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もう一度だけ、親指さがしをしよう…呪いと恐怖のノンストップ・ホラー! #5 親指さがし

「ねえ、親指さがしって知ってる?」由美が聞きつけてきた噂話をもとに、武たち5人の小学生が遊び半分で始めた死のゲーム。しかし、終わって目を開くと、そこに由美の姿はなかった。それから7年。過去を清算するため、そして事件の真相を求めて、武たちは再び「親指さがし」を行うが……。

三宅健さん主演で映画化もされた、『リアル鬼ごっこ』に次ぐ山田悠介さんの初期代表作『親指さがし』。ホラー好きなら絶対押さえておきたい本作の中身を、少しだけお見せします。

*  *  *

その時だった。
 
どこからか、ガラスの割れるような音が聞こえてきた。

どうしたのだ。
 
嫌な予感が脳裏をよぎる。
 
何かあったのではないかと、武は激しく動揺する。どうすればいい。どうしたらいい。
 
様子が気になる。だが後ろには……。
 
しばらくの間、武は戸惑い、結局は仕方なくロウソクのあかりを吹き消したのだ。最終的に親指を探すことはできなかった。しかし。
 
あの時に感じた嫌な予感は、的中した。
 
武が目を覚まし、騒動は起こった。すでに知恵、智彦、信久は目を覚ましていたのだが、様子がおかしかった。由美の姿がそこにはなかったのだ。
 
「いないの……由美がどこにも」
 
知恵はすでに涙声だった。
 
「どういうことだよ」
 
「私が最初に目を覚ましたの。でも、もうその時には由美がいなかったの」
 
四人が四人とも嫌な予感を抱いていた。それでもまだ心には多少余裕があった。きっと由美は用事を思い出し、先に家に帰ったのだと。親指さがしは関係ないと。武たち四人は急いで由美の家に向かった。しかし、由美は戻ってはいなかった。武たちは由美の母親にどうしたのと訊かれたが、かくれんぼをしていたら突然由美ちゃんがいなくなっちゃってと嘘をついた。嘘をついた罪悪感よりも嫌な予感が脳裏をよぎった。不安は増すばかりであった。
 
四時間。五時間。六時間。いつまで経っても由美は姿を現さなかった。厚子が警察に連絡を入れてしばらくすると、由美の家には警察官がやってきた。四人は嘘をついたが、徐々に事が大きくなるにつれ、武は怖くなっていた。やはりあのことが原因なのかと。
 
厚子が聞いていないところで四人は集まって話をした。
 
「やっぱり、あれが原因なのか?」
 
信久が不安そうに言う。
 
「ま、まさか、そんなはずねえだろ」
 
智彦のおどおどした口調。
 
「でもどうして突然いなくなるのよ」
 
「知らねえよ」
 
智彦の苛立つ口調。そして知恵の次の言葉が皆を黙らせた。
 
「もしかしたら由美……肩を叩かれて振り返っちゃったんじゃないの?」
 
武もそのことは考えた。だが、由美の言っていた話とは違うのだ。振り返ってしまえば生きて帰ってこられなくなる。そのまま死んでしまうということだ。それが由美の言ったことだった。だから、そんなことをするはずがない。それなのに由美の全てが消えたのだ。明らかに失踪だ。
 
「そんなはずねえだろ!」
 
智彦の怒声がとんだ。
 
「どうしてそんなこと言いきれるのよ! 現実にいなくなっちゃったんだよ?」
 
智彦と知恵は完全に冷静さを失っていた。自分たちが関わっていることで友達がいなくなってしまったのだ。取り乱してしまうのも当然だった。
 
「だってあいつが言ったんだぜ。絶対に振り向くなって。それに……」
 
その後の言葉は予測ができた。もし振り向いていたとしたら、生きて帰ってこられずにそのまま死んでしまう。智彦もそう言いたかったのだろう。
 
「それじゃあ由美はどこに行ったのよ!」
 
「俺にそんなこと言われても分からねえよ!」
 
口論となっていた二人を信久が止めた。
 
「やめろよ二人とも! 喧嘩したってどうしようもねえだろ。とにかく由美を捜さなきゃ」
 
そのとおりだった。だが、四人には由美を見つける術もなく、警察に頼るしかなかった。由美が帰ってくることを願うしかなかったのだ。しかし、願いとは裏腹に、何日経過しても由美は見つからなかった。失踪した日に、似た女の子を見たという情報が何件かあった。だがそれが果たして由美だったのかどうかさえ分からなかった。失踪事件としてニュースにも流れ、新聞にも載った。由美の両親がテレビの特番に出たこともあったが、結果は同じだった。
 
親指さがしと由美の失踪事件が関係しているのかさえ分からず、時間だけが経過した。そして四人は誓ったのだ。親指さがしは封印する。もう二度とあんなことはしない。武たちは七年経った今も、由美は親指さがしのせいでいなくなってしまったのだと思い込んでいる……。

