『仁義なき戦い 代理戦争』…アウトロー映画の金字塔が一冊に! #4 シナリオ仁義なき戦い
巨匠・深作欣二によるヤクザ映画の金字塔『仁義なき戦い』。菅原文太をはじめ、松方弘樹、梅宮辰夫、渡瀬恒彦、田中邦衛など、戦後を代表する名優が一堂に会した本作は、今なお映画ファンを熱狂させています。『シナリオ仁義なき戦い』は、第一作目の『仁義なき戦い』から、続編の『仁義なき戦い 広島死闘篇』『仁義なき戦い 代理戦争』『仁義なき戦い 頂上作戦』まで、シナリオを完全収録した貴重な一冊。ファン垂涎の本書より、一部を抜粋してお届けします。
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1 広島市の繁華街
杉原文雄(村岡組長舎弟)、打本昇(同、打本組組長)、広能昌三の三人が歩いている。打本はプロレスラーの若松三郎を連れ、派手なダンディ姿。
杉原「(広能に)呉でくすぶってても詰まらんじゃないの。東京へ出てみんかい、のう、打本の兄弟なら向うでも顔が広いけん」
広能「まだ仮釈中ですけん、住居制限で呉から出られんのですよ」
打本「そう云や、昌ちゃんの放免祝いをまだしとらんじゃったの。プロレスの興行請けて花集めたらどうない(と若松に)こりゃアわしの弟分みたいにつき合うとる男じゃけん、お前等も体あけてやれいや」
若松「ハア、喜んで」
広能「じゃったら小屋当ってみますけん、宜しく頼みます」
サングラスの若い男が側を追い越して行きながら、
若い男「杉原のおじさん、今日は」
杉原「(気軽に)おう……(と見送って)どこのもんな、ありゃア?」
打本「そこらのボンクラじゃろう」
若い男、数歩先へ行ってかがみ込み、靴のヒモを締め直している。
杉原、側を通りながら顔を覗き込もうとする。その瞬間、拳銃ごと杉原に体当りする男。立て続けの鈍い銃声。よろめき逃れようとする杉原の背中にしがみつき、五発、射ち込む。
我に返った広能、男に飛びかかる。
振り放し逃げる男。
集まる通行人に遮られて見失う広能。
打本「おいッ、杉原ッ!!」
オロオロと杉原の死体にとり縋っている打本。
N「昭和三十五年四月、広島市最大の暴力団村岡組の杉原文雄が白昼の路上で射殺された。杉原は村岡組長の舎弟で、病気療養中の村岡に代わり、組の実権を掌握していた実力第一人者であった」
2 入院中の村岡常夫と一緒の杉原の写真
3 村岡組事務所内(N)
杉原の通夜が行なわれている。
上座を占める打本。
T『村岡舎弟、打本組組長 打本昇』
その横の広能。
T『呉・広能組組長 広能昌三』
それに村岡組の松永。
T『村岡組若頭 松永弘』
病身(貧血症)らしい武田。
T『村岡組幹部 武田明』
その他、長尾博光、助藤信之、川南時夫、友田孝、柳田敏治など主だった村岡組員が参集している。
弔問客が次々と焼香し、柩の中の遺体の顔に合掌してゆく。
その中の一人、九州栗山組組長栗山清が、柩の中を覗いた途端、「ウッ!」と吐きかけ、蒼白な顔になって席に戻る。
それまで私語で騒がしかった室内が一瞬シンと静まり、打本始め一同の異常に尖った視線が栗山に注がれる。
読経の声だけが流れる殺気をはらんだ沈黙。
硬直し、目も上げられぬ栗山、居たたまれぬように席を立って出てゆく。
黙って見送った一座の視線が今度は自然に打本の方に集まる。
列席の親分吉倉「ありゃ、誰ない……?」
松永「おやっさんの見舞いに九州から出てきとられる栗山さんです」
列席の親分三杉「栗山いうたらよ、前に博奕のホシのことで杉原に殴られたいうていうとったの」
吉倉「あれが絵図画いたんじゃ。わりゃアが殺したもんじゃけん、吐きよってからよ、おう!」
決断に迷っているような打本。
広能「(迫るように)打本さん、兄弟分のあんたが節目つけてやらにゃア浮かばれませんよ。わしも手伝いますけん!」
武田「(松永等と示し合わせて)杉原のおじさんにはわし等も恩になってますけん、やられるんなら、わし等は知らんことにしています」
思いあぐねて苛々と数珠を揉んでいる打本。広能、決意して立って追って行こうとする。打本、それを押さえて、
打本「広能! ありゃア、村岡さんが呼んどる客人じゃけん……村岡の兄貴に弓引くような真似は、出来やせんよう、のう……」
広能始め、緊迫して打本に注目していた一座に白けた気配が拡がってゆく。
N「杉原につぐ実力者打本のこの時の弱腰がのちに村岡組の跡目問題を紛糾させ、やがては西日本最大の抗争事件の芽ともなっていったのである」
4 メイン・タイトルとクレジット・タイトル
5 ニュース・フィルム
安保反対デモの国会乱入。
