イチローはなぜ「目標は低く持ったほうがいい」と言ったのか? #3 人間の器
伊藤忠商事社長・会長、日本郵政取締役、中国大使など、数々の要職を歴任し、稀代の読書家としても知られる丹羽宇一郎さん。著書『人間の器』は、その豊富な人生経験をもとに、人として成長するにはどんなことを心がけて生きればよいか、自分の器を大きくするには何をすればよいか、時に優しく、時に厳しく教えてくれる作品です。賢人の知恵がたっぷり詰まった本書、その一部を抜粋します。
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「高い目標」を立てると挫折する
元メジャーリーガーのイチロー選手が、インタビューで「目標は低く持ったほうがいい」といっていました。イチロー選手のような傑出したプレイヤーともなれば、当然、志は高いはずです。ならば、抱く目標もきっと高いだろうと思われるかもしれません。
なぜ目標は高く持つより、低く持ったほうがいいのか?
イチロー選手に限らず、トッププレイヤーになるような人は皆、高すぎない目標をコツコツと達成して、トップの位置までのぼりつめるからだと思います。
自分の力がよくわかっていない人ほど、現実的な目標が描けず、身の丈に合わない高い目標を持つ傾向があります。
たとえば、高校球児にいきなりイチロー選手のようなバッティングをしなさいと指導しても、そんなことはできません。仮にイチロー選手のような高度なバッティングを目指して練習に励めば、何段階ものステップを飛ばすことになり、その練習はおそらく地に足がつかないものになってしまうでしょう。
目標を低めに設定したほうがいいのは、努力を要するものすべてにいえることです。
英語を習いたての人が、ネイティブスピーカーのような流暢な英語をたった半年で話せるようになりたいという目標を立てるとしたら――。目標設定が間違っていれば、現実的な努力の方法がつかめず、当然ながら挫折するでしょう。
たとえば初級者の実力なのに、高いレベルの英語力を身につけたいからといって、NHKラジオ講座などの上級者向けのテキストやCDを使って勉強をする人がいます。でも土台がしっかりしていないのに、難しい言い回しの英文を覚えても、まったく身につきません。
英語の勉強を始めるなら、まずはこれくらいはできるだろうという小さな目標を立てる。家を建てていくように、土台から一つひとつの材料を組み立てるがごとく、英語を覚えていく。
たとえば使っているテキストの英文を最初から10頁まで暗記する。それができたら次に、また10頁分覚える。そうやって一冊分覚えていくわけです。いきなり、ペラペラになるという目標を立てても、いつまでたっても上達が感じられず、早晩投げ出してしまうのは目に見えています。
語学を身につける最速の方法
あくまで力がつくための方法を考え、目標を小さく区切ってコツコツやっていく。低い目標がクリアできれば、次の目標をまた低めに設定する。語学の習得には、この繰り返ししかありません。
目標を立てるにあたって最初にすべきことは、自分のレベルがどのあたりなのかを正しく把握することです。実力以上に高く見積もっても仕方ありません。
自分がどの辺にいるかをつかんだら、それに応じた高すぎない目標を立てる。それが確実に上達するための第一歩になります。
私の知り合いの女性でかなり英語のできる人がいます。彼女は高校時代、英語の試験の点数はよくなかったものの、英語の発音だけはすごくよかった。好きな洋楽の歌詞をたくさん覚えて、よく歌っていたので発音がうまくなったのですが、それをあるときネイティブの外国人から褒められた。
褒められると嬉しいですから、そんなところから英語が好きになり、どんどん上達していったそうです。
このように努力の成果を褒める人が周りにいると、モチベーションはぐんと上がります。低い目標でも、それをきちんと評価してくれる上司や指導者がいると、確実に上達は速くなる。
上達するには、効率的な方法が必ずあります。何か大きな目標を掲げて前へ進もうとするときは、まずその目標を小さく分け、一つひとつを着実に達成していくことです。
目標設定がおかしいときは、モチベーションが上がらなかったり、スランプを招いたりしかねません。
目標倒れになりがちな人は、こうしたことを視野に入れ、上達にもっとも効果がありそうな目標設定を冷静に考えることが第一です。
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