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【読書日記】金井真紀『日本に住んでる世界のひと』

金井真紀(2022):『日本に住んでる世界のひと』大和書房,239p.,1,600円.
 
私が最近よく観ているYouTubeチャンネルに「NO HATE TV」というのがある。C.R.A.C.(Counter-Racist Action Collectiveの略)の野間易通さんがノンフィクションライターの安田浩一さんと2人で毎週水曜日の夜にやっている番組。その2023年1月25日の会にゲスト出演したのが,本書の著者である金井真紀さん。本書は2022年11月の出版だが,まさに本書の出版記念でゲスト出演したという次第。

実は,私が他によく観ているYouTubeチャンネル「デモクラシータイムス」にも金井さんは出演したことがあり,その時は安田浩一さんと2人で書かれた『戦争とバスタオル』という著書の著者として2人で出演していたのだ。金井さんの著書は必ずご本人の手によるイラストがカラーで付けられているが,その暖かな人物画がまず魅力的で,ご本人も柔和そうでゆったりお話をされる方。しかし,この世の中のあり方には憤ることも多いようで,そういう時に訴える言葉は強くなる。そんなお人柄に惹かれ,本書から読んでみることにした。
本書はタイトル通り日本に住んでいる外国人,18組20人のお話を聞いたもの。YouTubeでお話を聞いている時には,「難民・移民フェス」などを主宰する人だから,さぞかし外国人のお友達が多いのだろうと思いきや,そうした関心を持ち始めてからそんなに長い時間は経っていないようで,本書に登場する人たちも元々知人や友人という人は少なく,大使館などの正規のルートだったり,人づてだったりと,初対面で本書のためのインタビューに応じてくれた人も多い。
冒頭から一人ひとり見ていこう。巻頭を飾るのは,北マケドニア出身の1986年生まれの男性。ギリシアとブルガリアに挟まれた国。音楽を生業にしていて,イタリアのボローニャに留学中に日本人女性と結婚し,東京へ。大道芸人として街中でチェロを演奏している。二人目はフィリピンから来た1967年生まれの女性。フィリピンは「世界最大の「労働力の輸出国」だ。」(p.21)と書かれているように,日本に出稼ぎにきたフィリピン人(特に女性)が多いのはよく知られたことである。この女性も1986年に19歳で来日し,日本で職を転々として稼いだお金はフィリピンに送金する人生。日本で結婚し,子どももできるが,子どもはフィリピンで産んで,その後も一人で来日し,母子離れて暮らす生活。現在はラブホテルの清掃業で労働組合活動をしている。
続いてモルディブから来た男性。生年は記されていないが来日して結婚して16年ということで,40歳前後かと思われる。後半は海面上昇等でいろいろと問題を抱える自国の話が中心。1946年日本で生まれたが中国籍の男性は横浜中華街で料理店を営む人で,金井さんが中国語を学んだ男性のお兄さん(当の中国語の先生は亡くなっている)。戦後の日本生まれということで,中国の話ではなく戦時期の家族の話と中華街の歴史が語られる。本国での国民党と共産党の争いが中華街にも持ち込まれたという。
1995年生まれの女性はカリブ海のバルバドス出身。金井さんの隣人の駐バルバドス大使から紹介され,山形まで会いに行く。女性は2020東京オリンピックでバルバドスのホストタウンになった山形県南陽市に臨時雇用されて山形県に住んでいるという。私はホストタウンの研究をしているが,こんなところでそんな情報に出会うとは。ともかく,この女性は日本語も含め,何ヶ国語も学んできて,さらに学んでいるという。後半はカリブ海の黒人奴隷の話も出てくる。学校教育で学ぶとのこと。大阪に恋人を残してきたこともあり,オリンピック終了後は大阪に住んでいるとのこと。1953年生まれのアルメニア出身の男性は,2010年に日本で初代アルメニア大使になったとのこと。取材対象を紹介してもらおうと大使館に行ったら,大使自ら取材に応じたとのこと。数学者として1987年に来日し,1991年からは日本在住。後半はアルメニアの歴史が語られる。旧ソ連に含まれていた国だが,オスマン帝国の時代,100年前に250万人のうち150万人が集団殺戮にあったという。
在日コリアンの集住地が川崎にあり,ひどいヘイトスピーチが行われていたことで,日本初のヘイトスピーチ規制条例ができたことでも知られる。そのヘイトクライムの対象ともなった「ふれあい館」で1927年生まれの韓国の女性にインタビューしている。戦後間もない1947年に来日したとのこと。ふれあい館は1988年に「日本語の読み書きが不自由だった在日1世の識字学級を長く続けてきた。」(p.72)施設だという。戦前戦後の朝鮮人の日本との往来については映画『スープとイデオロギー』などで,関西への朝鮮人の集住については少しずつ学んでいるが,川崎についてはよく知らなかった。本書では沿岸の重工業工場と多摩川河川敷の砂利拾いというのが挙げられていた。
アイスランド出身,1976年生まれ男性の話は面白い。アイスランドの人々は多言語を使い,他業種で活躍しているとのこと。それも国の人口が少ないことを補う工夫だという。大学院で来日し,日本で起業した人物。金井さんは長崎の教会でイタリアとスペインのキリスト者に話を聞いている。一人は現ローマ教皇の知人だったり,一人はフランシスコ・ザビエルの末裔だったり,なんだか壮大な物語を聴くことになりました。フフホト出身の若い女性にもインタビューしている。両親が遊牧民といういわゆるモンゴル人だが,国籍は中国で,いわゆる内モンゴル自治区の出身ということになる。日本に住むモンゴル人の間でも,モンゴル国か内モンゴルかで密かな対立があるという。
