『フライデー・ブラック』(2020年)ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー
「心に描くものは、すべて君のもの。」このケンドリック・ラマーの言葉から始まる、12 編の短編小説から成るこの小説の中には、アジェイ=ブレニヤーがその想像力を思いのままに駆使して生み出したストーリーが収められている。
しかし、私たちはいずれのストーリーを読んでみても、そこにはどす黒くて血生臭い何か、があることに気づくはずである。作者によって想像された世界にどっぷりと入り込んでしまい、解放された後、私たちには、そのままその場から動けなくなってしまうようなそんな読後感が残る。
そして、何よりも私たちは、読者に対してアジェイ=ブレニヤーが何か強烈なエネルギーをもってして、私たちに訴えかけてきているということを確かに感じることができるのである。
本の末尾に収録されている解説でも指摘されているとおり、この本が放つ「強烈なエネルギー」というのは「ブラック・ライブズ・マター」運動に由来することは間違いない。
「フィンケルスティーン5」で黒人の子どもたちに対する凄惨な暴力と黒人コミュニティの怒りを描き出し、「ジマーランド」では、白人の「正義感」を満たす商売モデルを生み出し、人気を集めるテーマパークを描くことで、「正義」を振りかざし、暴力を正当化するマジョリティと、暴力があらゆる場所で今もなお再生産され続ける社会を告発している。
「フィンケルスティーン5」の惨い殺人と復讐劇も、「ジマーランド」の暴力の行使をエンターテインメントとする世界も、すべては作者の想像ではあるが、どれも現実社会の怒りや悲しみ、狂気をもとに生み出されたものであり、そこには今にもテレビのニュースで流れてきそうな現実性と緊迫感がある。
「心に描くものは、すべて君のもの。」この言葉の持つ意味合いは、黒人文化の再解釈を力強く進めてきたアフロフューチャリズムと重ねることができる。
アフロフューチャリズムは、イングリッド・ラフルアによると、「黒人文化のレンズを通じて起こりうる未来を創造する方法」とされる。
小説や音楽などの世界で、西洋的価値観のもと形成され、黒人が排除されてきた作品やジャンルを黒人文化の観点から再解釈する思考の枠組みとして用いられてきた。
イターシャ・ウォマックは、アフロフューチャリズムの本質は、「現代の慣習や期待の地平線をはるかに超えたところまで想像力を拡張し、正常の枠やブラックネスの先入観を太陽系の外まで放り出す」ところにあると主張する。
アフロフューチャリズムは未来を志向する。
黒人の過去を振り返るとそこには、奴隷制や人種差別、貧困や犯罪などの暗い側面が動かしようもない事実として横たわっている。
西部劇や南北戦争前の農園風景を描いた作品で黒人がヒーローを演じることはできない。そこで、ブラック・カルチャーの担い手である表現者たちや批評家たちは、黒人が描くことのできる未来を自由に想像することを選んだ。そのため、アフロフューチャリズムの多くの作品は、作品設定にこそ違いはあれども、概して登場人物は勇気に満ち溢れており、希望に向かって前進していくのが特徴である。
しかし、『フライデー・ブラック』に収められるストーリーの中には、生まれる子供の「最適化」ができるようになった近未来の世界を描く「旧時代<ジ・エラ>」や、中絶した双子の胎児が話しかけてくる「ラーク・ストリート」など、SF 的想像力から生まれたものが多くあるのにもかかわらず、全てが鬱屈とした世界で語られ、登場人物が救われることもない。
未来を志向する想像力が希望の光に向かって行くことはなく、登場人物たちは内的な世界に閉じこもったままである。
なぜアジェイ=ブレニヤーはこのような未来を想像したのか?
その答えはひとえに、「ブラック・ライブズ・マター」運動の生まれることになった現代の黒人コミュニティを取り巻く社会情勢にあるといえるだろう。
1964 年の公民権法制定からもう60 年が過ぎた。黒人が奴隷の身分から解放され、「人間」の身分を与えられてから150 年以上が経っている。
しかし、未だに黒人は、奴隷制の時代に耐え、命を脈々と繋ぎ闘ってきた先祖たちが想像し続けた未来を手にすることができていない。
そのため、アジェイ=ブレニヤーは、黒人がヒーローとして活躍し、コミュニティに希望を与える文学を生み出す代わりに、黒人に待ち受けているであろう未来の世界を現実的に想像し、ありありと描き出すことに努めたのである。
今、トランプ大統領の就任とそれに伴ってこれ以上あり得ない程に広がった白人とマイノリティたちの亀裂は、作者の想像する世界が到来することを予期させるものと言わざるを得ない。作者が想像する世界は突拍子の無いものでも何でもなく、間違いなく私たちが進みだしている世界のその先にあるものなのである。
参考文献
1 Ingrid LaFleur, “Visual Aesthetics of Afrofuturism”, TEDx Fort Greene Salon, YouTube, 2011 年9 月25 日公開,
2 『アフロフューチャリズム ブラック・カルチャーと未来の想像力』,イターシャ・L・ウォマック,2022 年8 月,株式会社フィルムアート社