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的中した不吉な予感…恐怖が渦巻く戦慄のホラーミステリ! #1 寄生リピート

中学二年生の白石颯太は、スナックを営む母と二人暮らし。嫌な目にあった時、いつも右手が疼いていた。ある晩、なじみの客を家に連れ込む母を目撃して、強烈な嫉妬を覚える。数日後、その客が溺死体で見つかった。さらに、死んだと聞かされていた父の生存が発覚するが、実父は颯太を化け物でも見るように拒絶して……。いま注目の新鋭ホラー作家、清水カルマさんの二作目となる『寄生リピート』。恐怖の幕が開ける冒頭部分を、特別にご紹介します。

*  *  *

プロローグ

素肌の上に青い入院着だけをまとい、大きく股を開いたまま膝のところをベルトで固定された状態で、悠紀子は汗まみれになっていた。

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激痛が波のように押し寄せては引き、引いては押し寄せるということがもう数時間もつづいていた。何度も失神しそうになり、苦しさのあまり頭がおかしくなりそうだ。

分娩室の隅では、洋二が落ち着かなげにうろうろしている。そろそろニコチンが切れてきたのだろう、無意識のうちにタバコを取り出して口にくわえようとして看護師にたしなめられた洋二は、これから父親になろうという男とは思えないふてくされた態度で舌打ちをして部屋を出ていく。

その様子をあきれ顔で見送ってから、看護師が悠紀子に向き直った。

「さあ、もうちょっとよ。がんばりましょう」

悠紀子の手を握り、リズミカルな呼吸の見本を見せる。仕方なく悠紀子もラマーズ法の呼吸を繰り返した。

すぐにまた、身体を引き裂かれるような痛みが襲ってくる。こんな思いをするぐらいなら、子供なんてほしくない。

もともとほしくて作った子供ではない。あの日は普通の状態ではなかった。激情に任せて洋二と肉体を求め合い、避妊する余裕もなかったから妊娠してしまっただけなのだ。

まだ若い悠紀子は、これから生まれてくる我が子に対して愛情を持てないどころか、憎悪にも近い感情を抱いていた。

そのことを意識したとたん、一際強烈な陣痛が悠紀子を襲う。歯を食いしばり、呼吸法がおろそかになる。

「はい、今よ。そのまま息んで。がんばって」

悠紀子の母親ぐらいの年齢の女医が声をかける。

「いや……。もう、こんなのいや……。洋二……、洋二はどこ?」

視線を巡らせたが洋二の姿は見えない。タバコを吸いに行ってまだ帰ってきていないのだ。

「もう、あいつったら……ううっ」

低く呪いの声を振り絞った直後、頭の中が真っ白になるほどの激痛が悠紀子を襲った。全身が硬直する。

「途中で止めちゃだめよ。もう赤ちゃんが出てきたがってるんだから。さあ、もう一回息んで」

看護師の手を握りしめ、悠紀子は下腹部に力を込めた。

陣痛がさらに強烈になり、出産というイベントのクライマックスが迫ってきていることを感じさせた。

「頭が見えてきたわ。もうちょっとよ。がんばって」

自分の身体の中から、異物が出てこようとしている。女医がその異物の頭を引っ張っているらしい。身体の栓を抜かれる気分。同時に、生暖かい感触が下腹部にひろがった。

「生まれたわ」

看護師の高揚した声につづいて、赤ん坊の泣き声が聞こえた。全身から力が抜けていく。

痛みで麻痺してしまっていた下半身に、少しずつ感覚が戻ってきた。悠紀子は分娩台の上で大きく股を開いたまま、ぐったりと脱力した。

「がんばりましたね。男の子ですよ」

血と羊水にまみれた赤ん坊の全身を素早くタオルで拭くと、女医はその小さな生き物を悠紀子の顔に近づけた。お尻の下に左手を置いて右手で背中を支えているので、小さなペニスが見える。

いったいどんな悲しいことがあったというのか、赤ん坊は全身を紅潮させて顔をしわくちゃにして、小さな拳を握りしめ、大声で泣き叫んでいる。

悠紀子は初めて目にする自分の分身に、おそるおそる手を伸ばした。そっと指先で頬を撫でると、微かに湿ったやわらかな肌の感触が、まるで自分の内臓に触れたかのように思えた。

「さあ、抱っこしてあげてください」

女医は悠紀子の胸の上に赤ん坊を置いた。生まれたばかりの赤ん坊を母親の身体と触れ合わすことで、免疫力を高めたり呼吸を安定させたりするなどの効果があると考えられているらしい。

うれしそうに微笑みながら、看護師がじっと見下ろしている。悠紀子がよろこぶのを期待しているのだ。

仕方なく両腕で包み込むようにして“息子”を抱きしめると、それまで身をよじって泣き叫んでいた赤ん坊がいきなり泣きやんだ。

腫れぼったい瞼をぴたりと閉じ、涎にまみれた唇を陸に打ち上げられた魚みたいに開いたり閉じたりを繰り返している。

まさかそんなことはないだろうが、なにかしゃべろうとしているように見える。

「お母さんだってわかるんですよ」

女医が人の好さそうな笑みを浮かべた。胸の奥がむず痒い。これが母性というものなのだろうか? そんなふうに言われると、ほんの少し、この見知らぬ生き物を可愛いと思う感情が、身体の奥から湧き上がってきた。

この子はあたしの子供なんだわ。数時間にも及ぶ陣痛で朦朧としていた意識が徐々にはっきりしてきて、母親になった感激が悠紀子を包み込む。

「初めまして。ママですよ」

汗で頬に張りついた髪をそのままに、悠紀子は優しく声をかけて微笑んでみせた。

その瞬間、赤ん坊は薄く目を開けて満足そうに笑った……ように見えた。同時にきつく握りしめていた小さな拳を開いた。なにか血のかたまりみたいなものが、悠紀子の顔の横にぽとりと落ちた。

