくこと。それができず、ちょっと多く食べ過ぎたり油っこいものを食べたりするとすぐに腹を壊してしまうような人間は、たぶん本当には生きていないのだ。
中華料理は中国人のプライドの大きな部分を占めている。といっても、ねじ曲がったプライドではない。彼らは中国料理が世界一であるとごく自然に思っている。それ以外の可能性など考えることさえできないようだ。あるとき、私は知り合いの中国人女性に向かって「やっぱり中華料理が世界一の料理だね」と言った。それは本心だったが、自分でも気づかないくらい微量のリップサービスが混入していたらしい。それを敏感に感じ取った彼女はムッとしてこう返したものだ。「まるでそうではないかのような言い方をするね」。
またあるとき、それは寒い朝だったのだが、私は彼女のために味噌汁を作ってあげた。ところが彼女は、「なんで朝からエスニック料理を食べさせられないといけないのか」と機嫌を損ねてしまった。エスニック・・・。なるほど「中華」とは世界の中心に咲く花のことなのだから、そこから見れば和食などドブ川の雑草のようなものかもしれない。いや、そこまでは彼女も言っていないのだが、とはいえ、せっかくの私の気遣いをそんなふうに無下にしなくても良いではないか。さすがに私も怒りが湧いてきた。が、「あなただって朝からトムヤムクンを食べたいとは思わないでしょ」と言われて、すんなり丸め込まれてしまった。一つ賢くなった気さえした。以来、私の辞書の中では「異文化理解」とは「味噌汁がエスニック料理であることを知ること」と定義されている。
生きることは、しかし、ずる賢く生きることでもある。
これは旅先で聞いた言葉だろうか。さらりと言ってのけているが、得をするためなら人を騙すこともあるということがそこには含意されている。星野博美も散々そう言う目に遭わされたに違いない。私も、奴らに騙された経験がある。しかしそれもなんだかすがすがしかった、などとは絶対に言わないつもりだ。本当に胸糞悪い詐欺師もいたからだ。しかし、それ以外について言えば、「騙す」ということにも才能の高低があって、なかには「よくこんな意地悪なことを考えついたな」と感心してしまった事例もある。「どうせ損するなら他人も道連れにする。とんでもない平等主義者たち」。本当に、とんでもない奴らだ。でも、ちゃんと理屈は通っている。
中国人が平等主義者であることは、中国が究極の個人主義社会であることと表裏をなしている。
上海に旅行に行ったときのこと。私は電車のチケットを買うために窓口に並んだ。しかし私の他に並ぶ人間などいなかったのだから、厳密に言えば「並ぶ」という行為自体が成立していなかった。この国には、列を作るとか順番待ちとかいう概念はないらしい。ただ窓口に殺到し、声の大きい人から勝ち抜けていくのである。「中国にいる私は、野良猫の縄張りのど真ん中にある日突然放されてしまった飼い猫だった」。私もその飼い猫のうちの一匹だったから、それがどんな気持ちだったかがよくわかる。私の場合は現地に友人がいたためになんとか助かったが、もし一人だったら、ひ弱な私はその場で野垂れ死んでいたかもしれない。
では、中国人は社会性を持たないのか。
「つとめる」という言い回しに注目したい。中国語でなんと言うのか知らないが、ここには中国人独特の社会性が表れているように思われる。父親は最初から父親であったわけではない。父親は、それをつとめることで初めて父親として存在することができる。最初から存在を与えられているお気楽な飼い猫とは、生きている世界が違う。大変な世界だが、そうやって回る世界もある。野良猫たちはそれぞれ自分の「つとめ」を果たすことで、社会の中に居場所を見つけていくのだ。
それは必ずしも殺伐とした光景を生み出すとは限らない。
