彼女の親指はどこにある?…呪いと恐怖のノンストップ・ホラー! #4 親指さがし
「ねえ、親指さがしって知ってる?」由美が聞きつけてきた噂話をもとに、武たち5人の小学生が遊び半分で始めた死のゲーム。しかし、終わって目を開くと、そこに由美の姿はなかった。それから7年。過去を清算するため、そして事件の真相を求めて、武たちは再び「親指さがし」を行うが……。
三宅健さん主演で映画化もされた、『リアル鬼ごっこ』に次ぐ山田悠介さんの初期代表作『親指さがし』。ホラー好きなら絶対押さえておきたい本作の中身を、少しだけお見せします。
* * *
「それじゃあ、隣の人の左手の親指を隠してあげて」
そう言われ、武は由美の左手の親指を自分の右手で隠した。武の左の親指は智彦に隠されていた。左の手のひらは、汗ばんでいた。
「いい? じゃあ次は目をつぶるの。そして、バラバラにされてしまう想像をして。女の人の気持ちになるの。いい?」
言われたとおりに目をつぶると、暗闇が広がった。そして想像の世界を広げてみた。自分は女。別荘の中で何をしようか。そうだ。ベッドの上で本でも読もう。突然、音がする。誰かが別荘に入ってくる。誰だろう。本を置いて立ち上がる。部屋の扉を開いた、その瞬間、包丁を持った何者かにグサリと刺される。何度も。何度も。血が溢れていく。自分は死んだ。ノコギリでギコギコと首、腕、足、指、そして親指を切られていく。バラバラになってしまう。
ゆっくりと目を開けると、屋上から見る町の風景が広がっていた。
確かにあの時、想像した。バラバラにされてしまう自分を。すると、いつの間にか意識がなくなっていた。突然プツリと真っ暗になった。まるで、電気のスイッチをオフにしたみたいだった。
気がつくと、見覚えのない、古びた木造の部屋の中にいた。
明かりのない薄暗い部屋。ただ、一本のロウソクがともっている。
ここはどこだ。本当に由美が言ったとおりになってしまった。だが、一体これは何だ。なぜ自分はこんな場所にいる。みんなは? どうしてあんなことをしただけで見たこともないこの場所に? 夢か。夢なのか。いや、違う気がする。
あの時は戸惑いと恐怖でいっぱいだった。興奮をしていたのもまた確かだった。
しばらく呆然と立ちつくしていたが、戸惑いながらも武は言われたとおりに左の親指を探し始めた。部屋から出ようとしたが外から鍵がかかっていたため、開けることができなかったのだ。早く逃げ出したいというのが本心だった。何に使われていた部屋だろう。窓には、ボロボロになったカーテン。その側にベッド。古びた机とロウソク。木で作られた本棚。イスの上にはフランス人形。部屋の造りが洋風だった。全て鮮明に憶えている。だが親指がどこにあるかなど見当もつかなかった。親指が本当にあるのかないのか、そんなことを考えている余裕などなかった。とにかく早く親指を探さなければならない、そればかりを頭が自分に命じているようでただ焦った。
難しそうな本が置かれた机には引き出しが三つあった。もしやと思い、一つめをゆっくりと引いてみたが、中は空っぽだった。焦っていたのか、もう他のことなど考える余裕などなかった。親指を見つけたいのか、見つけたらどうなるのかということさえも。
緊張しながら二つめをゆっくりと引いてみる。結果は同じだった。あるはずがないと思い諦めかけたが、念のため三つめの引き出しに手を触れた。その瞬間だった。後ろに気配を感じたのだ。思わず振り向こうとした時、ポン、ポン、とゆっくり肩を叩かれた。一瞬にして鳥肌が立つ。全身が硬直する。絶対に振り向くな、という由美の言葉を思い出す。恐怖のあまりどうしていいか分からなかった。無我夢中で武は近くにあったロウソクを吹き消した。すると再び意識がなくなったのだ。
目が覚めると他の四人はだらしなく倒れていた。四人はまだ意識を失っているようだった。みんなもやはり由美の言う別荘に? 信じられなかった。しかし、実際に行ったのだ。
どうやら自分が一番先にロウソクを消したらしい。もうすでに馬鹿にはしていなかったし、馬鹿になどできなかった。
改めて考えると、あれは一体何だったのだろうか。確かに由美は幽体離脱と言った。だが本当にそうなのか。そうとは思えない。幽体離脱とは体から魂だけが抜け出して、自分自身が見えてしまう。そしていろんな場所へと移動できるものらしい。あの時は自分の姿は見えなかったし、自分の体へ戻ることもなかった。本当に不可解な出来事だった。
しばらくすると、知恵、信久、智彦、由美の順番で目を覚ました。無論、全員が興奮していた。
「本当だったよ! 由美の言うとおりだった! 気がついたら部屋にいたんだ! それで誰かに肩を叩かれた!」
興奮した口調で智彦が言った。
「俺もだ! マジだぜ! マジ! マジ怖かったよ!」
信久が言う。
「もう私なんて怖くて、少し親指を探してすぐにロウソク消しちゃったよ」
恐怖よりも興奮。そんな知恵の口調だった。
「ね? だから言ったでしょ? それで親指見つかった?」
