死ぬのは怖くない、あの世で夫が待っているから…佐伯チズさんが遺した言葉 #3 今日の私がいちばんキレイ
昨年、惜しまれつつ他界した、美容家の佐伯チズさん。晩年の著書『今日の私がいちばんキレイ 佐伯流人生の終いじたく』には、チズさん流の生き方、老い方、そして死に方のヒントがつづられています。多くのファンから愛された、チズさんの「遺言」ともいえる本書。その中から、心に響く「最後のメッセージ」をお届けします。
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明日、死んでもかまわない
「こうして毎日ごはんを食べさせてもらえるのも、この手足のおかげだよ」
農業を営んでいた祖父は、寝る前に自分の手を見ながら幼い私にそう教えてくれました。また、手を合わせて「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」としきりに唱えていた祖父の背中も鮮明に目に焼きついています。
仏教信者だった祖父は、「こうして阿弥陀さんに唱えていれば、死んだあとにキンキンキラキラの世界に連れていってもらえるよ」と言っていました。私は割合素直な子供だったので、「死んだあとに行く極楽浄土は、年をとらなくて皆が楽しく暮らす、きれいなところなんだろうな」と想像を膨らませたものです。
そして今でも私は「死んだら、あの世の霊界へ行ける」と信じています。あの世には最愛の夫がいますし、私を育ててくれた祖父母もいます。そして、裕次郎もひばりもマイケル・ジャクソンも……。皆に会えるから、私は死ぬのがまったく怖くありません。明日死んでもいいという気持ちです。
さらに私には、あの世で待つ夫にある報告をするというミッションがあります。
夫に報告したいことがたくさんある
私が結婚した一九六七年当時、夫は外で働き、妻は家庭を守るというのが普通でした。ですから私が働きたいと言い出したとき、夫は複雑な心境だったと思います。
けれども、夫は私の目を見てこう言いました。「社会貢献ができて人様に喜んでもらえ、自分がこの仕事に就いてよかったと思えるもの、定年までまっとうできるものであればやりなさい」。それを夫に約束した上で、私は結婚後も好きな美容の世界で働かせてもらったのです。ですから、あの世で夫に会ったら「六十歳まで勤め上げたよ」と報告しなければなりません。
実をいうと、クリスチャン・ディオールに在籍していた十五年間で、私は三回、肩たたきに遭っています。「私たちの仕事は、お客様をきれいにして差し上げること。会社の売り上げのために、お客様にとって不要な商品を勧めるのは本末転倒である」というのが入社当時からの私の信念でしたが、その考えが目先の利益を追求する人々には歓迎されなかったのでしょう。
理不尽な処遇に悔し涙を流したこともありました。それでも、歯を食いしばって定年まで勤め上げることができたのは、夫との約束を守らねばならないという使命感があったからなのです。
ほかにもあの世で夫に報告したいことはたくさんあります。「あれからひとりで頑張って生きてきたよ」「楽しいことをいっぱいさせてもらった」「テレビにも出させてもらったし、ふたりでやろうとしていたことも叶えたよ」……。
私にとって、死とは自分が消えてなくなることではなく、大好きな人に会いに行くということです。だから、「そうか、うれしいのか」「よかったね」と言って、皆さんにそっと送ってもらえたらいいなと思っています。
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