中国では、相手の年齢や性別によって、見ず知らずの他人であっても「お兄さん」とか「おばさん」と気軽に呼びかける。そしてその呼び分けがけっこう細かい。私は中国語を話せるわけではないので厳密なことはわからないが(間違っていたらご指摘いただければ幸いである)、たとえば人に道を教えてもらったとしよう。そういう場合、別れ際には「谢谢」と言うのがふつうの礼儀だが、それだけだとそっけないので、しばしば「谢谢阿姨」(ありがとう、おばさん)と付け足したりする。おじさんであれば「谢谢叔叔」、お兄さんであれば「谢谢哥哥」である。
だからどうした、単なる文化の違いだろうと言われそうだが、私はこうした呼称の使い分けが、彼ら究極の個人主義者たちを社会のなかに有機的に結びつける重要な役割を果たしているのではないかと考えている。人は「叔叔」と呼びかけられることで、「ああ、自分は叔叔と呼びかけられる立場の人間になったのだな」と自覚する。そして、叔叔を「つとめる」ようになる。同じように、哥哥には哥哥の、阿姨には阿姨の「つとめ」がある。こうした習慣が、結果として、彼らにある種の社会的モラルを持たせる機能を果たしているのではないかと、私は推測するのである[i]。
このような私見の是非について、「中華料理は世界一」と言ったらムッとしていたあの女性=味噌汁はエスニック料理と私の辞書に書き込んだあの女性に恐る恐る伺ってみたところ、今度は、「たしかに!そうかもね!そうだ!そうに違いない!」と嬉しそうに同意してくれた。まったく、何に怒って何に喜ぶのか、よくわからない。
蛇足かもしれないが、このような習慣を持つ国では、エイジズムは育ちにくいのではないだろうか。日本におけるエイジズムの蔓延はこうした習慣の欠落に由来する、と言うのはさすがに言い過ぎであろうが、この国の人々の若さへこだわりはほとんど病的である。「若い」という言葉が褒め言葉のように使われるが、ある程度年を召して人生経験を積んでこられた人に対して「お若いですね」と言ってしまう神経が、私にはわからない。いつまでもお肌ツルツルでいようとする中年以降の人々の感覚も、よくわからない。もちろん、身体的に健康で若々しいのは良いことだと思うが、この国においてはエイジズムとルッキズムはかなり重なっていて、要するに老けて見えることを極端に恐れているのだ。そしてそれが精神へと再帰して、大人たちの小児的なメンタルを育んでいる。みんな、ふつうにおじさん・おばさんになろうよ、と言いたくなる。子供みたいな大人が、この国には多すぎる。
そう思ってこの写真集をまたざっと眺めてみたら、顔に皺の入ったおばあさんや頭が剥げかかったおじさんたちが、いい味を出しているではないか。たしかに元気そうで生命力をみなぎらせてはいるが、「お若いですね」などと言う気にはとてもならない。「若い」という言葉は若い人のためにとっておいて、若いなりの「つとめ」をさせれば良いのだ[ii]。
けれども、こんな偉そうなことを言う資格は、私にはない。私はそのことをよく知っている。
中国人と聞いて私が真っ先に思い浮かべるのは、あの何に怒り何に喜ぶのかよくわからない彼女のことである。彼女は中国人だった。つまり、彼女は生きていた。彼女はよく食べた。彼女はとびっきりの意地悪だった。彼女は私より年下だったが、私より大人だった。
私は日本人だった。生きていなかった。すぐ腹を壊した。いつも正しかった。子供だった。
またあおう。私はそれを口にするのをためらってきた。
「この言葉は祈りに似ている」。そう星野博美は書いている。なぜ祈りなのだろう。相手の無事を祈っているということなのか。それとも、たぶんもう再びは会えないと知っているからなのか。
祈りなら、試してみてもいいかもしれない。
再見。
いや、彼女に教えてもらった中国語の発音は、私には難しすぎた。
ここは潔く、カタコトの外国語で言ってしまおう。
ざいちえん。
追伸
この写真集は1996年に出版されている。巻末に置かれた著者紹介が、今読むと可笑しい。 「星野博美 大胆な行動と周到な観察を骨太な表現で再現する、期待の作家・写真家」。うん、私もこの作家は期待できると思う!