考えるよりも先に悠紀子はそれを手の中に包み込むと、看護師には気づかれないように身体の下に隠した。

ちょうどそのタイミングで洋二が分娩室に駆け込んできた。

洋二は自分の子供の誕生を心からよろこんでいる。もともとお調子者だが普段以上にテンションが高く、産婦人科医たち相手に繰り返し礼を言い、赤ん坊の顔をのぞき込む。

すると、また赤ん坊は、身をよじって全身で泣き声を発し始めた。

「元気な男の子ですよ」

看護師に言葉をかけられて、洋二は「やった!」と声を上げた。

「悠紀子、よくがんばったぞ。そうか、男の子か。俺に似て、女泣かせな男前になるだろうなあ」

上機嫌で話している洋二の声を聞きながら、悠紀子はそれとなく手の中をのぞき込んだ。血のかたまりに見えたのは、小さなダイヤのピアスだった。不吉な予感が的中したのだ。

心臓が口から飛び出しそうなほど激しく暴れ始める。

おそるおそる視線を向けると、看護師に赤ん坊を抱かせてもらい、泣きじゃくる我が子をうれしそうに見つめている夫の姿があった。

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目を開けると煌々と灯ったままの蛍光灯の光がまぶしくて、白石颯太は慌てて顔を背けた。

もう中学二年生になるというのに、颯太は部屋を真っ暗にすると眠れない。怖がりだと友達には馬鹿にされるが、部屋の明かりを消したとたん、闇の中にひとり取り残されたような恐怖に襲われるのだ。ひょっとしたら、幼いころになにか怖い思いをした経験でもあるのかもしれない。

颯太は横になったまま手を伸ばして枕元の時計を手に取った。

時間は朝の五時過ぎだ。熱帯夜の寝苦しさを少しでも緩和させようと開けっ放しにしてある窓の外はまだ暗い。

ベッドの上で身体を起こすと、全身が汗まみれでTシャツが肌に張りついていた。それは蒸し暑さのせいだけではない。また怖い夢を見ていたためだ。

数ヶ月前から、颯太は悪夢に悩まされていた。だが、それがどんな内容の夢なのかは思い出せない。目を覚ましたとたん、テレビのスイッチを切ったようにプツンと消えてしまう。ただ、怖い夢を見ていたことだけははっきりと覚えていた。

意識が覚醒してくるに従って、颯太は目を覚ましたきっかけを思い出した。

そうだ、確か大きな物音が聞こえた。あれは玄関のドアを乱暴に閉める音だ。その音が颯太を眠りの中から引きずり出したのだ。

お母さんが帰ってきたみたいだ。

颯太の母、白石悠紀子はふたりが暮らすこのマンションの地下一階でスナックを経営していた。カウンター席しかなく、客が七人入ればいっぱいになってしまう狭い店だが、めったに満席になることはない。当然、従業員は悠紀子ひとりだけだ。

営業時間はまちまちで、悠紀子が酔いつぶれればそのまま閉店となるのが常だった。

今夜もまた相当酔っぱらっているのだろう。さっきの乱暴なドアの閉め方からもそれがわかる。

颯太はベッドの下の引き出しから新しいTシャツを取り出し、浴室に向かった。Tシャツを着替えて、汗に濡れたほうは洗濯機に放り込んだ。

洗面台で口をすすぎ、水を一口飲んでからトイレに行き、自分の部屋に戻ろうとして颯太は廊下の途中でふと足を止めた。

廊下を挟んで颯太の部屋とは反対側、リビングルームの奥が悠紀子の部屋だ。閉めると暑いからだろうか、引き戸は開けっ放しになっている。

その向こうから妙な声が聞こえる。嘆き悲しんでいるような、満足げに唸っているような声。ひょっとして、今夜もまた……。

胃が迫り上がってくるような、いやな感覚があった。早く自分の部屋に戻ろう。朝までもう一眠りするんだ。そして、悪い夢を見ただけだと思い込もう。

そう自分に言い聞かせながらも、颯太はなにかに手繰り寄せられるようにして、暗いリビングルームの中をふらふらと悠紀子の部屋のほうに向かった。

扉の陰に脚が見えた。剥き出しの四本の脚が絡まり合っている。

これ以上近づいてはいけないと思いながらも、颯太の身体はひとりでに動いてしまう。

七階なので他の家からのぞかれる心配もないからか、悠紀子の部屋のカーテンは開けっ放しで、窓からは、いつの間に夜が明けたのか弱々しい朝日が部屋の中に射し込んできていた。

ベランダの柵にとまった雀が軽やかに囀って朝の訪れを報せ、その鳴き声に女の悩ましい喘ぎ声が絡みつく。もちろん、それは母の声だ。

颯太は奥歯を強く嚙みしめながら、部屋の中をのぞき込んだ。

白い肌が波打つように動いている。窓の外から入り込んでくる朝日を浴びて、それは妖しく光っている。蛇にも似た、なめらかな動き。悠紀子が男に跨り、身体を前後に揺り動かしているのだ。颯太は胸が破裂しそうに感じた。

見てはだめだ。さあ、早く自分の部屋へ戻れ。そう心の中で自分に囁きかけてみても、身体は言うことを聞いてくれない。

悠紀子は長い髪を搔き上げて、適度に脂肪のついた女体を悩ましく、くねらせる。その動きに合わせて男の低い声が、獣のように不明瞭な言葉を発している。

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寄生リピート

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