ゲイ風俗で見つけた人ったらし #5 ずる賢く幸せになる
ズルさが得るものは
結局、ダメなものばかり
みんなが思うずる賢さとは、たぶん嫌な奴が持ってるもののことだと思う。
人の褌で相撲を取り、人の威を借り、相手のいない土俵で戦って、涼しい顔で不戦勝を勝ち取ったり、人を蹴落としたり、あるいは自分の手を汚さずして他人を出し抜いたりする人のことを指しているんだと思うの。
「あいつは自分の実力で勝ったとは言えない」「もう一度やれば私は負けないのに」「正々堂々としていないのに評価されるなんておかしい」「ずるい勝ち方だ」「みんながあの人を評価するのは間違っている」「糾弾されずにのうのうとしてるなんて悔しい」
少しでも敗者が「不当にしてやられた」と、煮え湯を飲まされる思いをしたのならばいい勝敗ではないだろう。勝者にとってもいらない恨みや弾劾の可能性を生み出す点で良くないし、負けた側も次の勝負や挑戦のための動機が《復讐や悔しさ・怒り》というマイナス要素からの出発となるのだから全然いい結末だと言えない。
もちろん、負けた後も再挑戦のためにまた挑む道に進めるのなら、理由や動機は怒りでも妬みでも構わない。ただ、人という生き物はそんな負の感情に取り憑かれてしまうことも珍しくないので、理想論で言えば本当はそんなマイナスな感情なんていつだって持ち続ける必要はないはずなの。
元恋人を見返すため。親や上の人間の圧力を克服し、下克上するため。加害者に同じ気持ちを味わわせるため──そういう感情を持ち続けると、負の側面であるトラウマまで抱き続けて生きることになる。それは自分の人生の価値を大きく毀損する毒になる。毒の礎を胸に刺し続けるという緩やかな自害だと言っても過言ではないわ。いつか心が弱って、潰れてしまう。忘れてしまえとまでは言わないけれど、常に抱える必要はないよと言っておきたい。
そう、だから禍根の残る勝敗は、長い目で見て、両者ともにリスクが大きい。勝敗が決した後もイザコザが生まれる可能性に満ち溢れている。
これは勝者が勝利のために駆使したのが、ただのズルさであるからよ。
あたいはこのズルさをみんなに持って欲しいとは思わない。
そんなのばかり持っていたら、もっとこの社会が息苦しく、結果がすべてという価値観に占められた冷たいものになってしまうから。
column 01 あたいの大学受験
あたいもかつては、母ちゃんを見返すために努力していたことがある。高校を中退していた母ちゃんが「大学なんてバカな金持ちの行く所。お金さえあれば誰でも行ける」と常々言っていたのを覚えている。あたいはそれを母ちゃんの負け惜しみだと受け取った。
なのであたいは母ちゃんを見返すために大学受験をしようと決めたのだ。 しかし復讐のための進学なんて、前を向いているようで、過去に囚われているということ。 あたいはゲイ風俗の控え室で勉強をしていた時に、店長から、
「自分の理由で努力しろ。人のせいにして生きるな」と諭された。 その出来事が自分の中にある鎖を解くキッカケになった。
だからこそ現代は
ずる賢く生きる方がいい
もちろん、そもそも競争社会とは過程より結果を重んずる実力社会。
ズルい人間だろうと対局においては先見の明を持ち、相手を出し抜くために先手を打った賢明さと、策略を巡らす技術があるという点は評価されるべきでもある。現実問題、ずるく勝っても勝者は称賛を得ることがほとんど。むしろ智将だとか巧妙だとか言われてしまうなんてこともある。
悲しいけれど《やったもん勝ちな勝利》はこの世に蔓延っているし、清く正しい人が必ず日の目を見られるわけでもない。むしろ純粋であればあるほど利用されて消費される社会の仕組みがそこら中にある。従順な人間ほどずるい人間に搾取されているのが今の世の中よ。
それでもそんな潮流に抗って戦うための賢しさが《ずる賢さ》には眠ってるとあたいは思った。
あたいの働いていたゲイ風俗には、なぜか誰とでも打ち解けられる人ったらしがいた。見ている限りでは誰とでもある程度仲良くて、険悪な関係の人間がいない人だった。
その子をあたいは何となく意識するまでもなく生粋の善人だと考えていた。人に対する悪意や裏がないから誰にでも受け入れてもらえているのだと思い、自分とは別の人種に感じた。あたいはわりと苦手な人間がはっきりしているタイプだったので、今までの人生では特定の人間と気まずい間柄になることも多々あったが、この人の場合はきっと苦手な人間などいない生まれつき人間好きの聖人なんだと解釈し、羨ましいけれどある種の才能や育ちのよさだよなぁと受け止めていた。
だから彼が人に囲まれている様も、誰かに好かれて慕われる様子も、彼の根っからの人間性による賜物であると考えると《当たり前だ》としか思えなかったわけ。別に他の人間を蹴落としてるわけでもない人間をやっかむ気も起きなかった。
《人気者》とされる人間の中でも、彼はそれを鼻にかけないタイプだった。なんとなくあたいも彼の人懐っこさと飾らなさ、嫌味のなさが好きだったし、彼といれば安心も油断もできた。この油断もできるって点は大きい。人気になるにつれ、あるいは経験を重ね役職や立場が上がっていく中で、どこか遠い世界の人間のようになってしまう人もいる一方、彼はどこまでも信頼できる先輩って感じがした。人に囲まれる理由も十分理解できた。
しかしある日、彼が指名ランキング上位に入った月に、あたいは周りの反応を見て、彼の作り出した雰囲気──つまり立場の異常さに気づいたの。
《誰も彼のランキング入りに対して文句も不当も訴えなかったから》
ゲイ風俗はボーイたちの相性や店内の雰囲気にもよるが、やはり金とプライドが絡み合う人気商売と個人商売な面が大きく占める世界なので、中にはボーイ同士の確執やお客様の奪い合いも発生する。
ましてやランキングに入ることは誰もが密かに憧れるもの。上位特典(ボーナス)などはない店がほとんどだけれど、自分を売る商売に身を置くものとしての矜恃がランキング争いへと駆り立てるのだ。そもそもはなから売れるつもりのない人間はこの世界の門を叩かないのだから、競争に身を投げ入れるのは当然の帰結だろう。
「あの子が一位なんて信じられない、ブスなのに」という恨み節も小言も冗談めかしつつも飛び交うような舞台裏。華々しく一位を飾った人間のアンチスレがネットの批評掲示板で盛り上がるような世界でもあった。その書き込みが従業員のものか、お客のものか、野次馬によるものかは判断できないが、少なくとも悪意と影が差す厳しい裏側が存在していた。
さっきも言った通り金銭的なインセンティブがなくともランキングに対する執着心が見受けられた世界だったので、そこには人が持つ承認欲求などの本能的な競争があったのだと思う。指名は売り上げと《人から選ばれた》という自尊心に直結するし、その多寡は指名数や金額という数値で目に見えていて、そこにはハッキリと格差が生まれるのだから。
◇ 次回はあさって26日(土)公開予定です! ◇
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