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浅沼委員長テロ事件。
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池田首相の施政方針演説。
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コンビナートの建設。
集団就職の風景等――
N「昭和三十五年六月、安保闘争国会デモで頂点に達した保守、革新の激突は、岸内閣瓦解、浅沼委員長刺殺事件等の政変の中で流れを変え、池田内閣の所得倍増政策のもとで経済万能の世相へと変質していった」
6 呉・造船所のスクラップ置場
広能組の岩見益夫、弓野修等がトラックの荷積みを監督している。
7 同・事務所の中
広能「おどりゃ、この馬鹿たれ!!」
広能が、上下座した若衆の西条勝治を木刀でブチのめしている。
見守る水上登(若頭格)、関谷太市等の組員。
広能「泥棒の番しとるもんが、おどれで泥棒しとったら、誰がケツ拭くんじゃい! 盗んだスクラップはなんぼで売ったんじゃ!」
西条「二十万とちょっとで……」
広能「出せ、その金!」
西条「女が、テレビが欲しい云いますけん、昨日買うちゃって……」
広能「このクソッ!!」
また木刀で滅多打ち。
血だらけになって堪えている西条。
表に車が着き、上田利男が降りて入ってくる。
T『呉・上田組組長 上田利男』
上田「兄貴、大久保のおじさんが会いたい云うて呼んどんなるんじゃがのう」
広能「大久保さんが何の用な……?」
上田「観察所の所長と保護司も見えとってじゃが」
8 走る上田の車の中
後ろに乗っている広能。
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(白黒のスチールで)
組結成当時の山守と広能等の写真。
有田事件の新聞記事。
路上に横たわる坂井の死体写真等。
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保護観察台帳に載っている広能の顔写真と記載事項。
N「広能昌三は戦後復員して間もなく、仲間たちと共に山守義雄を親分と仰いで一家を創立したが、山守の貪慾な支配と仲間割れに愛想を尽かし、盃を返して山守組から飛び出していた。しかし彼には殺人罪の刑期が残っており、引退した長老大久保憲一だけが唯一の相談相手であった」
9 大久保邸の応接室
その台帳を拡げて見ている大久保と観察所長橋詰、保護司の安田。
三人の前の椅子に広能。上田も同席。
橋詰「安田保護司もあんたの他に何人も被観察者を抱えとって手が回らんけんの、それに、あんた等のような世界の人にゃ、それなりに話の分る人でなけにゃア、気持が通じんいうこともあるし……それで大久保さんとも相談した上でのことだが、あんたの身許引受人は今後山守さんになって貰おうと決めたんじゃが、異存は有るかね?」
広能「(唖然と)山守さんが……!?」
安田「あの人なら実業界にも信用の厚いお方じゃけん、私等も安心してお委せ出来るんじゃが」
広能「こっちが頼んでも、向うで受けやせんでしょう」
大久保「この話は山守の方から切り出してきよったんじゃ」
広能「(呆然と)……!?」
大久保「こんなが居らにゃア組が持たんいうことが分ったんじゃろう。そっちにしてみても、なんよのう、この狭い町でいつまでも山守に向き合うてたら、つき合いが細くなる一方じゃけん、ウダツが上がるまアが。先々を考えたら、ここらで山守と盃を直しないや、のう」
広能「(深刻に考え込んで)……」
大久保「(やや高圧的に)わしが口きいとることじゃけん、迷うことはあるまアが。堅気になる云うんなら別だが……」
広能「はア……もう少し考えさせて下さい」
10 同・玄関
出てくる広能。入れ違いに山守が幹部の槇原を連れて入ってくる。
T『呉・山守組組長 山守義雄』
T『山守組幹部 槇原政吉』
山守、一瞬呆けた笑顔で、
山守「おう、昌三か。わしも呼ばれて来たんじゃが、なんの話ない?」
広能「(呆けて)わしの方は別に……」
山守「ホウ……ま、たまにゃア飯でも喰いに来んかい、のう!」
と奥へ入ってゆく。
出て行こうとする広能を槇原が追って、
槇原「のうや、聞いちょろうが、広島の村岡さんが体が良うならんけん引退するげないうて……誰が跡とるんかのう?」
広能「知らんのう」
槇原「おやじはあっちにも店を持っとるけん、気にしなってじゃ。昌ちゃんなら村岡組にも顔が広いけん、耳に入ったことがあったら報せてくれい、のう」
広能「ほうか……それでわしを抱こういう腹じゃったんかい、手回しがええのう」
槇原を振り切るように出てゆく。
◇ ◇ ◇