「言葉の力」を信じる爆笑問題・太田光、祈りのような書き下ろしエンターテインメント 『笑って人類!』 #1
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前夜
嵐の夜。薄暗い部屋ではキキ! キーキー! という耳をつんざくような奇声と、ガチャガチャという金属音が聞こえる。叩きつけるような雨と猛烈な風。壁が時々ギシギシと音をたて、部屋全体が歪む。天井から吊るされたランタンが揺れている。
部屋の中央に白い手袋をした人の姿がある。
前時代的なブラウン管小型テレビの画面が薄青く発光している。風が強くなるたびにザーッと映像が乱れ砂嵐になり、また持ちなおす。何かの拍子に画面が整うと、派手な音楽とともに映し出されたのは宇宙に浮かぶモノクロの地球だ。後ろから土星の輪のように回り込んでくる“WORLD NEWS”の文字。
ニュース番組のタイトル映像だ。
キキキ! キキ! という奇声と、ガチャガチャという金属音の中で人影が「ククク」と笑いを嚙み殺す。白手袋の手が伸び、両手でハートの形を作ると、テレビ画面に浮かぶ地球をその中心に入れた。
画面が切り替わると、風に舞う旗が映し出された。
*
青い惑星をハートが包み込むシンボリックなデザイン。惑星の下に小さく“SAFETY BALL”と記されている旗が、強い雨と風を受けはためいているのは、銀色に光るドームの天井だ。
南海に浮かぶ小島ハンプティダンプティ島。
進歩から取り残され、うっかりすると世界地図に記載されることすら忘れ去られてしまいがちなおとぎ話の島が、今は世界中から注目されている。小さい島には入り切れないほどの人々が溢れかえり、方々から興奮した声が聞こえてくる。
一斉にライトが点灯し、島中央のドームがライトアップされると、周りから歓声があがる。そこだけ未来の宇宙船が浮かび上がったようで、場違いに見える。それもそのはずだった。ドームは、海上に出現してから何千年、あるいは何万年もの間、文明とはほど遠かったこの島に、突如建造された世界最新鋭の国際会議場なのだ。
ドームの周りにはカラフルな世界中の国旗を掲げた何百本ものポールが立っていた。
各国から歴史的瞬間を伝えようと押し寄せてきたテレビクルーが各々手持ちの照明をつけると、光の中に雨のしずくが反射して霧状に舞い、銀の球体はより幻想的な建物に見えた。
レインコート姿のレポーターが、ドームをバックに風に吹き飛ばされそうになりながら、半ば半狂乱でカメラに向かって絶叫している。
「いよいよこの惑星から全ての争いが消滅する時が訪れたのです!」
レポーターは、喋るたびに口から飛ぶ飛沫が風に煽られ再び自分の顔にかかるのも構わず叫び続ける。迎えうつカメラマンも風に耐え前傾姿勢で撮影しながら、5秒に一度レンズに付着する雨粒をハンカチで拭いている。
「私の後ろにある建物をごらんいただけますでしょうか!」
カメラを向けズームすると一瞬にしてレンズに大量の水滴が付着し、何も見えなくなる。レポーターはすぐにカメラを自分へ引き戻し、カメラマンがレンズを拭く。
「通称シルバードーム、明日の歴史的な瞬間の為に造られた国際会議場です! まさに私は今、その前に立ち万感の思いを禁じ得ずにいるのです!」
レポーターは徐々に朗々と歌い上げるような口調になっていく。その目には涙さえ浮かんでいる。
「ああ……テレビをごらんの皆さん。あなた達はまさに歴史の証人となるのです。有史以来、人類にとって最も重要で誇るべき瞬間が刻一刻と迫っています! ……明日! あの場所で! 全世界! 全ての主要国のリーダーが集結する、マスターズ和平会議が開かれるのです!」
レポーターがオーバーアクションで手を広げた瞬間、レインコートが風を受けて脱げ、アッという間にきりもみしながら彼方へ消えていった。「空撮いけるか?」ハンドマイクを下げ聞くとカメラマンは首を横に振る。「だめだ。さっき無人機を飛ばしたがこの風で墜落したよ……」無理もない。暴風雨だ。どこの国のクルーも似たようなものだった。この日飛ばした、カメラを搭載したドローンは既に200機以上が墜落していた。
「ちっ、何の役にも立ちゃしない」レポーターが悪態をつく。カメラマンはやれやれと首を振った。「……画(え)を世界地図に変えろ」レポーターは局本部に繋がるマイクに指示を出した。
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