「あなたは何を信じていますか?」…お坊さんとの禅問答 #4 ガンジス河でバタフライ
エッセイストにして旅人、たかのてるこさんの出世作として有名な『ガンジス河でバタフライ』。ハチャメチャな行動力と、みずみずしい感性が反響を呼び、長澤まさみさん主演、宮藤官九郎さん脚本でテレビドラマにもなりました。コロナの影響で、海外旅行に行けない今だからこそ、改めて読んでみたい本書。てるこさんと一緒に、インドの旅気分を味わってみませんか?
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ガンジスで出会ったお坊さん
河沿いを歩いていると、大きな岩のそばでお坊さんが瞑想しているのが見えた。
私は初め、彼をサドゥーかと思った。インドのヒンドゥー教徒の中には、家族や財産を捨てて修行する、サドゥーと呼ばれる出家行者がいるのだ。だがサドゥーといえば着の身着のままで、伸ばしっ放しの長髪がお決まりのスタイルだというのに、その人は袈裟のような服を身につけていて、頭はきれいに剃り上がっている。その姿に心を引きつけられた私は、彼に声をかけてみた。
「すいません、ちょっとよろしいですか?」
「はい、なんでしょう」
顔を上げたその人は、なんとも清らかな目をしていた。いったいこの人は、どこの国の人なんだろう。インド人ほど浅黒くなく、白人ほど白いわけでもない。かといって、東洋人みたいにのっぺりもしておらず、彼は彫りの深い知的な顔立ちをしていた。
「あのー、あなたはここで修行されてるんですか?」
「ええ、私の人生は修行のようなものですから」
そんな返しをされてしまうと、「あなたはどこの国の生まれで、お父さんはどこの人でお母さんはナニ人なんです?」なんて俗っぽいことを、口に出せなくなってしまった。
私が何を話していいものか迷っていると、彼の方が私に問いかけてきた。
「あなたは、何かを信じていますか?」
インドでもう、何十回と聞かれた質問だった。私はそのたびに、ブッディストだと言ってみたり、無宗教だと言ったりしていた。でも本当は、いったい何を信じているんだろう。信じるものがないなら、どうして私は困ったときに心の中で「あぁ! 神様、仏様!」などと願ったりするんだろう。なにかしらの思いはあるんだけど、うまく言葉にならなかった。
私が信じるのものは……
彼は、私の心の中を見透かしたように言う。
「ゆっくりと、自分自身を見つめることです。今、あなたは、私と話をしています。でも実は、自分自身とも話をしているのです。今だけではありません。どこにいようと、誰と話していようと、常にあなたは、あなた自身と話をしているのです」
まったくもって然り。なんだか言うことすべてが格言みたいな“お坊様”だ。
お坊様が座るように促してくれたので、私は彼の前に腰を下ろし、思いを巡らせてみた。
お坊様の言っていることが、今の私にはよく分かる気がした。旅に出てからというもの、私はずっと自分自身と向き合わされているように思う。次にどこに行くかを決め、列車やバスのチケットの手配をし、ひとりで全部決めて動いていると、自分がどうしたいのかを常に自分の胸に問いかけることになり、自分自身と向き合わざるを得なくなるのだ。
そのうえ怪しい人間に付きまとわれたり、想像もしなかったハプニングがあったりと、次から次へといろんなことが起きるから、そのたびに自分の価値観を試されているような気がする。
インドに来たのは初めてだったから、目に映るもの、経験することのすべてが初めてづくしで、慣れ親しんでいるものといえば自分自身しかなかったせいもあるだろう。とにかく、どこに行こうとも「私が私であることからは逃げられない」ことを強く意識させられてしまうのだ。
そんな環境に身を置いていると、自分を見失いそうになってしまい、私は毎日、必ず日記を書くようになっていた。その日、何があってどう思ったかをつらつらと書き綴っているうちに、自分の気持ちを整理することができたからだ。
その、私が対峙している自分自身は、いったいどうやって出来たんだろう。きっと、今までのいろいろが、知らず知らずのうちに私という人間を形づくってしまったのだ。「過去の私」が「今の私」を作ったということは、今の私の生き方が、おのずと「未来の私」を作ってしまうということではないか。
そう考えると、なんだか一日たりとも手を抜くことができないような気がした。誰に憧れたところで、私は他の誰かになんかなれやしない。私は一生、私自身についていくしかないんだ。そう思った途端、私はとっさに大きな声で答えていた。
「アイ ビリーブ、マイセルフ!!」
毎日、毎日、少しずつ自分を形づくっていってる私が、自分のことも信じてやれなくてどうする! と思ったのだ。
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