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そうめん物語
この話は40年以上前に溯る・・・
俺が横浜で学生時代を送っていた頃の話であった。
貧乏学生だった俺は 大学の近くの小汚いアパートに住んでいた。
もともと 全国から貧乏学生が集まることで有名な大学だったので、友達も貧乏学生が多かった。
当然のごとく みんなアルバイトをしていたのだが そのアルバイトが終わる夜中の11時過ぎごろ 毎日どこからともなく俺のアパートに集まって来ては 電気釡でご飯を炊いて食べるというのが日課になっていた。
(保温が出来るジャーではない!! ご飯を炊くことしか出来ないのが電気釡である)
炊きたてのご飯に ふりかけを掛けるだけの通称「ふりかけ丼」の美味いこと・・・
代わりばんこに『三色ふりかけ』を買って来ては 「俺がのり玉を食うから お前はごま塩を掛けろ!!」などと言いながら食べていた。
(ふりかけが無いときは 味噌、醤油、塩なんかをかけて食べる時も有った)
そして アルバイトで金が入ったヤツは ホッピーと焼酎を買って来るという暗黙のルールもあったのである。
当時の貧乏学生の味方・・・、ホッピー!!
一番安くベロンベロンになれた。
つまみは ふりかけ丼!! ギャハッ!!
そんなこんなの 或る初夏の夜だった。
その日はタツオとアキラの給料日だった。
俺とヨージはアパートで タツオ達がホッピーを買って来るのを待っていた。
11時半を過ぎた頃 彼等がスキップをしながらやって来る足音が聞こえた。
(大分 機嫌がいいらしい・・・)
「ガチャ」
ドアを開ける音がして タツオがホッピーと焼酎を抱えて入って来たのだった。
タツオ 「きょうは アキラが 凄いのを持って来たぞ!! ガハハハハハハ・・・」
俺 「何々・・・ なんかつまみでも買って来たのか!?」
「ああ・・・ つまみになるかは分からないけどな!! 昼間 アパート近くの個人商店が閉店セールをやってたんだよ!!」
あとから入って来たアキラは 両脇に大きな箱を抱えていたのであった。
重たそうにフウフウ言いながら ドスンと床に置いた段ボール箱が2つ!!
その箱には 徳用そうめん という字がデカデカと印刷されていたのである。
一つ10キロは有りそうなその箱・・・
アキラ 「これで300円は安いだろ!! ギャハハハハハ・・・」
「300円??? そりゃ安いな!!」
俺は 箱の横に『200束入り』と書かれてあるのを見逃さなかった。
タツオ 「しかも 2箱で300円らしいぜ!!」
ヨージ 「えっ!? 2箱で!???」
アキラ 「店のオヤジが最初は『ひと箱200円でどうだ!?』て言いやがったので 『2箱300円なら買うよ!!』って答えたら 『持ってけ ドロボー!!』と涙をこぼして寄越しやがった!! ギャハハハハハ・・・」
俺 「うわ~!! 足元を見たな!! お前は極悪非道なヤツだな!!」
アキラ 「でも これで ふりかけ丼とそうめんという 2パターンの夜食になったんだぞ!!」
ヨージ 「そりゃ そうだな!! やっぱり夏はそうめんだよな!! ドヒャヒャヒャヒャ・・・」
欲張って買い込んだ貧乏学生達・・・
しかし このあと待っていた展開を予想した者は誰一人いなかったのであった。
アキラが近くの個人商店の閉店セールで買って来たそうめん・・・
200束×2箱=400束 なのであった。
とりあえず 俺とヨージが茹でることになった。
俺 「しかし 安いな!! 400束で300円ということは 一束0.75円!! 一人前いくらになるんだろうな!???」
ヨージ 「っていうか 一人前って何束なんだ??」
「プハ~~ッ! たぶん 2束ぐらいじゃないのか??」
実家がそば屋だというアキラが 背後からホッピーを飲みながら答えた。
俺 「お前な 先に飲んでんじゃねぇよ!! 俺たちの分のホッピーも作れよ!!」
アキラ 「了解!!」
カレー用の一番デカい鍋に水をたっぷり入れ、次々とそうめんを投入する・・・
10束ぐらい入れただろうか!?
