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ビジネス法務・2024年10月号「ひな形の整備・運用」

ビジネス法務・2024年10月号が発刊されました。
2024年10月号は、11月に施行が迫ったフリーランス法の特集から「公開買付制度に関する令和6年金商法改正と今後の展望」といった最新の法改正といった幅広いトピックが取り上げられています。

今回は、その中から連載『失敗事例から学ぶ「ナレッジ・マネジメント」』第2回「ひな形の整備・運用」について記事にします。


「ひな形の整備・運用」記事の要約

ナレッジマネジメントとは、「ある組織において蓄積されている知見(ナレッジ)を管理・活用(マネジメント)することで、その組織を強化するシステム・取組みのことを意味」します(2024年9月号・39頁)。

この記事では、ひな形作成とひな形の管理・運用の場面におけるナレッジ・マネジメントが取り上げられています。

具体的には、質の良いひな形を作成するために、法務部員にひな形整備への貢献を成果評価の一つのポイントとすることや、貢献度が高いメンバーを表彰することによりひな形作成へのメンバーのモチベーションを向上させる方法が紹介されています。加えて、ひな形の管理・運用を日々の業務に組み込む方法として、定例会議においてひな形の管理・運用のコーナーを設けたり、ひな形更新のタイミングを一定の時期に定め、それ以外の変更を認めないルールを作ることで、ひな形を管理する方法が解説されています。

ビジネスにおけるひな形の重要性

ビジネスの多くの場面において、同種の取引が繰り返し行われています。
このような場面では、スクラッチから契約書を作成して取引に臨むことは現実的ではなく、予め自社で想定される取引に適用される契約書を準備しておくのが通例です。
これがひな形の役割であり、ひな形の作成・整備・運用は法務部におけるもっとも基本的な業務のうちの一つです。

私はこれまで企業法務のキャリアにおいてひな形業務に携わってきましたが、この記事で取り上げられている通り、ひな形が契約担当者ごとに独自に進化したり、最新版がどれかわからなくなったという経験をしたことがあり、今回の記事は役立つものでした。

法律上の契約類型よりも自社のビジネスの取引場面に即したひな形を作る

契約書のひな形を作成する際に重要なことは、法律上の契約類型に応じたひな形ではなく、自社のビジネスにおける典型的な取引場面に即したひな形を作成することです。

私の前職の法務部では、NDAと業務委託契約書のひな形を作成していました。この2つの契約書は企業法務において最もよく目にする契約類型であり、たしかにひな形を準備しておく必要はあります。

ただし、NDAはともかく、特に業務委託契約書は、どのような業務を委託する取引であるかによって、契約内容が全く異なってくるため、一概に「業務委託契約書」のひな形を準備するのは不十分であると感じていました。業務委託契約は、委任か請負かという契約の性質決定の論点、偽装請負の論点や下請法・フリーランス保護法の適用の有無といった幅広い法律上の論点がああります。そのため、単に「業務委託契約書」のひな形を準備したとしても、これらの論点を正確にクリアできないからです。
そこで、法務部としては、単に契約類型に即したひな形を準備することから一歩進んで、営業部や商品開発部といったビジネス部門に、実際に外部とどのような取引をすることが多いのかをヒアリングし、自社で繰り返し行っている典型的な取引に応じた契約書のひな形を作成すべきです。例えば、広告コンテンツ作成会社が、広告コンテンツの制作の外注を行っているなら、この取引だけに適応した契約書のひな形を作成する、ということです。
これによって、その典型的な取引から生まれる成果物の知的財産権の帰属や(あるいは生まれないのか)、下請法・フリーランス保護法の適用の有無に対応したひな形を予め準備できるからです。

このように、「業務委託契約」という法律上の契約類型ではなく、自社の典型的なビジネス上の取引に着目してより細分化された契約書のひな形を準備することで、真に自社にとって必要とされるナレッジ・マネジメントが実現することになります。

バランスの良い「ひな形」を作る

次に、あるべきひな形としては、徹底的に自社に有利な契約内容とするよりも、自社に有利にすべきポイントは押さえながらも、ある程度当事者同士の公平がとれたバランスの良い契約書が望ましいです。

契約書のひな形は契約交渉のスタートであるところ、あらかじめバランスの良い契約書としておくことで、交渉相手の修正ポイントを少なくすることができ、結果的に交渉をスピーディに進めることができるからです。
例えば、自社のひな形の裁判管轄は本社所在地(例えば東京本社なら東京地方裁判所)としている場合が多いと思いますが、あえて被告の本社所在地の属する地方裁判所と指定することで、交渉の余地をなくすことができるのです(交渉相手から相手の本社所在地の地方裁判所、と修正交渉されても、ひな形の方が公平です、と返すことができます)。

交渉の「ひな形」を用意する

最後に、契約書のひな形についてビジネス部門を巻き込んだナレッジ・マネジメントを実現するために、契約交渉の「ひな形」を準備することが有効です。

どういうことかというと、自社のひな形を用いた「交渉のひな形」まで準備する、ということです。
例えば、交渉相手から修正依頼があった場合に、まずは次のようなメール・文面案を準備して、法務部へ問い合わせることなく返信をルール化する方法があります。

【修正依頼に対するお断りメール文面・ひな形】
大変申し訳ありませんが、弊社の方針として、すべての取引先に公平な契約内容で取引を行うため、弊社のひな形の修正はお断りするよう法務部から指示されております。したがいまして、今回の修正のご要望に関してお受けすることはできかねます。
何卒ご理解くださいますようお願いいたします。

契約交渉においてはパワーバランスが大きな比重を占めますが、自社が発注元で交渉力がある場合には、修正要望に対して丁寧に断れば、自社のひな形で契約が成立するケースがままあります。

修正依頼を受ける都度、法務部へ問い合わせて同じような交渉をしてほしいとコミュニケーションする手間を省き、可能な限り自社ひな形での契約締結を目指すには、典型的な交渉手順まで想定してひな形を準備することが有効です。

ビジネス法務・2024年10月号 まとめ

今回は、「ひな形の整備・運用」という連載記事について、企業法務の基本的な業務の一つであるひな形について、私自身が考えていることを記事にしました。

日々の仕事をこなしながら法律知識をブラッシュアップする時間を取ることは難しいですが、ビジネス法務ではフリーランス保護法という最新の法律から株式報酬制度という企業法務ならではの特殊な論点まで、幅広いトピックがカバーされています。

忙しい法務パーソンこそ、毎月のビジネス法務で最新の法律論点をアップデート習慣化することをお勧めします。


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