コーヒーは甘くて苦い、お父さんとの思い出。 #1 鎌倉駅徒歩8分、空室あり
父が淹れてくれたコーヒーを初めて飲んだのは七歳の誕生日だった。
「自分で豆を挽いてみるかい」
「いいの?」
おそるおそるライオンマークのコーヒーミルを受け取った。
シンクの前にあるスツールに腰かけ、父がいつもそうするようにミルを両足の間に挟んでみた。
足が床につかない。少し不安定な感じがした。
「その取っ手を持って右にまわすんだ」
木製のハンドルは思っていたよりも重たかった。ごりっ、ごごりっ。手のひらに硬い豆が砕けていくのが伝わってきた。
いつも聴こえてくる心地よい音とは違う。
ごっ、ごり、ごりり……。
情けないくらい不器用な音がキッチンに響く。それでもまわしていくうちにハンドルを握る手が軽くなった。
「挽けたみたい」
父の少し垂れた目の端にシワが寄った。
「自分で開けてごらん」
コーヒーミルの底の小さな引き出しを開けた。楕円形の豆がつぶつぶになっていた。
父は引き出しの中身をドリッパーに入れた。シンクに片手をつき「の」の字を描くように湯を注ぐ。
「きょうはなんて名前の豆?」
「お父さん特製ブレンドさ」
「ブレンド?」
「そう、グァテマラとケニアとエチオピアを少しずつ混ぜてみたんだ。尖っていたり、甘かったり、豆の個性もいろいろだからね。その割合が難しい。だけど、何度も淹れていくうちにだんだんとコツがつかめてきて、いい味わいになる」
父はガラスの容器をのぞき込んで微笑んだ。
「よーし、雫が落ちきった。ここからが大切だぞ」
サーバーをゆっくりと三回揺らす。
「美味しくなーれと心の中で呪文を唱えるんだ」
そう言って父は青いマグカップに注いでくれた。
「どうだい?」
吸い込まれそうな黒い液体。どんな味がするのか、期待に胸が膨らんだ。
「にが〜い」
父はミルクと砂糖を差し出した。
「だったら、香良(から)ブレンドにしてごらん」
あたしはやたらと甘くした。甘すぎた。
でも、今なら……。
ブラックの隠れた甘さが、
ブレンドの味わい深さが、わかる。
◇ ◇ ◇