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株価の大暴落。TEFG銀行がとった行動とは…? #2 メガバンク全面降伏 常務・二瓶正平

東西帝都EFG銀行、TEFGの役員大会議室でのコロナ禍への対応の緊急全体役員会議はそれまで見たことのない光景から始まった。
室内には何台もの大型空気清浄機が設置され、三十名を超える全役員はサージカルマスクにフェイスガード着用、そして完全防護服姿の役員秘書たちが三十分毎に換気や除菌作業を行うという厳重さだ。

「未曽有の事態であることは御承知おきのことと思います」

頭取の岩倉琢磨は独特の丁寧な言い回しで会議を始めた。岩倉は『ミスター帝都』と異名を取るほど〝帝都銀行マン〟としての特質を備えている。
東帝大学法学部卒、帝都銀行入行後は本店勤務の後、大蔵省(Ministry of Finance)に出向しその後はMoF担としてエリート畑を歩き、企画部長、人事部長、秘書役を経て役員となりその後も管理部門をずっと担当してきた。

岩倉は全てにバランスの取れたフェアな人物で、〝外様〟とされているヘイジを公平公正な目から高く評価し常務に抜擢していた。
その岩倉も不安を隠せないでいる。

「緊急事態宣言の発出が検討されているようですが、銀行業務は通常通り行わねばなりません。窓口に来られるお客様、そして行員の安全をどのように確保するか……まずそこに万全を期すことになります」

そこからは総務担当の専務が、本店および全支店に於ける業務の3シフト体制について説明した。
行内に感染者が出た場合に全停止を避ける為、全ての業務をABCの三つのチームに分けてのシフト勤務についてだった。
「業務の現場に出るのはワンチームのみで、残りはリモートとなります。その為のネット環境等のインフラは整えてあります」
さらに銀行の窓口業務について説明がなされた。
「来店されるお客様の安全の確保が最優先となります。店内の飛沫防止フェンスの設置、行員のフェイスガード、マスクの完備、お客様によるソーシャルディスタンス確保の為の諸々のマニュアルと備品は一両日中に全てに行き渡ることになります」

ヘイジはそれを聞きながら流石だなと思っていた。
(危機管理マニュアルが事前に整えられていたからだな。想定されるあらゆる危機への対処は出来ているということだ)
ヘイジ自身、総務部長時代に危機管理マニュアルの充実に働いた経験がある。
地震や台風などの自然災害、原発事故やテロ、SARSやMERSなど過去に海外で起きた感染症への初期対応は出来るようになっている。

(しかし、それでも……)

今回のコロナは、パンデミックで国内外が大混乱になる中、銀行が業務を問題なく遂行できるかは不透明だ。
ヘイジは担当常務として、本体と同じ危機管理マニュアルを関東の旧三地銀の集合体であるグリーンTEFG銀行にも導入済みであったことから、初動に関しては遅滞なく対応を取っている。
(だが長丁場となると……どうなるか?)
それは誰にも分からない。そこが皆の不安の要因となっていた。コロナ禍がどこまで、いつまで続くのか……それが銀行という存在にどんな影響を及ぼすのか。

(世界全体で経済が停止しているんだ……このままだとあらゆる業種で倒産が続出するのは必至だ。株価の暴落で現金(カネ)の価値は桁違いに上がっている。そのカネを扱う銀行がどんな態度を取るか……日本の銀行を代表するTEFGは責任重大だ)

そうヘイジは思って、頭取の岩倉を見た。
岩倉は緊張の面持ちを続けている。
総務担当専務から当面のコロナ対応に関しての説明が終わると、続いて融資担当筆頭役員である専務の高塔次郎が口を開いた。
「どのような状況に置かれても、TEFGは銀行業務を遂行せねばなりません。それも日本の銀行を代表する存在として……手本となる内容を見せねばならないのです」
その言葉に、その場の全員の腹に力が入った。

専務の高塔は東帝大学経済学部卒で、帝都銀行入行後は融資畑のエリートとして歩んだ。
帝都グループを若くから任されて実績を挙げ、融資第一部長、営業企画部長を経て役員となり、融資部門を統括している。

「このまま日本経済、世界経済の停止状態が続けば、世界恐慌以来の状況が訪れることは必至です。株式市場の暴落で昨年末にあった当行の保有株式の一兆二千億円の含み益は消えています」

