こんな時代小説が読みたかった、心からそう思える小説 byコグマ部長
元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップしているアルパカ通信。
本記事では、その中のコーナー"幻冬舎営業部のコグマ部長からアルパカ内田さんへの「オススメ返し」"より『まいまいつぶろ』の書評をお楽しみください。
本書は主従の固い絆に胸を打たれる時代小説。
主人公は八代将軍徳川吉宗の子・家重とその小姓・兵庫。家重は将軍家の嫡男でありながら、口が利けず、周囲からは暗愚と思われていた。体も不自由で、その様子から「まいまいつぶろ」(カタツムリ)と蔑称されていた。その家重、実はだれよりも聡明だったのだが、発する言葉を周囲が聞き取れないために誤解されていたのだった。
低い士分であった兵庫が家重の「通訳」に抜擢されると、それまで周囲にはうめき声にしか聞こえていなかった家重の「声」となる。それはまさしく家重であればこう話すだろうというもので、家重に近い家臣はほっと胸を撫で下ろした。しかし幕閣には、兵庫の口を経て伝わる声が本当に家重のものなのかをいぶかる者も。さらには、家重には腹違いの二人の弟もいて……。
陰謀渦巻く幕閣で、家重と兵庫には次々と理不尽なことが襲いかかる。兵庫は万が一自分が足をすくわれれば即切腹、しかもそれは家重から「口」を奪ってしまうという緊張感の中、ただひたすら忠義を果たそうとする。
武家の頭領である将軍家の嫡男に生まれながら、障害をもってしまった家重の宿命。
己のすべてを主君に捧げる兵庫の矜持。江戸幕府の中興の祖とされる吉宗の影に隠れ、あまりスポットライトを浴びることのなかった嫡男・家重にこんな物語があったとは!
途中から、どれだけ歯を食いしばってもあふれる涙を止めることができなかった。
こんな時代小説が読みたかった、心からそう思える小説だ。
太田和美(おおた・かずみ)
幻冬舎営業局で販売促進を担当。本はミステリからノンフィクションまでノンジャンルで読みまくる。内田剛さんとは同学年。巨人ファン。
◇ ◇ ◇