東ティモールは確か21世紀になって初めての独立国だったと思うが,その詳しい事情については,かなり悲惨な状況だと想像はできるもののほとんど知らなかった。本書に登場する男性のその悲惨な状況をくぐり抜けてきた経験を通して少しそのことを知ることができる。そして,本当に世界のいろんな地域で,さまざまな時代に同じような,些細なことで隣人同士が殺し合うことがあるんだなと唖然とするというか,とにかく言葉を失う。そしてそうした人でも,日本の地方で地元に馴染んでいくこともあるのだと,人間の強さと寛容さをも知ることができる。セネガルで1989年に生まれた男性は,友人から紹介されたとのこと。そもそもは,この本とは関係なく金井さんがセネガルへ行く予定だったところコロナによって中止になり,日本でセネガル人に会うことになったというのも面白い。そもそも金井さんがセネガルに関心を持ったのも,セネガルでは相撲が人気だということで,セネガル相撲についての解説がある。しかし,話を聞いた男性はサッカー選手ということで,この話もとても興味深い。いくらプロ級の選手であってもビザが取得できるか否かでその国でのプレーができるかどうかは分からないというのだ。
1972年生まれのミャンマーから来た女性にも話を聞いている。ミャンマーの貧困層の暮らしぶりが丁寧に語られる。フィリピンと同じように,お姉さんがブローカーにお金を払ってタイに出稼ぎに行くが,そこで出会った日本人旅行者と結婚し,日本で住むことになる。そして,この女性も1989年に日本に来た。やはりバブル絶頂期だ。現在,日本に来る外国人は,一部のビザ取得に問題がない人を除いて,あまりいい待遇ではないという話がとても多い。技能実習生はひどい労働環境下にあり,難民申請者は申請が通らず,入管と仮放免を繰り返す。仮放免でも労働はできず,支援がないと生きられない。ただ,バブルの頃,そしてバルブ崩壊後しばらくは,安価な労働者としてそうした外国人の訪日に対して強く取り締まられなかったという話も聞く。かといって,日本での生活が楽だったわけではないが,このミャンマー人女性も職を転々としながら日本での生活を続けてきた。その足跡が丁寧に語られている。
旧ソ連からもう一人,エストニアから来た1989年生まれの男性。牧師でレジスタンス運動に参加し,国会議員にもなって53歳で亡くなった父親の話を語る。エストニアは川崎市の人口よりも少ないというが,そういう国がロシアに組み込まれないようにIT産業に特化した政策を進めているとのこと。金井さんの俳句友達のパートナーがメキシコ人で,夫婦と金井さんとでメキシコ旅行をしたという。この方のお話も非常に興味深い。この女性の先祖はスペインからの移民。大航海時代にヨーロッパに発見された南北アメリカ大陸。スペインとポルトガルは植民地を分け合ったが,その後オランダが参入し,イギリスにフランス,次々と植民地獲得に乗り出す。さまざまなヨーロッパ列強の移民がこの地に移住してくる。もちろん,先住民との混血も進むが交わらないで何世代も引き継ぐ人たちもいる。その一方で言語は交じり合う。これこそがクレオールだ。
金井さんはこうした外国人との出会いを通して,近年は日本の入管に関する活動を行っている。現在開かれている国会でも入管法の改定案が出されると噂されているが,この法案は2021年に一度提出が見送られている。それは市民たちによる反対運動の成果だといわれている。その際にも金井さんは国会前の座り込みに参加しており,そこで出会ったのが難民申請中だというコンゴ民主共和国から来た1979年生まれの男性。ルワンダと接するコンゴ民主共和国(コンゴ共和国という別の国もある)の事情も複雑だ。この男性は母国で民主化運動に参加していたことから,家族が全員警察に殺害されたという。そんな状況でも彼の難民申請は日本で受理されていない。
1957年生まれのアメリカ人女性も登場する。アメリカ人の父と日本人の母はGHQ占領下の日本で出会い,米国に戻ったところでこの女性が生まれる。この女性は日本で日本人と結婚し,子どもも育てている。この女性の母親はずっと米国で暮らし,娘さんも米国で暮らしているという。米国と日本をめぐる三世代の女性の物語は興味深い。最後を飾るのは南アフリカ共和国出身のジェンベ奏者。ずーっと私はこの楽器をジャンベと呼んでいたが,アフリカでも微妙に呼び方が違うのだろうか。私が知っているのはセネガル出身の打楽器奏者だった。さて,南アフリカ共和国は言わずと知れたアパルトヘイトの国だが,白人主導でそこそこ経済成長の土台は作られていたのだろうか。最近ではBRICSの「S」として大国の仲間入りをしそうな国の仲間入りをしている。それはともかく,本書ではネルソン・マンデラの話も含め,その複雑な歴史が短くわかりやすいながら,その本質を突くような形で解説されている。やはり,本書は研究書ではなく,インタビューの対象も必死に人生を紡いできた市井の人々ということもあり,非常に説得的にその国の事情が語られ,読者として学ぶことが多い。金井さんの柔らかなイラストも魅力であり,他の著書も読んでいきたい。

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