優れたリーダーは「人に任せる勇気」を持っている…部下の自発性を引き出せ #4 人間の器
伊藤忠商事社長・会長、日本郵政取締役、中国大使など、数々の要職を歴任し、稀代の読書家としても知られる丹羽宇一郎さん。著書『人間の器』は、その豊富な人生経験をもとに、人として成長するにはどんなことを心がけて生きればよいか、自分の器を大きくするには何をすればよいか、時に優しく、時に厳しく教えてくれる作品です。賢人の知恵がたっぷり詰まった本書、その一部を抜粋します。
* * *
「責任は俺が全部とるから」
企業で人が育つには、まず社員が自発的に学び、育つ環境をつくることが重要です。社員のモチベーションを上げる仕組みや、上から逐一指示されなくても積極的に自ら考え行動していくような状況や条件をつくることが大切です。
私が部下を育てるにあたって重視したことは、本人の自発性をいかにいい形で引き出すかということでした。
部下がすることにいちいち口出しをして、本人の自由な裁量に委ねることをしない上司がいますが、それではいつまでたっても成長も進歩もありません。
私はリスクを伴った大きな仕事でも、ここは信頼して任せたほうがいいと判断したときは「責任は俺が全部とるから」といって、部下の手に全面的に委ねていました。
もちろん、部下の能力を見た上でのことです。まだ未熟な部分はあるけど、こいつの能力ならきっと結果を出してくれる。よし、百パーセント任せてみよう。任せられたほうは、俺のことをちゃんと認めて信頼してくれているんだと思って頑張ります。
結果的にうまくいかなくても、本人には間違いなく大きな成長の節を残すはずです。
私は部下や上司を見るとき、学歴第一での評価・判断を一切しませんでした。優秀な学校を出ていることと仕事の優秀さは、必ずしも一致しないからです。
当然のことながら社長になった際には、学歴や出身大学にかかわりなく、実績や実力を重視して人材を登用するよう努めました。高卒や専門学校卒の新卒採用を積極的に進めたり、本社での採用は叶わないが、見込みがありそうな人はグループの人材派遣・教育機関でいったん採用し、そこでの仕事ぶりが優秀であれば、改めて本社で働けるよう人事部に指示しました。
どんどん世界へ飛び出そう
また社員教育の一環として、男女問わず新入社員を全員、入社して4年以内に最長2年間、海外研修に出すようにしました。ホームステイしながら大学で語学を学んだり、現地企業でインターンシップをしたりするのです。
海外に派遣させるのは英語を身につけてほしいという理由も無論ありますが、それよりも異文化を体験することで見識を広め、より広い視野でものごとを考える人間になってほしいという思いがありました。
私は部長時代、海外研修の一つとして、部下に仕事一切なしのフリーの状態で、アメリカに半年ほど行かせたこともあります。
渡航費や必要最低限の滞在費は会社持ちでしたが、それくらいの権限を部長は持っていました。本当に完全な自由でしたが、どんなことをしているか週1回は必ず状況報告をするという条件つきで送り出したのです。
またその頃、会社で初めて女性を海外に出張させることもしました。女性を一人で海外に行かせるのは危険だという人事部の反対を押し切って、オーストラリアに1週間ほど出張させたのです。
海外に一人で行けば、日本と違って勝手のわからないことだらけですから、逐一頭を使い、こまめに手と足を動かさなくてはなりません。何でも自発的に考え、行動しなくては生きていけない環境に身を置くことで学べるものは少なくありません。
下手な社内研修をするより、海外に短い期間でも行かせたほうが余程、本人のためになると思います。
私自身、若い時分にアメリカに約10年駐在したことが、仕事をする上で大きな財産になっていると強く感じます。
徹底して自分の頭で考え行動するという気概、会社の一翼を担う仕事を果たしたという思いから来る自負、少々のトラブルではへこたれまいという肚と忍耐心……こうしたものは、海外で仕事をすることで強く育まれました。
私にとってこの10年があるのとないのとでは、その後の仕事の考え方や取り組み方において、瞬発力やスケール感が違っていただろうと改めて思います。
◇ ◇ ◇