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選手のポテンシャルを最大化する、稀代のエース・佐藤寿人の「声がけ」 #5 小さくても、勝てる。

身長という壁、2度のリーグ降格、原因不明の病。170センチの小さなストライカーは、挫折のたびに「考え続ける」ことで得点王に上りつめた……。サンフレッチェ広島などで活躍し、昨年、惜しまれつつ引退したプロサッカー選手、佐藤寿人。初の著書『小さくても、勝てる。』は、今まで明かさなかったこだわりのゴール理論や、秘められたエピソードを忌憚なく語った一冊だ。サッカーファンお待ちかねの本作の、ためし読みをお届けします。

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「スイッチ」をいつ入れるか?

試合への準備の仕方は選手によってさまざまだ。

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バスに乗り込むときから音楽を聴いて、一人の世界に浸って集中力を高めていく選手もいれば、試合直前まで普段と変わらない選手もいる。

僕はどちらかといえば後者。完全にスイッチを入れるのは、試合開始の笛が鳴った瞬間でいい。スタジアムへ向かうバスの中からスイッチを入れてしまっては疲れてしまうし、肝心の試合のときに、きっと集中力が切れてしまう。

ただ、それも最初からできていたわけではない。ジェフユナイテッド市原でプロになったばかりのころは、それこそ気持ちが入りすぎて最大限に緊張していたから、ロッカールームでは生きた心地がしなかった。

先輩たちがリラックスして雑談している中で、口数も少なく、いわゆるテンパっていた時期もある。デビュー当時は、周りに不安になっていることを悟られないように、気丈に振る舞おうとしていたが、今思えば、きっと先輩たちには僕がガチガチになっていることは一目瞭然だっただろう。

また年齢的にベテランになってきたこともあり、いろいろな選手のデビュー戦に立ち会う機会も増えてきた。若かりしころの僕と同じように緊張していたり、気持ちが入りすぎてしまうことは少なくない。

マキ(槙野智章)のリーグデビュー戦もそうだった。

相手の状態に合わせて声をかける

あれは2006年のJ1最終節、アウェイの清水エスパルス戦だったと思う。マキは先発出場ではなかったけれど、その試合はリーグ最終戦ということもあり、状況によっては出場する可能性が高まっていた。試合に出られるかもしれないと期待していたマキは、あの性格どおり、試合前からちょっとした興奮状態で、必要以上に気持ちが高ぶっているように見えた。

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このままのテンションで試合に入ったら、視野も狭まるだろう。何より彼が持っている本来の力が発揮しきれないかもしれない。そう思った僕は声を掛けた。

落ち着いて、自分のプレーをすれば大丈夫だよ

気合いを入れることは重要だけど、それ以上に冷静さも必要だ。だから僕は、彼の前向きな姿勢はそのままに、冷静にプレーできるような言葉を掛けた。

その試合、彼はハンジェ(李漢宰)に代わって後半20分から出場した。僕が言葉を掛けてもなお、彼の気合いは漲っていたけれども(笑)。

2013年のゼロックススーパーカップは、シオ(塩谷司)がレギュラーとして初めて迎える公式戦だった。「やばい、やばい」と緊張していたから、僕は試合前にリラックスさせる意味も込めて声を掛けた。

一人ひとりプレースタイルに個性があるように、性格も異なる。だから、その選手の性格を理解し、そのときの状況や選手の精神状態を読み取って、言葉を掛けるようにしている。

緊張している選手には「普段どおりやれば大丈夫だよ」と言い、興奮状態にある選手には、「冷静にやろう」と言う。萎縮させるのではなく、普段どおりの力が発揮できるような言葉を選び、投げかけるようにしている。

僕自身は、今では試合前に緊張することはなくなった。試合に集中するためのスイッチも、瞬時にON、OFFにすることができる。

試合会場に着いた後はOFFにし、ウォーミングアップするときにONにする。そしてロッカールームに戻ったときはOFFに切り替え、チームで円陣を組むときは再びONにするといった具合に、徐々に集中力を高め、戦闘モードに入っていくのだ。

そしてピッチに足を踏み入れたときには、気持ちも最高潮に達し、キックオフと同時に一気に集中する。ずっと集中し続けることは難しい。何事もメリハリが大事だと思う。

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