冷静にそう言った由美。武はあの時、これは夢だったのではないかと思った。だがそれは一瞬にして却下された。夢ではない。確かに親指を探した。ロウソクを消す感覚もあったし、何より肩を叩かれる感触が今でも残っている。それに全員が全員とも別荘に行き、親指を探し、ロウソクを消したのだ。だから夢とは思えなかった。
「親指は見つからなかった。途中で肩を叩かれてさ、びびっちゃって」
智彦が言う。
「俺もだよ。俺も肩を叩かれてすぐにロウソク消しちゃったよ」
信久がそう続いた。
「ねえ由美。由美はどうだったの?」
「私? 私もだめだった。本当に肩を叩かれたら怖くなっちゃって」
それが普通の反応だろう。
「でもさ、後ろで肩を叩いた奴に興味ねえ? 振り返ってみたいよな」
怖いもの知らずの智彦がそう言った。
「まあ、確かにな。でもやばくない?」
信久がそう返す。
「そうだよ。振り返るのは絶対にだめなんだよね?」
知恵が由美に確認する。
「うん。振り返るのは絶対にだめ。振り返ったら最後だよ」
それから五人は親指さがしの話で盛り上がった。全員が興奮状態にあり、恐怖からすでにスリルへと変わっていたのだ。そして後に分かったことがあった。それは五人が五人とも別の部屋にいたということだ。どこに何があったかなど、部屋の様子が誰も一致しなかった。要するに別々の部屋で親指を探したというわけだ。それも不思議な話であったが、事実、武、由美、知恵、智彦、信久が同時に同じ別荘で親指を探したのだ。これは体験しなければ分からないことだった。誰かに話したところで信じてもらえないのは目に見えていた。だからというわけではないが、親指さがしは五人だけの秘密にしようと誓った。
そして、七年前の三月二十五日。二度目の親指さがしを行ったのだ。
七年前の今日、武たちは親指さがしをするつもりで屋上へと忍び込んだ。これまで味わったことのない最高のスリル。五人に恐怖などなく、むしろワクワクしていた。それが過ちの始まりだったのだ。
「今日こそ彼女の親指を見つけてあげようね。だって可哀相だもんね」
由美の言葉で五人は地面にあぐらをかいた。座る位置は前回と一緒であった。
「よし、絶対に探し出してやるぞ」
智彦が意気込む。
「ところでさ、もし親指を見つけたらどうするんだよ」
信久の質問で全員が黙り込んだ。四人の視線が由美に集まる。
「そういえばどうするの?」
知恵の質問に由美は首を傾げた。
「そうだったね。それを言い忘れていたよね。もし親指を見つけることができたらね、その人には一つだけ、幸運な出来事が起こるんだって」
「マジ?」
信久が目の色を変える。
「だったらマジで見つけないとな!」
智彦が手のひらに拳をぱんぱんと叩きつけてそう言った。
「うん。そうだよね」
本当は親指などどうでもよかったのかもしれない。スリリングで不思議な体験ができれば、もうそれでよかったのだ。武自身、不吉な予感など全くなかった。後先のことなど何も考えてはいなかった。
「それじゃあ、隣の人の親指隠して」
由美の声でそれぞれが隣の人間の親指を隠す。
「いい? 隠した? それじゃあ目をつぶって。想像するの」
武は目をつぶり、一度めと同じような想像を始めた。残酷に殺され、血がドロドロと垂れていく。痛い。痛い。次第に痛みを感じなくなる。自分は死んだのだ。そして体の全てをバラバラにされる。親指、返せ。
気がつくと目の前にロウソクがともっており、前回親指を探しに来たのと同じ部屋にいた。みんなもきっと今、それぞれの部屋にいる。だから、もう迷いはなかった。とにかく親指を探すのだ。
前より余裕があったのか、武は色々なところをくまなく探した。ベッドの下や本棚の隙間。イスに座っているフランス人形を持ち上げてもみた。他の部屋はどうなっているのだろう。みんなもこうして部屋の中を探しているのだろうか。そんなことを考えながら、武は親指を探し続けた。
だが、どこにも親指は見つからなかった。本当に親指などあるのだろうかと思った時、武は思い出したのだ。まだ探していない場所が一つある。机の三つめの引き出しだ。
この間は、三つめの引き出しを開けようとした瞬間、後ろから肩をポン、ポンと叩かれ、恐怖のあまりロウソクを消してしまった。
武は表情を強張らせながら机に歩み寄った。まだ後ろに気配は感じなかったので、三つめの引き出しに手をかけた。そしてゆっくりゆっくり引いていったのだ。少しずつ、少しずつ。夢中になって引き出しを引く武の手が、凍りついたようにピタリと止まった。肩をポン、ポンと静かに叩かれたのだ。もう少しで引き出しの中が確認できるところだ。このまま引き出しを全て引いてもいいのだろうか。でも後ろには人がいる。もし本当に親指が入っていたとしたら、どうなってしまうのだろうか。
いる。後ろには確実に誰かいる。肩を叩かれ、それ以上引き出しを引く勇気はなかった。もう、ロウソクを消すしか選択肢は残っていなかった。武はロウソクの前に立ち、消そうとした。
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