註
[i] もちろん、こうした呼び分けがちょっとしたトラブルを引き起こすケースもあるだろう。下に紹介する動画は、若い女性が「大姐」と呼ばれたときの反応を撮ったもの。日本語字幕では単に「お姉さん」と訳されているのでわかりにくいが、このくらいの年齢の女性に対して「大姐」はそぐわないということがわかる(もしくは相対的な年齢差が問題なのかもしれない)。またこの翻訳のズレ自体が、中国語においていかに呼称が細分化されているということの傍証でもある。
他にも、若い女性が「阿姨」と呼ばれたり、若い男性が「叔叔」と呼ばれたりするバージョンもあるので、興味のある方はチャンネル内を探してみてほしい。私はこのエッセーを書いてみて以来、どのような年齢の人に対してどのような呼称が使われているかを見るのが一つの趣味になっている。「小朋友」なんて素敵ではないか(「坊や」「お嬢ちゃん」の意味だが、直訳すると「小さな友達」!)。そして、ただ街中でだべっていた女子大生らしき人物が、「小朋友」から「姐姐」と呼び止められるや否や、本当に面倒見の良さそうな「姐姐」の顔つきに変わるのを発見したりすると、私はますます自分の仮説に満足するのである!
このチャンネルは、素人を相手にしたいわゆるドッキリもののチャンネルであり、この動画のようなおもしろ系・いたずら系もあれば、感動系も多い。「南京で日本人が道を尋ねたら」という内容の動画が一時期話題になったこともあるようだ。ドッキリは人の本性を露わにするものだが、この中国版ドッキリは、あなたの中国人に対するイメージを少し変えるかもしれない。
なお、チャンネル内のほぼ全ての動画に日本語字幕が対応しているので、語学の心配はいらない。英語字幕もデフォルトでついているが、日本語字幕の絶妙なカタコト感のなかに中国的な感覚が垣間見られる気がして、私はいつも日本語字幕で見ている(たぶんかなりマニアックな視点だとは思うが)。
[ii] 中国における呼称について調べていたところ、とても興味深い論文を見つけたので紹介しておく。論文といっても、中国の呼称をややこしいと感じている日本人に向けて書かれたような文章なので、わりとすらすら読めてしまうと思う。
劉柏林「中国の社交呼称について」『言語と文化』No.11所収、愛知大学語学教育研究室、2004年、35-50頁。
興味を惹かれた箇所をいくつか引用してみよう。
まず、少し長いが、中国を訪れた日本人に関するエピソードに触れた箇所。中国と日本における年齢の扱いの違いをよく表している。
次に、「同志」という言葉が歴史的・文化的に帯びている意味合いについて説明した箇所。なお、冒頭に出てくる「新中国」とは共産党が政権を取った後の中国のことを指している。
なるほど、「同志」という呼称はコスパが良かったわけだ。「志を同じくする」というとカッコイイが、その志の向かう先がコスパだったとは。やはり社会主義はコスパ主義だったのか(何を言っているのかわからない方は、本文冒頭にリンクを貼ったゲンロンカフェの星野博美回を見てほしい)。逆に言えば彼ら自身、中国の社交呼称の複雑さを厄介と感じているということでもあるだろう。
さらに続けて読んでいくと、次のような記述に出会う。
そういえば、中国映画には文革の話が頻繁に出てくるのだが、子供でも大人でもお互いに「同志」と呼び合うような場面をたしかによく目にする。それを見ていると、日本人の私でさえなんか古いなあと感じてしまう。しかしそれはもしかしたら意図的にそういう効果を狙ったものなのかもしれない。
ちなみに、「この十数年、『先生』という呼称は職業、性別、年齢を問わず、「同志」の代わりにも用いられるようになって」いるとのことである(44頁)。ただし、この論文は2004年に書かれたものなので、そこから20年近く経った今では状況はまた違ったものになっているかもしれない。
論文の紹介が思いの外長くなってしまったが、最後に一つだけ引用して、まとめのかわりとしよう。
これは、社交呼称の多くが親族呼称からの転用であるという事実とパラレルなものとして捉えられる現象であるが、このことは、私の仮説(細かい呼び分けが社会的モラルの醸成につながっているのではないかという仮説)に別方面から光を当てることになるだろう。つまり、中国における社会的モラルは家族道徳に基礎を置いているのであり、その意味では案外儒教的であるということである。
もちろん、以上のことは素人考えの域を出ないものであり、学術的なエビデンスなど存在しない。素人のごっこ遊びと思って適当に流していただけるとありがたい。