リアルな数字に皆が息を呑んだ。
高塔は続けた。
「未曽有の状況下で、我々が取引先に対してどのような融資態度を取るのか。それが我々自身の将来をも決めることになります」
だがそこからの言葉にヘイジは愕然とする。
「ここからの内容は厳秘として頂きますが……TEFGとしては融資先のクラス分けを明確にし、融資態度はそれに基づくものとします。企業融資に於いては帝都グループ企業を最高位クラスとし緊急融資の要請があり次第、満額融資を直ちに実行します。そして次のクラスは非帝都企業で当行がメインとなっている旧東西、旧EFGの企業……。そこには保証並びに担保が充足される場合に限り、要請額に応じることとします。そして最後のクラス、主にグリーンTEFG銀行の取引先への対応ですがこれは是々非々とします。次に……」

ヘイジは言葉も出ない。
帝都グループを最優先で守ることは当然のことだと思われるが、ヘイジが担当するグリーンTEFG銀行の取引先は二の次、潰れてもやむなしと言っているのだ。
ヘイジは立ち上がって声をあげた。
「高塔専務! 今おっしゃられた内容ですが……」
そう言ったところで頭取の岩倉がヘイジを制した。
「二瓶君、あとで私と高塔君と三人で話をしたい。今は全体役員会議ということで進めさせてくれ」
そう言われてヘイジは腰を下ろした。
周りのヘイジを見る目が冷たい。

(お前やグリーンTEFGなどどうだっていいんだよ)

全ての視線がそんな本音を言っている。
ヘイジは悔しさから唇を噛んだ。
高塔は続けた。
「個人向け融資、住宅ローンに関しては当行のレピュテーションリスク(世間の評判)を考慮して、半年の返済繰り延べまでは無条件で応じることとします。そして……」
ヘイジはもう何も聞いていなかった。

(帝都以外はどうでもいいということか……)

改めて、自分がいる組織の本質を垣間見たように思った。
最後にまた総務担当専務が言った。
「今後、行内での対面での話し合いは、ソーシャルディスタンスを守った形を厳守し四名までとします。そして会議は基本、全てリモートで行う事となりますのでご承知おき下さい」

会議終了後、頭取室でヘイジは頭取の岩倉、直属の専務となる高塔と三人だけの話し合いとなった。
岩倉が言った。
「二瓶君、緊急事態の中での我々のあり方を示しておくことが必要だった。今の我々の基軸は帝都グループだ。その安定と発展があってのTEFGだということを、役員全員に周知させる必要があった。分かってくれ」
ヘイジは小さく首を振りながら言った。
「今更ながら、TEFGが帝都銀行であることを再認識させて頂きました。しかし、グリーンTEFG銀行を含めたスーパー・メガバンクとしての経営をどうお考えなのか? 本当のところをお聞かせ願いたいと思います」
その言葉は怒気を含んではいるが穏やかだ。
専務の高塔が言った。
「二瓶君、この状況で銀行がどうあるべきかを考える前に、まずは我々の生き残りを考えなくてはならない。ある意味その為の態度表明だったんだ」
ヘイジはその言葉に反論した。

「専務、我々とは誰のことです? それは帝都銀行出身者のことですか? 我々がスーパー・メガバンクであることは二の次ということなのでしょうか?」
高塔は薄く笑った。
「金融庁が勝手に描いたスーパー・メガバンクというものに乗っただけのことで、我々の本質は変わってはいない。君の質問に答えて言う。我々とはまだ帝都銀行だ」
ヘイジはその明け透けな物言いに呆れたが、高塔の「まだ」という言葉に何やら含みを感じた。
「では私はどうすれば良いのですか? SRB(スーパー・リージョナル・バンク)であるグリーンTEFG銀行の経営責任役員として?」
そのヘイジに岩倉が言った。

「実は私と高塔君で過去一年、当行の営業を抜本的に変えようと考えて来た。それをこのコロナ禍を奇貨と捉えることで実践への途に就けると思っている。先ほどの役員会での言葉は帝都グループを安心させるカモフラージュだ。役員は皆、帝都企業とツーカーだからな。そしてグリーンTEFG銀行として取引先への対応も万全を期す。それは安心してくれ」
その岩倉の言葉に高塔も頷いてから言った。

「これまでの営業方針を革命的に変える。コロナ禍が変革の障壁を取り除いてくれる。それはこれまでの帝都では出来なかった大胆なものだ。そこで君にも大きな役割を担って貰う」

ヘイジは驚いた。

◇次回は、20日(火)に公開予定です!◇

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波多野聖『メガバンク全面降伏』

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