お金の使い方

スーツを買いに店に入ったとき、スッと店員が寄ってこられたとき、躊躇なく店を出るようにしている。なぜなら、こういう店では買い物をしない、と決めているからだ。
なぜか。
その店でお金を使うということは、その店の商品だけでなく、その営業スタイルに対して対価を支払うということだ。店でほしいものがあったら、私は店員に聞く。わざわざ寄ってこなくても、かまわない。それで不親切だと思わない。じっくりと自分で選びたい。私はそういう消費者だ。そういった人間が、自分の意に沿わないビジネスモデルを展開する店に支払うことは、その店のビジネスモデルを持続させるための金銭を与えることになる。
それはおかしい。
もちろん、店員にちやほや色々としゃべりたい人も世の中にはいるだろう。積極的に客に対して話しかけるビジネスモデルは、そのような消費者に対しては極めて有効なのだろう。私が世の中のすべての価値観ではない。そういう人がいることは認める。ただ、私には合わない、ということだ。選挙と同じ。自分の思想信条に沿う政党や候補者へ投票すべきだ。自分の思想信条に沿わない政党や候補者だからと言って、この世からいなくなれ、ということではない。様々な価値観が折り重なって、社会は構成される。だが、私は自分の意に沿わない店舗に対して、投票したくないのだ。

妻がカップボードを設置したいと言い出した。

積極的に拒否する理由もないので、私は了承した。

どのようなカップボードにしたいか、色はどうするか、一切私は興味がないので、妻の希望をすべて飲み込んだ。

ただ、施工業者だけは、私はごり押しした。
「交換できるくん」
他の業者に全く目がいかなかった。
なぜか、ものすごく合理的で、フェアだからだ。
カップボードを設置する場合、カップボードの設置を取り扱っているリフォーム業者を探し、営業マンに家に来てもらってこちらの意向を聞き取ってもらい、何度もプランを作ってもらい、よくわからないカップボードを進められて、工事日程を決めて、工事担当者と打ち合わせて、よくわからない費用の積算を飲んで、工事着工→終了。別の事業者と比較をしようとすると、同じようなステップを踏まなければならない。

もう最悪。

赤ちゃんがいる家で、何度も他人が家にくるのはそれだけで負担。営業マンにも給料がでるということは、その負担が生じる行程に対してお金を私が払う、ということだ。

許しがたい。

その一方、交換できるくんは、素晴らしい。

それぞれのカップボードメーカーやグレードの違いがわかる図をHPに掲出して、情報が極めて受け取りやすい。さらに、各メーカーのショールームで現物を確認し、そのショールームでプランを作ってもらい、そのプランを交換できるくんへメールで送信、工事費固定の見積書が届く、工事担当者が家に来て施工可能か確認後に、費用の引き落とし→工事着工

他の事業者と比較する気すら起きなかった。

感動に対して支出をしたい。
そしてそれは商品だけではなく、ビジネスモデルも含まれる

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