俺 「これぐらいが限界かな!? これ以上入れると 沸騰したらこぼれちゃうだろ!?」
ヨージ 「そうだな!! 足りなければ また茹でればいいんだしな!! ぶひょ!」
「ケン!! そういえば お前んところに 麺つゆは有るのか??」
口の周りのホッピーの泡を手で拭いながらタツオが言った。
俺 「麺つゆ??? そんな洒落たもんなんかねぇよ!!」
「そうか そうか それじゃ俺の出番だな!! ブヒョヒョヒョヒョ・・・」
冷蔵庫を開けて 中を覗きながらそば屋の息子が呟いた。
アキラ 「えっ!? ケンのところは だしの素とか昆布なんかは無いのか!?」
俺 「そんなのねぇよ!! 調味料といえば 塩と砂糖と醤油で十分だろ!? ギャハハハハハ・・・」
「マジかよっ!? だから関東人は味音痴って言われるんだよな!! 最低でも鰹節ぐらいは置いとけよ まったく・・・」
和歌山県出身のアキラはブツブツ言いながら 戸棚に入ってたドンブリを取り出した。
次に そのドンブリに醤油を注ぎ 水道の水で薄め始める。
それに さっき持って来た焼酎を適量加えた。
アキラ 「本当は料理酒があればいいんだけど まあ 無理だわな!! ギャハッ! で あとは 砂糖で甘みを出して・・・ (かき混ぜたあと 味見をしながら) うん なんちゃってだけど これで何とか・・・」
あとは 冷蔵庫の隅で干からびていたネギを見つけ それを刻んで薬味にした。
こうして 夜中に男4人でホッピー片手に そうめんパーティーがスタートしたのであった。
「うっ うめ~~~っ!!」
「さっ 最高~~っ!!」
そのあと もう一度10束ほど茹でて そうめん 第二弾!! ぶひょ!
腹がはちきれそうになるまで そうめんを胃袋に詰め込んだのだった。
さらに次の日からは 麺つゆとワサビも買って来て 本格的なそうめんパーティーに移行・・・
そんなことが3日ほど続き 4日目の夜・・・
いつもより少し遅れてアキラがアパートにやって来た。
「みんな喜べ!! 今日 あの店の前を通ったら まだ閉店セールをやっててだな・・・」
みんな 「まっ まさか・・・」
アキラ 「おお・・・ ほらっ また2箱買って来たぞ!! ギャハハハハハハ・・・」
両脇に例の段ボールを抱えていたのであった。
俺 「えっ!? また400束・・・???」
アキラ 「前のヤツは あと10日も経てば 食い終わっちまうだろ!? だから・・・」
俺 「お前な・・ いくらそうめん好きでも・・・・」
これは この後に続くそうめん地獄の ほんの序章だったのであった。
時代は昭和50年代初期・・・
貧乏学生達の夜食事情なのであった。
閉店セールで 2箱(400束)300円のそうめんを手に入れたことに気を良くし また2箱購入した貧乏学生達・・・
『これで暫く夜食の心配はしなくても・・・!?』のはずだった。
しかし 人間は飽きる動物なのである。
(まあ それが人類の進歩の理由でもあるのだが・・・)
1週間 毎晩 そうめんばかり食べていると いくら欠食学生でも いい加減 嫌になって来た。
タツオ 「オイ! まだ150束ぐらいしか減ってないぞ!! あと600束以上あるけどどうするんだ??」
アキラ 「俺は別に大丈夫だけど・・・ 」
俺 「お前は そうめん好きな関西人だからいいけど・・・ このまま食ってたら 白いウンコが出ちゃうじゃないか!???」
ヨージ 「俺も もうたくさんだ!! これじゃまるでそうめん地獄じゃないか!?」
アキラ 「それじゃ 料理の仕方を変えよう!! 焼きそば風そうめんとか ラーメン風そうめんとか・・・!??? ブヒャヒャヒャヒャ・・・」
それから また1週間・・・
彼の提案で いろいろな食べ方をしたり 他の友達を呼んだりして そうめん減らしに頑張ったのだが それでも所詮そうめん・・・
そうめんが 寿司やカツ丼にはならないのであった。
そしてさらに1週間・・・
段ボール箱2つ(400束)をクリアして 3つ目の箱に手を付けたその夜・・・
この日は 焼きそば風そうめんに ソースとマヨネーズをかけて食べていた。
(もちろん 具は無い!! キリッ!)
アキラ 「こういう味付けも目先が変わって美味しいな!!」
ヨージ 「ああ・・ イケル イケル!!」
いつものように和気あいあいと そうめんを食べていた。
ソースマヨ味のそうめんを 飲み込もうとした時、突然 むせた俺・・・
「ウッ! ゴホッ! ゴホゴホ・・・」
タツオ 「大丈夫か?? ケン!! 」
「ブッホ~~ッ!!」
むせた拍子に 何本かのそうめんが 鼻から飛び出した。
「ゲホゲホゲホ・・・」
この時・・・、俺の頭の中で 突然何かが「パチン!!」と弾けたのであった。
俺 「エッ エ~~~イ! どいつもこいつも こんな真夏の夜中に いい年した男が 毛脛突き合わせてそうめん食って 『美味しいね!!』かよっ!?」
アキラ 「どうした ケン??? そうめんに虫でも入っていたか!?」
俺 「虫は入って無いけど・・・ 毎日 そうめんばかり食ってれば 普通 おかしくなるだろ!??」
タツオ 「そう言われても まだ半分(400束)残ってるし・・・」
俺 「とにかく 俺は もう一生分のそうめんは食った!! だから 残りの人生は そうめん以外のものを食って生きることに決めた。」
アキラ 「え~~っ!? じゃ もう そうめんは食べないの???」
「うん・・・ もう一生食わない!!」
立ち上がって そう宣言した俺・・・
それから40有余年・・・
俺は ほとんどそうめんを口にしたことは無い!!
エッヘン!
そうめん物語・・・(完)