5


『いい? 絶対に誰にも内緒だよ? 絶対に親指さがしの話を他の人に喋っちゃだめだからね? 絶対だよ?』
 
由美の声で、武は七年前の記憶から抜け出した。屋上で無気力に突っ立っていると、誰かがコツ、コツと階段を上がってくる足音がした。
 
「誰だよ……」
 
武は不安になりながら階段の方に体を向けていた。緊張はしていたが、隠れはしなかった。いや、隠れるにしても、もう遅かったのだ。管理人に見つかったら見つかっただ。
 
屋上に来たのは意外な人物たちであった。武はホッと息を吐く。
 
「やっぱりここだったか……捜したよ」
 
姿を見せたのは、知恵、智彦、信久の三人だった。由美がいなくなって以来、四人でこのマンションの屋上にはのぼっていない。それも禁じたのだ。

「みんな、どうして?」
 
「お前の家に行ったんだけど、まだ帰ってきてないっていうから、もしかしたらここにいるんじゃないかって思ってな」
 
そういう意味ではないと武は思う。
 
「いや、そういうことじゃなくて、どうしてここに?」
 
すると智彦が言った。
 
「あれから……七年が経つだろ? 俺たちはもう、大人になる」
 
意外な言葉だった。まさか智彦の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。それには理由があった。
 
中学にあがり、武、知恵、智彦、信久の四人は顔を合わせると親指さがしの話を始め、由美はどこへ行ってしまったのか、生きていてくれるのだろうかと心配し続けた。そして中学を卒業する前日に智彦が言ったのだ。
 
「親指さがしのことや由美の話をするのはもうやめないか」
 
言った後の智彦は辛そうだった。
 
「どうして? どうしてそんなこと言うの?」
 
理解できないといった様子で知恵が智彦にそう言った。
 
「明日で中学を卒業して、俺たちはもう高校生だ。将来のことだって考えなきゃいけない。引きずったままだと、いけない気がするんだ」
 
「それじゃあ、由美のことはもう忘れろっていうの?」
 
知恵はムキになって智彦に食い下がる。
 
「そういうことを言ってるんじゃない。ただ……」
 
「ただ?」
 
「このままだと俺は、罪悪感に押し潰されそうな気がするんだ」
 
「罪悪感……」
 
知恵が呟いた。
 
「だから、もう……」
 
そして中学を卒業し、四人は別々の高校へ行った。四人で会うことは滅多になく、顔を揃えたとしても、親指さがしのことはもとより、由美の話が出ることはなくなった。由美の存在も胸の内に封印してしまったのだ。
 
だから武は意外だと思った。本当は親指さがしのことから由美のことまで、全てを忘れてしまいたかったはずだ。だが、口では言うものの、やはり智彦も心配や罪悪感が消えることはなかったのだろう。ずっとずっとそれを背負って生きてきたのだ。
 
「ここだよな。全てが始まったのは」
 
信久がポツリとそう言葉を洩らした。
 
「ああ。あいつが突然妙なことを話しだしたんだ」
 
誰とも目を合わさず智彦が静かな口調でそう返す。武は、頷きながら、ああと言った。
 
「俺たちは遊び半分の気持ちであんなことをしてしまった。俺は今でも後悔してるよ」
 
「俺もさ」
 
信久が頷く。
 
「俺だって、後悔してる」
 
俯いた智彦がそう洩らす。
 
「あんなことさえしなければ、多分今だって私たちの目の前にいたはずなのにね……」
 
この日初めて口を開いた知恵の言葉は、ものすごく重たかった。もし由美がいれば。それが一番重く感じる。
 
長い沈黙が訪れた。
 
昔からの友人と久しぶりに顔を合わせたというのに、懐かしい気分にはなれなかった。
 
長くて重い沈黙を破ったのは智彦だった。
 
「武」
 
武は智彦に目を向ける。
 
「ん?」
 
「今日、俺たちがお前に会いに来たのはな、あの時の出来事にケリをつけようと思ってな」
 
武は理解できなかった。
 
「ケリって、どういうことだよ」
 
「あの日から七年が経った今日、俺たちは親指を見つける。それで今度こそ全てを終わらせる。終止符を打つんだ」
 
ケリをつけるために親指を探す。本当はそんなこと、どうでもいいのだ。
 
今日で由美のことを全て忘れよう。理由はただそれだけだ。由美を忘れるために理由が欲しいだけなのだ。
 
「それは、由美のことはもう忘れようということなのか?」
 
武は強く迫る。
 
「そうなのか?」
 
もう一度武は尋ねる。すると智彦が苦しそうに頷いた。
 
「そうだ」
 
仕方のないことなのかもしれないと、武は静かに息を吐いた。何気ない日常生活の中でどうしても由美のことが浮かんでしまう。彼らの中ではそれが障害になっていたのだろう。
 
「本気なのか?」
 
それが最後の問いかけだった。智彦は迷うことなく頷いた。
 
「ああ」
 
武は、そうかと呟いた。それでも三人を責めることはできなかった。憎むことなどできなかった。
 
「分かってくれ」
 
武は俯き、無言で何度も頷いた。
 
「よし、これで本当に最後だ」
 
智彦が言った。
 
「円になって座るんだ」
 
智彦は、あの時由美が言ったように仕切っていく。武は屋上のコンクリートにあぐらをかいた。知恵はアヒル座りだった。
 
「よし、それじゃあ隣の人間の親指を隠して」
 
武は智彦の左の親指を隠し、武の親指は知恵に隠された。
 
「いいか? 次は目を閉じる。そして想像するんだ。あの時のように」
 
突然、上空が雲に覆われ、嵐のような風が吹き荒れた。
 
「続けるのか?」
 
不気味な予感がした。信久が智彦に確認する。
 
「続けるんだ」
 
智彦が強く言う。
 
「分かった」
 
「みんな、目を閉じて。想像するんだ」
 
武は大きく息を吐き出し、静かに目を閉じて、七年前と同じように自分がバラバラにされてしまう想像をしたのだった。

◇  ◇  ◇

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親指さがし


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