『ant』

『甘いものが大好きです。
　休日はスイーツ店巡りをしていて、その記録
　です。気軽にフォローしてください』

自分を他の生き物に例えると、蟻かなって…
苗字も有埜だし。だからSNSのユーザー名も
アンツにした。
蟻も甘いものに反応するイメージがあるし。

ボクはIT系の起業で働いている。入社6年目。
蟻のようにせっせと働いているのかと問われたら。。。真面目に働いているし、業務には妥協なく取り組んでいるが、よほどじゃない限りは定時には上がっている。会社には週5で出勤していて…リモートもありなのだが、家で仕事をするのがどうにも苦手なので、徒歩と電車でコツコツ通勤す方を選んでいる。リモートを取り入れている周りの同僚からは、マメな人だと思われているみたいだけど。。。
休日になると、ネットで調べた気になるスイーツ店に足を運び写真を撮ってきたのだが、どんどん写真が増えていくので、せっかくなら同じように甘いものが好きな人たちとシェアしようと、SNSに投稿していくことにした。
はじめただしたら、写真を次々に載せていくことが案外楽しくて、写真の撮り方にもこだわりが出てきた。そのうち同じように甘いものに目がない〝スイーツ仲間〟とも繋がりができて、SNSをはじめてからのお店選びは、仲間の情報ばかりになっている。

　❁︎銀座 パティスリー・キリヤのチーズケーキ
　❁︎横浜にあるフルーツパーラー青樹の
　　季節限定シャインマスカットパフェ
　❁︎国分寺の住宅街にあるかくれ家的名店
　　秘密の穴のふわふわのパンケーキ
　❁︎鎌倉山万華鏡のクリームあんみつ
　　※白玉の追加注文も有り
　❁︎小田原にある創業53年になる
　　純喫茶エジプトのプリンアラモード
　　サイフォンで入れたコーヒーも絶品

仲間からの情報にハズレはない。
そんな中でも一番思い出深いお店があるならば、代官山にあるカフェ、ソレイユ。ここの名物はモンブラン。聳える山のようなビジュアルが　映える　なんてSNSでも話題になり、連日行列の人気店だ。ボクもそんな仲間達の投稿に食いつき、ある日の休日お店に向かった。開店30分前だというのに、お店の前には既に10人以上の人が並んでいた。自分の前には黒髪ストレートロングヘアの女性がいて、開店すると運良く最初の一陣で席に着くことができた。ほとんどの、いや一緒に席に着いたお客さん全員がモンブランを頼み、みんなしてモンブランを食べる。。。ちょっと引いてみると、すごく不思議な光景。。。ボクは運ばれてきた自分のモンブランを撮影した。右隣には前に並んで待っていた黒髪ストレートロングヘアの女性がいて、モンブランをしっかり写真に納めた後、フォークで勢いよく山を真ん中辺りから崩し、頬張りはじめた。見かけとは裏腹の豪快さに思わず見入っていると、彼女はそんなボクに気がついてこう言ってきた。。。

　「食べないの？めっちゃ美味しいよ。」

彼女に促されるようにモンブランを食べはじめた。。。彼女の言う通りモンブランは

　「めっちゃ美味しい。。。」

口溶けがよく、ちょうどいい甘さのクリーム、底辺を支えるタルトもしっとりと外側サクサクのバランスが絶妙であった。一口一口しっかり味わうように食べ進め、至福の時を過ごした。
気がつくと右隣にいた彼女はボクが食べ終わるより先に、さっさと店を後にした。

その日夜、早速SNSにモンブランの投稿をした。コメントには、味の感想もしっかり記した。いくつかつけたハッシュタグから♯モンブランの投稿をチェックしはじめると。。。ボクと同じソレイユのモンブランの投稿をみつけたので開いてみると。。。コメントは

〝めっちゃ美味しいよ〟　
　
　たったのひとこと

プロフィール画面に切り替えると　

　『甘い生活』

このユーザー名以外の自己紹介文はなく、投稿は全てスイーツの写真で、過去の投稿を見てみると。。。有名ホテルのアフタヌーンティーセットから、天然氷で作られたかき氷。イタリア人が営むお店のジェラートに、厳選した材料で作ったドーナツ。そして全てのコメントが

〝めっちゃ美味しい〟

ハッシュタグもそのスイーツの名前で一つ付けているのみ。
隣にいた彼女に間違いない。
ボクはすぐに彼女をフォローし、思い切って、彼女にDMを送ってみたることにした。

『今日、代官山のソレイユで隣にいたものですが、覚えていますか？』
こんな短い文章を送るのに少し迷っていた。もっと文章を付け足した方がいいかな…初めまして　とか、いやさっき会っているし…こんにちは　とか…もう夜だし今晩はかな…今日隣にいた方ですか？の方がいいのかな…結局はこの文章のまま送ったのだが、すぐにきた相手からの返信はなんの迷いもなく

『覚えてるよ』
だけだった。。。

拍子抜けしたのと同時に、この明瞭さを気楽に感じ、そのあとも彼女にメッセージを送り続け、いくつ目かのメッセージで

『次の日曜日、一緒にスイーツ食べに行きませ
　んか？』と誘ってみると…

『いいよ』

と返信が来たので、ボクは彼女と一緒にスイーツ店に行くことになったのだ。。。。。。

❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎❁︎

そしてボクは今、長い長い列に並んでいる。
既に待つこと一時間。
あと少しでボクの番だ。
ボクと彼女は付き合い出した。三回目のスイーツ店巡りの時に交際を申し込むと
『いいよ』
と言ってもらえた。
ちょうど半年になる。
今日は彼女の家に行くので、何が食べたい？
と尋ねたら…

　『かノこ家のたい焼き』

とリクエストされたので、行く前に買いに来ている。数少ない天然もののたい焼きを焼く、大人気のお店なので、土日ともなると長蛇の列ができ、一時間待ちは当たり前だ。

もうすぐボクの番。

たい焼きを手にしたら、温かいうちに彼女のもとへ届けます。